授業の無い、休日である土曜日はさすがにこの星月学園内も静かだった。

とはいっても寮生たちが利用しているのであろう図書室や屋上からは生徒の声が聞こえていた。

 

もちろんここ、保健室も静か…なはずだったのだが。

 

 

「ではっ!隔週土曜日、ガールズトークお茶会を始めまーす!」

「わーい!あ、私ね錫也からクッキー貰って来たよ!」

保健室の隅に折りたたみ式の机を出し、紅茶やら菓子を広げるこの学園でたった二人の女子生徒。

 

「錫也のクッキーだと…!?おおお、それは楽しみ!」

がさがさとクッキーの袋が開くと、それまで漂っていた薬品の匂いが一気に甘い香りに染まっていった。

 

 

「おい、、夜久。お前らここをどこだと思ってるんだ」

「保健室」

間髪いれずに返してきたのはだった。

 

「今更何言ってるんですか琥太郎先生。もう何回かやってるじゃないですか」

「俺ももう何度かここでやるなと言ってると思うんだが」

まったく進まない仕事を放り出すように、手に持っていたペンを机に置く。

 

 

「大体ここじゃなくても場所はあるだろう。食堂にでも行ってこい」

「あそこ広すぎるんですよー。保健室くらいがちょうどいいんです!」

ティーパックの紅茶を紙コップに注ぎながら簡易お茶会の場を完成させたは言葉を続ける。

 

「それに、ここなら琥太郎先生が仕事サボって寝ようとしても月子の制裁を食らわせられますし」

「えっ、あ、そんな制裁ってほどじゃ…」

でも何かしらされるのであろう事に少し背筋が冷えた。

 

 

「それに、琥太郎先生もひとりじゃ寂しいかと思いまして!ね!」

最後のね、は夜久に向けて言った言葉。

夜久はちらりと俺の方を見てこくりと頷き、ふわりと笑った。

 

「…はあ。もういい、好きにしろ」

その言葉を待ってましたと言わんばかりに笑顔を咲かせたはがたがたとイスに座り夜久とお茶会を始めた。

 

 

 

 

 

ガールズトーク、と言ってはいたがお互いの近況報告会みたいなものをしているようだった。

そういえばこいつらは専攻分野も違えば部活も違う。夜久は生徒会もやってるわけで、なかなか普段は会えないのか。

は確か…新聞部だったな。

たまに取材だの何だの言って保健室に乗り込んでくるが、大抵俺が仮眠をとってる時に乱入してくる。

 

そんなことばかりが頭を巡り、仕事なんてサッパリ進まない。

 

 

「そういえば、学園のマドンナ月子にはまだ彼氏できないの?ていうか好きな人いないの?」

「ごほっ」

部活の話からいきなり飛んだ話題に夜久が紅茶を飲み損なって咽込んだ。

 

「い、いないよ!どっちもいないから!」

「ふーん。あ、別に新聞部のネタにするわけじゃないから安心してね。個人的に気になるだけだから」

咽た夜久の背中を擦りながらはにこにこと笑っている。

 

 

「ところで…ずっと気になってたんだけど、琥太郎先生ってちゃんのこと名前で呼ぶよね?」

どうして、と尋ねたところでの目が少しだけ戸惑うように揺らいだ。

「あー…別に大したことはないんだけどね、あんまり名字好きじゃなくてさ」

紙コップをゆらゆら揺らして目線を落とす

 

「…それに、こいつ入学当初に名字で呼んだら全然反応しなかったからな」

ぽそりと相槌を入れてやると、は「そうそう、呼ばれ慣れてなくて!」と言って無理やり夜久を納得させた。

 

 

「そうなんだ、私てっきり二人がそういう関係なのかと思ってたよ」

「がふっ」

今度はの方が咽た。同時に俺のペンも滑った。

 

「ない!それはない!先生が犯罪者になるし!それに陽日先生とかも私の事は名前で呼んでるよ」

「そうだ。俺にだって選ぶ権利くらいはあるんだからな」

「なんだと」

ギッと俺を睨む。だが、その眼は咽たことによりほんのり涙目になっていて全くもって威嚇の力は無い。

寧ろ…いや、なんでもない。

 

 

「でも、卒業したらそういうのも関係なくなるよね?ね?」

「月子…なんか心なしか、目が輝いてない?」

やはり夜久も女子なのだろう。この手の話題は結構好きなようだ。

しかし、なんでそこに俺を巻き込むんだ。

 

 

「だって素敵だもん。教師と生徒の禁断の恋…ふふ、ドラマみたい!」

「ちょ、月子!戻ってこーい!」

キラキラした目というかオーラで想像が広がっているのであろう夜久の肩を、立ち上がってがくがくと揺する

こいつら、俺がいるの忘れてないだろうな。

 

 

「でも、もし本気で迫られたらどうする?」

じっと立ち上がったに上目遣いで尋ねる夜久。

「私は今の月子に落とされそうだよ。どこで上目遣いなんて技覚えたの」

少し視線を外したは、困ったようにきょろきょろとあたりを見回し、最終的に俺の方へ顔を向けた。

 

 

「…なんだ」

「いえ、ちょっと…今私の想像力をフル回転させてるんです」

じっと俺の顔を、目を見つめてくると後ろでキラキラした視線を向けてくる夜久。

思わずスッと視線を逸らしたところで、も何かを決めたように頷いた。

 

 

「やっぱないわ!」

「ええー!?」

 

ええーは俺が言いたい。

あれだけ人の事を凝視しておいて、その結果か。

 

「だって想像つかなかったんだもん。琥太郎先生が本気になってるとこ想像つかない時点でないでしょ」

「むぅ…そっかあ…。あっでもでも、もし良い人見つかったら教えてね!協力するよ!」

「月子も教えてよね!あっもちろん新聞記事にはしないから!」

気付けば机に並べられた菓子類は無くなっており、お茶会にも終わりが訪れていた。

 

 

「じゃあ私はコップ捨ててくるね」

こっちの片づけは私がしておく、と言っては紙コップを手に保健室を出る夜久を見送った。

 

 

 

 

 

「おい、

「ん?なんですか、琥太郎先生。お菓子ならもう無いですよ」

そうじゃない、と言ってちょいちょいと手招きをしてを呼ぶ。

首を傾げながら寄ってきたの腕をぐっと引き、一瞬にして驚きの表情になったの顔を覗きこむ。

 

 

「俺に本気を出させたいなら、お前も本気で来てみろよ」

 

 

特に意識したわけではないけれど、少し低い声で告げる。

ぴくりとも反応を見せないの背後でガラッと戸が開き夜久が戻ってきた。

 

 

「ただいまー」

「ぅおっ、おかえりぃ月子!!!」

俺の手を振り払うようにして夜久へ駆け寄るの背中を見ながら、ぼんやりさっきの行動を思い返す。

あれ。なんで俺あんなことしたんだろ。

 

 

 

 

無意識反発心








(「どうしたのちゃん、顔真っ赤!」「気の所為だよ月子!!月子も似たようなもんだよ!!!」「そ、そう?」)

 

 

 

 

 

 

あとがき

無意識にちょっとした対抗心というか、バカにするなよ的な感情が出ちゃった先生。

2012/08/03