相変わらず良い天気なこの色とりどりな眩しい世界。
そんな世界に存在する、目に優しい緑色の塔の部屋でたった二人の会議が行われていた。
「というわけで!日ごろお世話になっているグレイに恩返しをしようと思います!」
「なぜ私まで…!」
書類の山に囲まれたイスに座るナイトメアは眉間にしわをよせてコーヒーを一口飲む。
「一番グレイに恩返ししなきゃいけないのはナイトメアじゃん」
「なっ、わ、私は上司なんだぞ!」
がちゃん、とコーヒーカップがソーサーにぶつかるように戻される。
零れるからやめなさいと言いつつ話を進める。
「上司でもグレイには半端ない迷惑かけてるでしょうが!」
「むぐぐぐ…」
「で、グレイって何か欲しい物とかあるかなあ。…いや、寧ろ物よりマッサージ的なことの方がよさそうだよね」
不服そうな顔をしているナイトメアの頭をぽんぽんと撫でる。
「直接聞けばいいじゃないか、欲しい物とかしてほしいこと…いや、してほしいことは聞かない方がいいな」
「え?なんでさ」
「……君は気にしなくていい」
少しの間の後にぽそっとナイトメアが呟くとほぼ同時に部屋の戸をノックする音が聞こえた。
「失礼します、ナイトメア様…っと。、来ていたのか」
「お邪魔してまーす」
追加であろう書類をもったグレイに手を振るとにこりと笑顔で返してくれた。
「お前その手に持っているのは…」
「追加分です」
さらりと間髪いれずに放たれたグレイの言葉に、ドシャッと机に突っ伏したナイトメアがちょっと可哀想に思えてきた。
「あ。そうだグレイ、何か欲しい物とかしてほしいこととかある?」
「は、あ…?いきなりどうしたんだ?」
ぽかんと目をまるくしたグレイの顔を見上げるようにしてぴっと人差し指を立てる。
「今ナイトメアと、日頃お世話になっているグレイに恩返しをしよう計画を考えててね」
結局どうすればいいか分からなくて煮詰まっちゃったから直接聞くことにしたんだ、と伝えた。
「恩返し…。君は本当にいい子だな」
グレイがふわりと眉根を寄せて顔を綻ばせたのもつかの間、パッとナイトメアの方へ顔を向ける。
「してほしいことはただ一つ、仕事してくださいナイトメア様」
「だろうな!!言うと思ってたぞ!うっ、ううう…!」
ナイトメアはぐすんぐすんと泣きそうになりながら勢いよくペンを掴んでガタガタと体を震わせる。
ああ、それでしてほしい事は聞かない方がいいとか言ってたのか。
「グレイ、グレイ」
くいくいと真っ黒なコートを引っ張る。
「あたしも恩返ししたいんだ、何かしてほしいこととかある?」
「君には逆に俺の方が世話になっていると思うんだが」
そんなことはない。
この世界で唯一と言ってもいいくらい常識の通用する…普通の人だ。
それだけでもかなり助けられている、心の支えになって貰えている。
「遠慮しないでいいんだってば!あたしでできることなら何でも言って!」
さすがに逆立ちして塔一周回ってこいとかそういうのは無理だけど、と注意を加える。
そんなことやらせるわけないだろう、と慌ててくれるグレイにホッとする。
どこぞのマフィアのボス様なら、それも面白そうだなとか言いだしそうで怖い。
「とりあえずマッサージ?肩揉んだりとか考えたんだけど何かリクエストがあればどーんと言ってよ!」
「ん…そうだな…」
むう、と口元に手を当てて思考を巡らせるように視線を少し下へ向ける。
グレイの返答を待っていると、突然ナイトメアがゲホゲホと咳き込んだ。
「げほ、おま、ななな何を考えて…!」
「変な反応しないでください、というか心読まないでください」
眉間に皺を寄せてグレイは机に突っ伏しそうになっているナイトメアに視線を向ける。
「くっ…隠すなら煩悩も隠せ!」
「隠せるものなら隠してますよ」
側に常備してあるハンカチで口元を覆うナイトメアにため息交じりで返すグレイ。
「えっなに、そんなアレなこと考えてたの?」
「ち、違う!ナイトメア様が大げさなだけで、そんな、考えてない!」
さっきと打って変わってやけに動揺しているグレイの顔を覗きこむ。
「、今グレイが何を考えているか教えてやろうか」
「ナイトメア様、書類溜まってますから喋らないで手を動かしてください」
このグレイの対応の変化っぷりはすごいなあと毎回思う。
そんな彼を尊敬の眼差しで見つめていたのだけれど、どうやらそれを早く頼み事はと迫る目に見えたらしいグレイは一つ息を吐く。
「…なら、ひとつ…頼もうかな」
場所は変わって、グレイの部屋。
相変わらず綺麗に整えられている部屋に入った時はふわりと煙草の香りがした。
それを今はあたしが淹れたコーヒーの香りが上書きする。
「はいっ、どーぞ!」
「ありがとう、いい香りだ」
ほっと顔を綻ばせるグレイの隣に座る。
ふわりと沈むソファは柔らかく、これだけでも疲れを取ることが出来そうだ。
「でもこんなことでよかったの?ていうかあたしがいると休憩にならなくない?」
静かに一人でゆったり休憩した方がいいのでは、とグレイに尋ねると彼はああ、いや、と呟いた。
「一人で休憩するとだな、この後どの仕事から片付けようかとか考えてしまって結局休めないんだ」
「…一時的にでも頭の中から仕事のこと消せないの?」
「消せるものなら消したいさ」
はは、と乾いた笑いを零してからコーヒーをこくんと飲み込む。
「それだ!!」
「は?」
ぐっと体を捻ってグレイの方を向き、目を輝かせて言う。
「グレイへの恩返し!この休憩時間帯の間、あたしがグレイの頭から仕事に関する事を消してあげる!」
グレイの肩に右手を乗せてポンポンと軽く上下させる。
「けど、どうやったらいいんだろうなあ…」
首を少し傾げると同時くらいに、伸ばしていた右腕をくいっと引かれ、予想していなかった衝撃に体が持っていかれる。
ぽす、と受け止められた体。
首筋に埋められた綺麗な黒髪とコーヒーの香り。
「ぐ、れい?」
「…しばらく、このままでいさせてくれないか」
小さく囁くように零れた吐息が首にあたってぞくりと背筋が震え、思わず彼の背に手を回しコートを掴む。
「えと、これで」
「十分だ。仕事のことなんて考えてられない、のことしか考えられないさ」
随分な爆弾発言が聞こえたきがする。
グレイがどんな表情なのか少し気になったけれど、今のあたしの顔を見られるわけにはいかない。
大人しく肩と右腕、そして背中にグレイのぬくもりを感じながら、どくんどくんと脈打つ心臓に落ちつけと言い聞かせた。
君の心に恩返し
(ナイトメア様がいなくてよかった、これは、心隠せないな…。)
あとがき
グレイはそのうち過労死しそうで怖いんで定期的に休憩をとってくださいといつも思います。
2012/09/15