学校のチャイムが鳴り、朝のホームルームが始まる。

ふと教室を見て違和感に気付く。

さんが、いない。

 

 

先生の話からして、どうやら今日は休みのようだ。

風邪、だろうか。それとも妖絡みか。

 

その日の授業はいつも以上に頭に入ってこなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日が傾いてきた頃、俺はさんの家の前に立っていた。

けど、何て言って入ったらいいんだろう。

「突然来たらびっくりするよなあ…けど、折角ここまで来たし…」

門柱についたチャイムに手をのばしては引っ込める。

 

 

「何やってんだ、お前」

「うわあっ!!」

突然頭の上から声がして、ばっと顔を上げる。

 

 

そこには青い毛の犬の妖、さんの家の番犬である狗がいた。

すたっと地面に降りる寸前で人型の姿になる。

 

「こ、狗…」

「さっきから人の家の前で何やってんだよ、夏目」

少し目を細めて様子を窺うようにおれを見る。

 

「あー、いや。その…」

「まったく、の娘の様子を見に来たくらい何て事はないだろう。さっさと入ったらいいものを」

「う、わっ!?」

今度は下から声が聞こえてきた。

 

 

ずぼっとおれの鞄から顔を出したのは、ニャンコ先生だった。

「ニャ、ニャンコ先生!?いつからそこに!?」

「さっきからだ。相変わらずハッキリせん奴め」

 

鞄ごと捨ててやろうかと思ったが、教科書やノートの事を考えて思いとどまった。

 

 

 

「なんだ、のことが気になってたのか」

「あ、ああ…。学校休むなんて、珍しいから」

そう言うと狗は少し考えるような素振りを見せ、すっと道を開けた。

 

「本来ならには俺がついてりゃ十分だが…お前はあいつにとって、貴重な人間の友人だからな」

狗は不服そうだけど、少しだけ嬉しそうだった。

 

 

 

 

家に上がらせてもらうと、ニャンコ先生は鞄からぴょんと飛び出して廊下を歩きだした。

って、先生、さんの部屋知ってるのか…!?

 

その予想を確定するように、ニャンコ先生はひとつの部屋の襖をスパンと遠慮なく開けた。

「生きてるか、の娘」

なんて言い方するんだ、と言う前に襖の奥から明るい声が聞こえてきた。

 

 

「あはは、おかげさまで生きてるよーニャンコ先生。…と、あれ?」

襖に影が映ったのだろうか、さんがこっちを見て首を傾げた。

 

「あれれ、夏目くん?どうしたの、何かあった?」

「あ、ええと」

部屋に敷かれた布団から上半身を起こして、さんは膝へ飛び乗ったニャンコ先生をなでていた。

 

 

「今日、学校休んでたから…何かあったのかと思って」

「あー…ごめんね、心配かけて」

申し訳なさそうに笑うさんに、謝ることは無いからと言う。

そんなおれに、ありがとうと言ってまたさんは笑った。

 

 

さんに促され、彼女の隣へと腰を下ろす。

「昨日の夜、妖に追いかけられちゃって。一晩中ってわけじゃないけど走り回ってたら疲れて倒れちゃったの」

いやあびっくりびっくり、と軽く言うけれど、妖に追われるなんて大変だったんじゃないだろうか。

 

 

「狗にも怒られたよー。喰われたらどうすんだ、ってさ」

番犬のようにさんの家の門の傍に立つ木の上で座っている狗を優しい目で見ながら言う。

 

「大体お前は危機感が薄すぎるんだ。夏目といいお前といい…もう少ししっかりしろ」

「「す、すいません」」

思わず同じタイミングでニャンコ先生に謝ってしまったおれたちは顔を見合せて、ふっと笑った。

 

 

 

「でも本当に大丈夫なのか?その…妖と普通にふれあってて」

「うん、懐いてきてくれる子は低級の子が多いし」

多分食べられたりしないよ、と笑うさん。

俺も人のことは言えないけど、それなりに今まで色んな目に遭ってきている。

 

 

「遊んであげられるのは、夜しかないもの」

「え?」

さんはぽつりと窓の外を見ながら呟く。

 

 

「昼間じゃ、変な眼で見られちゃうから」

「……!」

寂しそうな笑顔、だと、思った。

きっとさんも辛い思いをしてきたのだろう。

 

さんは優しいから、懐いてくる妖に酷いことはできないんだ。

だから、人目に付かない夜中に相手をして…。

 

 

不意に、膝の上で握りしめていた手にさんの少しだけ冷たい手が重ねられた。

「夏目くん、眉間にしわ寄ってるよ」

「え、あっ」

ぱっと伏せていた目を開けると、さんは下から覗きこむようにしておれを見上げていた。

 

 

「大丈夫だよ、今までもずっと一人でこうやって生きてきたんだから」

あ、厳密には一人じゃないけど。と言いながらさんはじっとおれの目を見る。

その視線にどきりとしつつも、逸らしてはいけない気がして心の中で心臓に向かって落ちつけと唱える。

 

 

「でも、その…もし夏目くんさえよければ、一緒に遊んであげてほしいなー…なんて」

「い、一緒に?」

「うん。もちろん夜じゃなくていいよ。塔子さんたち心配しちゃうでしょ」

こくりと小さく頷く。

夜じゃないとすれば、昼間…か?

 

 

「夏目くんが一緒なら、一人で遊んでる危ない子には見えないだろうし」

駄目なら断ってくれていいよ、と言うさんの手をそっと握り返す。

 

 

「駄目なんかじゃない、おれでいいなら…手伝うよ」

そう言うとさんは一瞬目をまるくして、すぐにぱあっと笑顔になった。

「ありがとう、夏目くん!」

そう言って笑ったさんの笑顔は、やっぱりおれの心臓を落ち着かせてはくれなかった。

 

 

 

 

 

「…お前ら、私の存在を忘れておるだろう」

「「あ」」

のしっとおれの足に乗っかってきたニャンコ先生。

そういえばいたの忘れてた。

 

 

「まーったく、恥ずかしいやりとりをしおって」

「ご、ごめんねニャンコ先生。あ、でもニャンコ先生にも手伝ってもらわなくちゃ」

はあ?と疑問の声をあげた先生を撫でながらさんはおれの顔を見る。

 

 

 

「私と一緒にいると、夏目くんも食べられちゃうかもしれない機会が増えちゃうと思うから」

「え」

「用心棒、頑張ってくださいねーニャンコ先生」

ふふ、と少し意地悪な笑顔を浮かべる。

 

 

「…、お前、少しずつたくましくなってるな」

「そんなことないよー。夏目くんやニャンコ先生みたいな友達ができて嬉しくて舞い上がってるだけだよ」

 

ね、と言ってさんはまた笑う。

ああもう、いつになったらこの笑顔に慣れるんだろうか、おれは。

 

 

 

 

 

 

落ち着かない








(「夏目、顔が赤いぞ」「っ、き、気のせいだ!」)

 

 

 

 

 

 

あとがき

ヘタレっていうより、人とのふれあい方に不器用な夏目とヒロインのお話。

2011/08/09