時間がくるくると不規則に変わっていく世界。
昼の次に夜が来るとは限らない不思議な世界。
そして、朝と昼が繰り返され久々の夜が巡ってきた。
今まで夜に寝る生活を送ってきた私には、太陽が照らす明るい部屋で熟睡できず寝不足の日々が続いていたのだ。
やっと宵闇の中で眠れると思っていた矢先に部屋の扉が外側から叩かれた。
「こんばんはお嬢さん」
「…うん、こんばんはブラッドおやすみさようなら」
「随分な挨拶だな」
仕方なく開けた扉の先にいたのは、やたら生き生きしたこの屋敷の主だった。
「ふむ、やっと夜が来たのに…お嬢さんはもう寝てしまうのか?」
「そうだよ、やっと夜が来たから寝るんだよ…」
話している最中にもあくびが出そうになって慌てて噛み殺す。
さすがに屋敷の主の前で大あくびはまずいだろう。
「ブラッドは元気だね…」
「ああ、やっと夜が来たからな。忌々しい昼と朝…そして夕方ばかりだったから、いつも以上に良い夜に感じるよ」
「それはよかった。じゃ、おやすみ」
さりげなく扉を閉めようとしたが、ブラッドは扉が閉まる前にいつも持ち歩いているステッキを扉と壁の間に滑り込ませた。
どこの飛び込み営業マンだよ。
「ちょ、ほんと眠いの。喋ってる間にも寝そうなの。話があるなら起きてから聞くから」
「話じゃないさ。誘いに来たんだ」
気を抜いたら閉じてしまいそうな目をこすって夢の世界への道をふさぐ。
「誘い…?」
「ああ、今からお茶会をしようと思ってね」
「そっか、ごめん。今回は欠席します。エリオットたちと楽しんできてください」
こんな状態じゃお茶の味もよくわからない。
紅茶党のブラッドのことだ、絶対美味しいお茶を淹れてくれるのだろう。
それでも今の私には味なんてさっぱりわからない。
「いや。今日はお嬢さんと二人でお茶会をしようと思ってね」
「なぜ、このタイミング…!?」
いつもなら誰かしらとお茶会をしているので、欠席しても特に何も言われないのだ。
「…、君と前にお茶会をしたのはいつだったか覚えているか?」
「え…えーと…」
眠い頭を回転させて前にブラッドとお茶会をした時を思い出す。
けれど、なかなか脳内検索にはヒットしない。
「いつ、だっけ」
「そう。思いだせない程度には前だ」
頭に気が行って緩んでいた扉を抑える手にブラッドの手が重なる。
ぎい、と扉を少し開けて部屋に入り、後ろ手に扉を閉める。
廊下からの光が遮断され、部屋の中は月明かりだけの薄暗い状態になった。
「おかしいと思わないか」
何が、と首を傾げる。
すると傾げた首をもとに戻すようにブラッドの手が頬を包んだ。
「同じ屋根の下にいるというのに、お嬢さんにはあまり会えていない気がするんだ」
「……」
「夜が明けたら、君はまた出かけてしまうのだろう」
今のところ何も予定は無いが、おそらく、ブラッドの予想は当たる。
「だって、昼間会いに行くと高確率で寝てるか仕事してるんだもん」
会いたくないわけじゃない、避けていたわけじゃない。
ただ単純に時間が合わなかっただけだ。
「どうしても外せない仕事の時以外なら来てくれていいんだぞ」
「や、でも…邪魔しちゃ悪いなあと」
やれやれ、とブラッドはため息をひとつ吐く。
「そういうところは気を遣うんだな。君もアリスも、仕事に関してはやたら厳しいな」
「うーん…私の場合はお国柄といいますかなんといいますか」
でもこれはきっと、ブラッドの性格の問題だろう。
ユリウスは仕事サボるとか、仕事の中断なんて絶対しないと思う。
「じゃあ、今度邪魔にならないように遊びに行くよ」
「ああ、ぜひそうしてくれ」
「そういうわけだから今日はもうおやすみ」
「そこは譲らないんだな」
眠気は未だに残ったままなのだ。
頼むから今日は勘弁してほしい。テスト前でもこんなに起きてなかったはず。
「仕方ないな。今日は私が折れてやろう」
言いながらブラッドは部屋の奥へ進み、ベッドサイドのテーブルに帽子を置いた。
「まってなにしてんの」
「お嬢さんが付き合ってくれないなら、私が付き合おうと思ってね」
「意味がわからん」
今から寝るって言ったよね。
それなのに付き合うって何を考えているんだこの人は。
「ほら、眠いのだろう。はやくおいで」
「ちょっと待ってほんと意味がわからないんだけど、なんであたしのベッドに入ろうとしてるの?」
一人で使うには大きいベッドだから、寝場所的には問題ないが、その他が問題だらけだ。
いくら慣れた人とはいえ、マフィアのボスと寝るなんて……字面にしたら相当まずい。
ブラッドは上着を脱いで手袋をはずして、ベッドに潜り込んだ。
一人で何を勝手に進めているんだこの人。
「なんでそこまでするのさ…。分かったよ、夜が明けたら付き合うから」
「そうか。それはよかった。では起きたらお茶会にしよう」
「うん、だから出てけっていってんの」
ベッドからブラッドを引きずりだそうと近づくと、ぐっと手を引かれてあたしは体ごとベッドに沈んだ。
「ちょ、ちょっと」
抗議の声を上げる前に、視界が真っ暗になる。
目を塞ぐように添えられたブラッドの素手が、ほんのり温かくて眠気が増していく。
「たまには私のそばにいてくれ」
「……ブラッド…さみしいの?」
「そうではない」
間髪いれずに返事が返ってきた。
心なしかいつもより早口だった気がする。
「私の知らない君がいるなんて、許しがたいことだと思わないか」
思わない、と心の中で返してベッドに仰向けに寝転ぶ。
ふわふわの枕に頭が沈む。
「寝顔も、寝息も。なにもかも知っていたいんだ」
変態か、と呟く元気なんてない。
「君の無防備な顔も仕草も全て、私だけに」
ブラッドの声が遠い。
絶対あたしにとって楽しくない、嬉しくない事を言っているのだろうけれど頭が受付けない。
「、私はね、君が」
ああ、ごめん。
続きはまた明日に。
「…本当に眠かったんだな」
起こさないようにそっと彼女の瞼に添えていた手を離す。
閉じられた目と安らかな寝息。
「抵抗するなら最後までしなさい、お嬢さん」
他所でもこんな風に無防備な寝顔を晒しているのかと心配になる。
「そういう顔は、ここ以外で…いや、私の前以外で晒すんじゃない」
絶対に聞こえていないだろうが、言わなくては気が済まない。
はあ、とひとつ息を吐いてベッドに体を沈める。
そっとの手に自分の手を重ねて指を絡める。
起きた時にどんな反応をしてくれるだろうか。
それを今から楽しみにしながら、私も彼女と同じ場所へと向かった。
夜を待ち夜明けを待つ
(早く起きてくれ、お嬢さん。私の退屈を吹き飛ばしてくれ)
あとがき
夜に遊びたい人と夜に寝たい人。
2013/07/21