久しぶりに遊びに来たハートの城は、相変わらずのドタバタ騒ぎだった。

帽子屋屋敷とは違った意味で恐ろしい場所である。

 

「はいはい、斬首待ちの顔無しはここに並んでいてください」

「ちょっと待てェェェェ!!!」

だるそうに言うペーターの腕を掴んで叫ぶ。

 

「おかしいから!何そのテンション!遊園地の入場待ちじゃないんだから!」

「あんな雑菌まみれの場所に並ぶ奴の気の方が知れませんよ」

「そういうこと言ってるんじゃなくて、なにその斬首待ちって」

陛下の判断なんだから仕方ないでしょう、と返したペーターに、全部白紙に戻しておいてと言いつけておいた。

 

 

それからビバルディの元へと走り、なんとか斬首を免れるように話し合いをすること2…ええと2時間帯。

くっ、この世界ほんと時間の数え方が難しい!

 

「お前もアリスと同じだな。別にあやつらの首を刎ねたところで何の支障も」

「出るから!トラウマが心に残るから!…ってそういえばアリスは?」

こういう時一番にペーターに殴りかかっていくのはアリスなのに、今日は姿が見えない。

 

「アリスなら忌々しい帽子屋の所へ行ったよ。本を借りてくるとな」

「ちっ、行き違ったか…」

この世界で唯一ともいえるまともな女の子なのだ。たまにはお喋りしたい。

 

 

「なんじゃ、もう帰ってしまうのか?」

寂しそうではなく、不服そうに言うあたりがさすが女王様だと思った。

「ど、どうしようか考え中デス」

「もう外は暗い、今宵は泊まっていけばよかろう。夜通しわらわと遊ばぬか?」

こっそり耳打ちするように言われ、少しだけ考える素振りをしてから答えを返す。

 

 

「ビバルディが良いっていうなら、泊まっていく!」

笑顔で返すと、彼女もとても綺麗な笑顔で返してくれた。

 

 

 

 

 

走り回って疲れた分、先にお風呂を借りることにした。

帽子屋の大浴場もいいけど、お城の大浴場はほんのり薔薇の香りがする。お湯もピンクだ。

 

先に体と髪を洗って、くるっとタオルで髪をまとめ上げる。

そして最後にお湯につかってまったりとした時間を過ごしていた。

「はー…やっぱりお風呂はいいねえ…」

しかも大浴場が貸し切り状態である。

ここに来るまでにビバルディがものすごい睨みをきかせていたせいだろうけど。

 

ゆっくり目を閉じると、ふわりと薔薇の香りが鼻腔をくすぐる。

やば、眠くなってきた。

 

 

「んー…さすがに眠っちゃだめだよね…」

もとの世界のお風呂では、たまにうとうとしてたけど。

「あはっ、この大きさの風呂で寝たら沈んでそのまま水死体になっちゃうぜ」

「だよね。沈んじゃうよ…ね……?」

 

 

誰だ。今、あたし誰と喋った。

 

 

瞬時に吹き飛んだ眠気と共に、目をばちっと開いて隣を見る。

 

「やっ、。10時間帯前ぶりくらいかな!」

「ギャアアアアアア!!!!!なにナチュラルに隣にいるんだお前ェェェェ!!!」

 

にっこり爽やかな笑顔と共に顔を覗き込んできたのは、ちょっと前に「旅の途中なんだ!」とか言ってたエースだった。

 

 

「えっどういうこと!?なんでいるの!?」

若干距離をあけるようにエースから遠ざかる。

 

「そりゃあ俺もこの城に住んでるからね。俺としてはがいることの方が不思議だぜ」

「あ、ああ、あたしはビバルディと遊びに…」

そういえば遊びに来たんだった。

首刎ね騒動で忘れてた。なんか遊ぶことの方がおまけみたいになってた。

 

 

「ってそれより!この前会った時、旅の途中って言ってたじゃん!」

「うん、旅に出てたよ。大浴場探しの旅にね」

ニコッ!という効果音でも出そうなくらい綺麗な笑顔だった。ビバルディの笑顔とは違う意味の綺麗さだ。

 

 

「は…はぁぁぁあああああ!?」

「やー、久しぶりにちゃんと風呂に入りたくて探してたんだよ。知らぬ間に外にいたり森にいたり…まいったぜ」

「方向音痴っていうレベルじゃないでしょその迷い方」

なぜ、風呂を探して外に出るんだ。

しまった、あの時目的地も聞いておけばよかった。

 

