あたしは今、鬱蒼と木の葉が生い茂る森の中を真っ赤なコートを着た男に連れまわされている。

ぱきっと枝を踏み折る音が二人分鳴った。

 

「…あれ、おっかしいなあ。ハートの城ってこっちじゃなかったっけ?」

「違うってさっきから何回言ったと思ってんのォォォ!?」

その数は既に十回を超えているはず。

 

 

「エースに連れまわされてるせいであたしまで道がわからなくなったじゃん…どうすんのよ」

こともあろうに、あたしの手を引いたまま迷子になったエース。

あちこちへ引っ張られ、今も道とは言いがたい場所を歩いている。

 

「うーん。でも、そのうち辿り着くから安心しろって!な!」

「……」

どこまで前向きなんだろうか。少しそのポジティブさを分けてもらいたい。

 

 

「んー…でも、この辺りって前に迷ったときに来た気がするなあ。えーとあの時はどっちに行ったんだっけ」

きょろきょろと草木しか見えない森の中を見渡す。

今度エースに拉致された時は、道しるべになりそうなものを撒きながら歩こうかな。

こう、ヘンゼルとグレーテル的な感じで。パンだと鳥に食べられちゃうから…色塗った石とかがいいかな。

 

 

なんてことをぼんやり考えていると、あたしの手を握るエースの手が少し緩んだ。

その隙にするりと手を離す。

 

「エースに任せてたら随分先まで帰れない気がするから、あたしは帽子屋へ帰る道を探すわ。じゃーね!」

「え、ちょっと待ってよ

エースの声はあたしを引き止めるというより、何かを考えているような声音だった。

その意味を知らぬまま、あたしは草むらに続く道へと踏み出す。

 

 

 

「そうだ、確かあの時…」

ぽん、とエースが手を打ったのとほぼ同時。

踏み出した足元にあるはずの地面の感触が無く、かくん、と体が傾く。

 

 

「そこの道の先って崖に…っ!ッ!!」

 

 

あたしが伸ばした腕を掴もうとするも、エースの手は空を掻く。

ぞわりと全身が震え、声も出ない。

落下するあたしに手を伸ばしながら、エースは何の迷いも無く崖の上から飛び降りる。

 

 

パシッとあたしの腕を掴んでぐっと体を引き寄せられる。

「目閉じて、掴まってて」

 

言われた通り、目を閉じてエースのコートをぎゅっと握りしめる。

エースのコート越しに、バキバキという木の枝が折れる音が聞こえ、ドンッという衝撃が体に伝わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…う、いたた…」

ゆっくり目を開いて、あたしはエースに跨るような形で体を起こした。

まだどくどくとうるさいほどの音を立てている心臓に手を当て、エースの体をゆらす。

 

「エース、大丈夫?」

そう問いかけた言葉に返事はない。そういえば、前髪から覗くエースの目は閉じられたままだ。

ぞわり、と先ほどとは違う寒気がした。

 

 

「ちょ、ちょっと、エース、冗談でしょ?やめてよ、そういうの」

左手をエースの顔のすぐ横の地面について、顔を覗き込む。

髪や服についた木の葉や枝を掃って名前を呼ぶ。

 

そんなはず、ない。だって、この人はなんだかんだで強いんだもの。

死ぬはず、ないよね。

 

 

「や、だよ、エースっ、返事してよ、ねえエース!!」

 

 

 

「うん」

 

「…へ…?」

あれだけ閉じられていたエースの目は、今やぱっちりといつもと同じように開かれている。

怖いほどの赤い色をした目とあたしの目が合う。

 

 

「ぶっ、あははは、すっごくキョトンてした顔してるぜ!」

地面に仰向けに倒れたままの体勢で笑うエース。

 

「な…っ、い、生きてるならさっさと返事しなさいよ!」

「だってが可愛いことしてくれるからさぁ」

ぐっとエースが手に力を入れた様子を見て、あたしも体を起こす。

よいしょ、と言って上半身を起こしたエースはそのままあたしの腰に腕を回した。

 

 

「ばっかじゃないの!?何、変なタイミングで遊んでんの、本気で、心配したんだから…」

「そうみたいだな。…涙目になってる」

すっとエースの手が目元を滑り、ざらりとした手袋の感触が伝わる。

 

「そんなに擦らないでよ、痛いでしょ。大体泣いてないんだからそんなことしなくていいの」

「そう?でも泣きそうだぜ、目が赤くなってる」

何がおかしいのか、にっこりと笑いながらエースはあたしの目を見つめ、そっとあたしの胸元に顔を押し付けた。

 

 

「ちょ、ちょっと!何してんの!?」

「いや…早いなーと思って」

何が、と聞くと君の心臓の音と呟いた。

顔をあたしの胸元に押し付けているせいで少しだけ声がくぐもっている。

 

 

「俺のは変わらないから」

声音こそいつもと同じだけれど、その表情は窺えない。

「…代えがきくものだからとか言ったら引っ叩くよ」

そう言うとエースはそっと顔を上げて笑った。

 

 

「今のエースは、あんたしかいないんだからね」

「でも俺が死んでも騎士の代えはいくらでもいる」

だから死んだって大丈夫だとでも言うようにエースはにこにこと笑う。

 

「…次の騎士がエースと間逆の性格だったら、どう接したらいいか困るじゃない。鳥肌立ちそうだし」

エースみたいなセクハラ似非騎士じゃなくて、本当にそれらしい騎士様になってしまったら、本気で困る。…対応に。

 

 

 

「だから、いなくならないで。迷子になってもいい、落とし穴に嵌っててもいいから、いなくならないで」

ぎゅっとエースの手を握る。どうか、あなたに代えはいないということを、分かってもらえますように。

 

「…そうだな。こんな形でを泣かせたいわけじゃないもんな」

くすりと笑ってエースは私の目元を舐めた。

泣いているわけでも、涙ぐんでいるわけでもないのに、舐められたそこがやけに熱く感じた。

 

 

 

 

 

 

迷子二人




(「でも今回落ちたのは俺じゃなくてだぜ」「あー!!あそこに見えるのって帽子屋屋敷の門柱じゃないかな!」)

 

 

 

 

 

 

あとがき

たまにはヒロインが落ちてみたり。そしてエースはこういう笑えない冗談をさらっとやってのけそう。

書く度に思うんですけど、ほんと難しい人だなエースは…!

2011/11/07