「じゃあそれ、そこ置いて」
「…あの、ちょっと疑問があるんですけど」
天文科用と書かれた資料の束を机に置く。
「私神話科だったと思うんですけど、なんで天文科の手伝いさせられてるんですかね…?」
「君が暇そうにしてたから、暇つぶしさせてあげようと思って。僕って親切でしょ」
どのへんが、という言葉はぐっと飲み込んでおいた。
まあ、授業まであと数分あるしどうしようかなーなんて思いながら歩いていたのは事実だ。
だからと言ってこんな雑用に引っ張り込まれるなんて思ってなかった。
しかも、この、セクハラ教師と一緒に。
「もっと力のある男引っ張ってこればいいじゃないですか」
「嫌だよ、男と二人で授業の準備なんて」
確かに水嶋先生が男と二人で授業の準備をしていたら、それはそれで驚くだろうなあ。
新聞部にネタとして提供するね、うん。
「ほんとうはあの子…月子ちゃんだっけ。彼女と一緒がよかったけどね」
「駄目です、月子の手が荒れます。私が許しません」
「君もあの子に対してとんでもない過保護だよね」
生徒用と書かれた書類をまとめてホチキスで留める。
水嶋先生が言ったのは、多分月子の幼馴染三人組のことだろう。
「月子は私にとってもお姫様ですから。そこら辺の男になんか渡しません。特に水嶋先生には」
「どういう意味かな」
急に間近で聞こえた声に振り返るとすぐ目の前に水嶋先生が立っていた。
私の背面にある机に手をついて両腕に逃げ道をふさがれる。
「そういうことするから、月子は渡せないと言ってるんです」
「じゃあ、君は?ちゃんなら、攫ってもいい?」
にこりと笑う目をじっと見返す。
この人は、絶対本気で言ってない。
「駄目に決まってるじゃないですか……ドスケベのっぽ」
「童顔チビ」
水嶋先生がそう言った瞬間。
教室の扉のあたりで、ドシャアアアッという何か紙的なものが落ちる音がした。
「み…み…水嶋、おおおお前まで、ち…チビって…そんなことをッ……!」
「………」
「………」
わあああん!と叫びながら走り去っていった陽日先生。
ぽかんとしたまま、散らばったプリントに視線を移してハッとする。
「ちょ、とんでもない誤解招きましたよ今!可愛そうじゃないですか陽日先生!追いかけてあげてください!」
「ええー。めんどくさいよ」
「誰のせいですか!」
確実に水嶋先生の発言のせいだ。
発端は私かもしれないが、更に元の原因は水嶋先生なんだから、やっぱり水嶋先生が追いかけるべきだと思う。
「大丈夫だよ、そのうち我に返って戻ってくるから」
「それまでプリント散らばりっぱなしですか。責任もって片づけてください先生」
「戻ってきた陽日先生がやってくれるって」
はあ、とため息のような声を零して水嶋先生は私から離れる。
「そろそろ僕授業行かなくちゃ」
「やりたい放題ですね先生」
いいのか、こんな適当な教育実習で。
「それじゃ、後はよろしく」
「え。ちょっと待ってくださいよ!本気ですか!?」
水嶋先生は大丈夫だって、と言ってひらひら手を振る。
「ああ。そうだ、忘れてた」
カツカツと靴を鳴らして水嶋先生は私の前に立ち、小さい箱のようなものを私の頭に乗せた。
「変なとこに乗せないでくださいよ!…ってこれ、期間限定チョコレート!」
「今日の手伝いのご褒美だよ」
「わあ、ありがとうございます!」
両手で大事に小箱を持ってぺこりと頭を下げる。
私が水嶋先生の手伝いを大人しくしている理由は、ここにもあったりする。
毎回何かしらのご褒美と称してお菓子をくれるのだ。
…餌付けされてるわけじゃ、ないよ!
「うん。じゃあ、ちゃんも授業遅れないようにね」
「はーい」
今度こそ教室を出て行った水嶋先生に手を振ってから、気付く。
「ってこの散らばったプリントどうするんですかァァァ!」
結局見過ごすこともできず、一人チョコを食べながら片づけていると途中で陽日先生が戻ってきた。
途中で会った水嶋先生に、私がここで泣いてるとか言われたらしい。
いや、別の意味で泣きそうにはなってましたけど。プリント地獄で泣きそうにはなってましたけどね!
陽日先生と一緒に片づけが終わると同時に鳴ったチャイムに、私が青ざめたのは言うまでもない。
ご褒美のための手伝い
(「どうして遅れたんですか」「あの、違うんだよ颯斗。寝てたんじゃなくて、手伝いをしてて…うん、ごめんなさい」)
あとがき
どこの教室で作業してるのかはご想像にお任せします。
2011/10/22