少し重い足取りで廊下を歩く。
すれ違う生徒の声をどこか遠くに感じながら、私は保健室の扉を開けた。
「おじゃましまーす…」
「おう」
あれ、琥太郎先生ってこんなワイルドな返事の仕方するっけ。
「なんだ、よく見たら哉太じゃん」
「誰だと思ったんだよ」
ベッドのある方へ歩いていた足を止めて哉太は私へと振り返った。
「琥太郎先生に決まってるでしょ、保健医なんだから」
「残念だったな、先生はいねーよ」
どこ行ったんだか、と言いながら哉太は少し頭を掻く。
「ところで哉太は何してんの」
「はなにしに来たんだよ」
驚くほどカブった。
同じ質問を同じタイミングで投げかけてしまった。
「…私は、ほら、ちょっと調子悪くて。まあ寝不足だろうから寝ようと思って」
「俺もちょっと、な」
「じゃあやることは一緒だね」
「おう」
満場一致で私と哉太は、保健室の隅にあるカーテンを引いた。
「……」
「……」
その先にあった光景に、私と哉太は眉間にしわを寄せて固まった。
ベッドが物で占領されている。
「あんのぐーたら保健医…!なんでベッドを物置代わりにしてんのよ」
「ま、まあひとつは空いてるわけだし。お前使えよ」
「え」
驚いて哉太の顔を見ると、なんだよ、と言いたげな目をされた。
「いや、哉太使いなよ。調子悪いんでしょ」
「いーって。俺のはいつものだし、ほんとちょーっと調子悪いかなー程度だったからよ」
「私だって、寝るなら教室でもいいんだもん。…後が怖いから保健室に来ただけで」
おそらく緑とピンクの髪をした奴らからお叱りを受けるだろうと思って、正当な言い訳が使える保健室に来ただけなのだ。
別に教室で寝ても、まあ、いい。
「だって一応女子なんだから、こういう時は遠慮すんじゃねーよ」
「一応ってなんだコラ、っ!」
声を少し大きく出しただけなのに、ぐらりと頭が揺れた。
揺れる視界の中で手をつく場所が無いかと宙を彷徨う。
「おま、ばっかやろ!」
手をつく前に哉太が私の身体を受け止めるように支えてくれた。
「…元気じゃん、哉太」
「お前ひとり支えるくらいの力はあるっつーの」
揺れた視界はゆっくりと戻り、世界は平衡を取り戻した。
「やっぱ今日のお前やべぇよ。俺より重症だろ、寝てけって」
「…ごめん、ありがとう哉太」
「……おう」
肩を支える哉太にお礼を言うと、目をそらされた。なぜだ。
カーテンを引いて、隣の物置状態になっているベッドを視界に入れないように反対側のベッドに座る。
「じゃ、ゆっくり寝てろよ」
そう言って立ち去ろうとした哉太の腕を、私は何故か掴んでしまった。
そのまま引っ張るように私はベッドへと体を沈める。
完全に油断していた哉太も私に引っ張られるがまま、ベッドに背中から倒れ込んだ。
「うおあっ、何すんだコラ!」
「…これで哉太が戻って調子悪くなったら、申し訳ないし、後悔するから」
ごろんと向かいあうように寝転がる。
困惑の表情で固まる哉太の髪をふわふわと撫でて、少し笑った。
「最初からこうしてればよかったんだよ、一緒に使えばよかったんだよね」
「、絶対お前今日調子悪い。すげえ悪いだろ。おかしいぞ」
言う事だけ言って目を閉じたに向かってそう言ってやったが、おそらく聞こえていないだろう。
「…俺もおかしいか」
どくんどくんと鳴っている心臓が痛い。
発作か、いや、きっと違うだろうが、そんなもん認めてたまるか。
「あーくそっ」
寝れるわけねーだろ。
…と思っていたのに、俺の意識も知らぬ間に静かに闇の中へと沈んでいった。
まくらひとつ
(1時間後くらいに戻ってきた琥太郎先生に、私たちはもの凄く叱られた。ここ最近で一番の恐怖体験だった。)
あとがき
哉太じゃなかったら危なかったかもしれない。
2014/4/29