旅の途中で立ち寄った町で薬を売りに行くと言った彼に着いて歩いているうちに日は暮れていった。
客引きをほとんどすること無くとも客が来るあたり、さすがはこの薬売りさんである。
今日はここまで、と決めたところで宿屋へ向かって私たちは歩き出した。
「薬売りさん、今日はアレやらないんですか?あのお札のやつ!」
演劇部員である私も見惚れるほどの素敵アクションの真似をしながら尋ねる。
「…モノノ怪が出なければ、やる必要はないんで」
「そうですかー。うーん、残念」
かっこいいのになあと呟いて道端の石を蹴りながら歩く。
それにしても、薬売りさんはとてつもなく目立つ。
今でも町の人の視線が薬売りさんに注がれている。
ちらりと隣を歩く彼に視線を向けてみる。
確かに派手な着物だし、大きな薬箱を背負っているし、綺麗な顔をしている。
けれど、私はひとつだけ疑問が浮かんだ。
宿屋へ着いて、部屋へ案内されてから薬箱を下ろして床に座った薬売りさんの真正面に座る。
そして私はじーっとその顔を覗きこんだ。
「何ですか。さすがに、そうも見られると穴があきそうなんですけどね」
そう言いながらも薬売りさんは負けじと私を見返してくる。
…おあいこじゃ、ないんだろうか。
「ええと、ふと思ったんですけど」
学校で質問するように小さく挙手をして尋ねる。
「薬売りさん、あんまり笑わないですよね?」
私の問いかけに顔色ひとつ変えず、薬売りさんはそのまま私を見つめる。
「…はい?」
返ってきたのは、結局疑問の声だった。
「お化粧のせいで笑ってるように見えますけど、実際、あんまり笑ってませんよね?」
気付かなかっただけで薬を売ってる時も、もしかしたら笑っていなかったのかもしれない。
「役者たるもの、どんな表情でもできるようにならねばですよ!」
「俺は役者ではなく、薬売りですよ」
ため息交じりに言われ、まあそれもそうかと納得する。
「ですけど、やっぱり商売もしてるわけですから!ほら笑顔は大事ですよ!」
そう言ってにこりと笑ってみせる。
「さんが俺の代わりに笑っててくれりゃ、それでいいんだがね」
「だーめーでーす!ほらっ、薬売りさんも!」
人差し指で頬を持ち上げるようにしてにこりと笑顔をつくる。
まあ、私がちょっと見てみたいだけでもあるんだけど。
「何か笑えない理由でもあるんですか?」
…やっぱり、モノノ怪を切るということは辛いことなんだろうか。
人のためとはいえ、気持ちのいいことではないんだろう。それじゃ笑うのは辛いかもしれない。
「ええと…む、無理にとは言いませんけど…」
ぐるぐると考えを巡らせていると、なんだか申し訳ないことを言ってしまったような気がしてきた。
「さんは、忙しい人ですね。笑ったり、しゅんとしたり」
「薬売りさんの表情変化が少ないだけですよぅ」
怒ったりしてるのもあまり見たことないし。
それとも私が見てないところで笑ったり怒ったりしてるんだろうか。
「…笑えないわけじゃあない」
気付かぬ間に俯いていた頭をふわりと撫でられる。
「だから、そんな顔をするな」
ゆっくりと顔を上げると、やっぱり笑ってはいないけれど少しだけ心配するような眼で顔を覗きこまれた。
笑ってと言っておきながら、薬売りさんに心配をかけてしまうとは。
ぎゅっと膝の上で手を握りしめて、意を決する。
「よしっ、じゃあ私が薬売りさんを笑わせてみせます!」
「…はあ」
ほんの少し疑問交じりの声を聞きながら薬売りさんの顔を再び見つめる。
「演劇部員の私の名にかけて!薬売りさんを笑顔にさせてみせましょう!」
まあ、今すぐには無理かもですけど、と少しおどけたように笑って言う。
「貴方は本当に、変わった人だ」
そう言うと薬売りさんは、すっと私の髪に口づけて視線を合わせる。
「楽しみに、していますよ」
ふっと少し意地悪な笑顔を浮かべた薬売りさんは、そう言い残して部屋の隅で薬の調合を始めた。
その背を見ながら、私は自分の顔に熱が集まるのをじわりと感じていた。
貴方の微笑み
(い、今のでこの威力って…普通に笑いかけられたら、どうなっちゃうんだろう。)
あとがき
ずーっと思ってることだったりします。あんまり…笑って…なくね…?
その分にっこりされた時の衝撃は計り知れないですけどね!
2011/05/06