 

「でも無事に良いタイミングで到着できてよかったぜ!」

「全然よくない!!あと近づいてくんな!」

「ええー。離れたら声が聞き取り辛いだろ?」

「大丈夫、エースの声はよく通るから余裕余裕」

ざぶざぶと水の抵抗を感じつつもエースから遠ざかる。

同じ抵抗があるはずなのに、あたしが離れる速度よりエースが近づく速度の方が早いってどういうことだ。

 

 

「はい、捕まえた」

「ぎゃ!」

背中が浴槽の淵にあたると同時に、両脇をエースの手が塞ぐ。

真正面、しかも至近距離にいるエースから少しでも離れようと体を縮こまらせた。

 

 

 

しかしさすが鍛えているだけあって、いい体してるなこいつ。

ということを考えてしまった瞬間、恥ずかしさで顔が一気に熱くなった。

 

「あはは、顔真っ赤だぜ。かーわいい」

「かわいくないから、のぼせちゃうから、離れてください…!」

両手を前に出して少しでも距離をとることを図ると、その手にエースの指が絡みついてきた。

大きな手に絡め取られ、指を曲げることもかなわない。

 

 

「え、エース…」

「わかったよ、君を襲わないように頑張るから。だから君も俺を煽らないように頑張ってくれ」

煽った記憶は無い、と言い返したかったけど拗れそうだから黙っておいた。

 

 

するりと手を離し、エースは再びあたしの隣へと移動する。

動くたびに水面が揺れて波が広がる。

 

 

 

「双子くんたちとは、一緒に入ったんだろ」

「へっ?」

何を聞かれているのかと思ったが、状況的にお風呂のことだろう。

 

「風呂を探して旅してたら帽子屋さんのところに出ちゃってさ」

「えっあんなとこまで行ったの?」

どういう感覚で歩いていたんだろうか、この人。

 

「そう。それで門番の双子くんに聞いたら、君とお風呂に入ったーって話を聞いてね」

「なるほど」

よしあの子供たち帰ったら言い聞かせておかなくちゃ。

 

 

「否定、しないんだな」

「……あ」

水面を見ていた目を、ゆっくり右へ移すと真顔のエースと目が合った。真顔怖い。

 

「や、ほら、子供だし。お風呂っていうより、プール状態だったよ」

実際、排水溝に花びら詰めようとか、エリオットが転ぶピンポイントに桶をセットしようとかそんな話ばっかりだった。

 

「でも彼らも男には変わりない。君がどんなに意識していなくても…」

するりとエースの手が頬を滑る。

「濡れた髪も、赤くなった頬も、熱い体も」

「っ!」

皮膚を滑る手が頬のラインをなぞり、指で耳朶を挟まれる。

ぞくっと悪寒とは違うものが体を突き抜け、肩が震えた。

 

 

「そう。そういう反応も、ぜーんぶ誘ってるように見えるんだ」

エースこそ少し頬が赤くなって、いつもと違う雰囲気が漂っている。

こんな風にうっとりしたような表情で見つめられることなんて、今までなかった。

 

 

「…、目閉じて」

耳元に顔を寄せられ、熱っぽい艶っぽい声が頭に響く。

薔薇の香りとお風呂のお湯でとろんとした瞼が閉じかける。

 

 

 

 

 

 

「ってちょっと待たんかーい!!!!!」

「おわっ」

ドンッと力の限りエースを突き飛ばす。

思ったより離れなかったけど、とりあえず人ひとり分くらいの距離は空いた。

 

「あんたが誘ってきてどうする!頑張るって言ったのはどこのどいつよ!」

「ちぇっ。だって結構乗り気だっただろ?」

「ちちち違うわ!!!」

ザバッとお湯をエースに向かって思い切りかけてやると、さすがの奴も手で防ぎながら距離をとった。

 

「わ、目に入るじゃないか」

「入れ!そのまましばらく目つむってろ!!」

 

 

 

容赦なくお湯攻撃をした後、あたしは大急ぎで大浴場を出た。

ぴしゃん、と浴室と脱衣所を仕切る扉をしめて盛大に息を吐いた。

 

 

 

 

疲れの取れないお風呂








(ちょっと体を冷ましてからビバルディの所へいきたいけど、どこで冷まそう…。)

 

 

 

 

 

 

あとがき

お風呂渡り歩きたい。温泉気分。

2014/8/3