草木も眠る丑三つ時。…にはまだ少し時間がある。

 

ここは武田城のとある一室。

真っ暗な部屋の中には蝋燭1本の明かりしかない。

 

「その男が戦から村へ帰った時、村は荒れ果て血の匂いで一杯だった」

淡々とした声が部屋に響く。

「ほんの少しの希望を胸に、男は自宅へと向かうと、そこには自分の妻が背を向けて座っていた。

 その背中に駆け寄り、男は言う。遅くなってすまない、と。

 啜り泣く妻はか細い声で言うのだ。

 

 遅いのです…遅いのです…貴方を待っているうちに、私は…こんな肉塊になってしまったのです!!!」

 

その瞬間、目の前に飛び込んできたのは皮膚の溶け落ちた白い着物の女の顔。

「ぎゃあああああ!!!」

「ぬあああああああああ!!!」

「おお」

 

おお、って言ったの誰だよ!あっお館様か!!!

 

 

 

「へっへっへ!びっくりした?」

どろんっ、と肌の溶けた女の姿から一変していつもの恰好に戻る佐助さん。

 

「当たり前だァァ!!佐助さん、変化はずるい!忍者ずるい!」

「えー。そんなこと言われてもー」

「幸村さん大丈夫ですか…ってうおっ冷や汗すごっ!」

思わず飛びついてしまった幸村さんの目が血走っている。怖かったんだろうか。

 

 

夏の夜といえば怪談ですよね、なんて言ってしまった私がいけなかったのだ。

丁度その場にいた幸村さん、佐助さん、お館様と私の4人で怪談話大会を開くことになってしまった。

 

正直、佐助さんが話す怪談の生々しさが非常にえげつない。

見てきたんじゃないの?ってくらいリアルだし、変化混ぜてくるあたりコイツはドSだ。

 

 

「お館様はなんで怖がらないんですか…どんだけ心強いんですか…」

「む?そんなことはない、なかなかに恐ろしいぞ!」

うん。全然怖くなさそうだ。

 

「んーでも俺様ばっかり喋ってるとちゃんにきゃーこわーいって抱きついて貰える機会が無いんだよね」

「そんな悠長な怖がり方できる話じゃないんですけど」

笑いながら私の向かい側に座る。

ちなみに私の右側が幸村さんで、左側がお館様だ。

 

 

 

「じゃあ次は私がいきます!」

「おお、の話か!楽しみじゃのう!」

そんなウキウキされても困っちゃうよ、お館様。

 

「ある村に、ひとりの少年がいました。

 ずっと村で平和に暮らしていた少年も、やがては武士になるため城下へ行くことになったのです。

 その時少年はメリーさんという名をつけて大事にしていた人形を村に捨てて城下へと向かいました」

なるべく淡々と、さっきの佐助さんをまねて話していく。

 

「彼はやがて武将となり、城に住まうことになりました。

 そんなある日、彼の部屋に一通の手紙が届いたのです。

 手紙には『私メリーさん。今、城下にいるの』と書いてありました」

私は静かに立ち上がり、皆の後ろをゆっくり歩いて回る。

 

「メリー、という名前に彼は引っ掛かるものを感じました。

 そのすぐ後、彼のすぐ隣の柱に矢文がトンッ…と突き刺さりました。

 矢文の内容は『私メリーさん。今、城の正門にいるの』。

 男は冷やりとして、部屋を出ようと扉を開けると、また矢文が彼の顔のすぐ横へと刺さりました。

 その内容は『私メリーさん。今、1階の廊下にいるの』

 

 

 男は近付いてくるソレに驚き、部屋を飛び出しました。

 しかしその足元にまた矢文が刺さります。『私メリーさん。今、2階の廊下にいるの』。

 

 

 男がいるのは3階、矢文を捨てて走り出そうとしたものの、妙に足が重く感じる…。

 走りたいのに走れない、そうこうしているうちにまた矢文が刺さります。

 『私メリーさん。今、3階にいるの』。

 得体のしれない何かが近付いてきていることに脅えた男は、力を振り絞り走り出します。

 

 

 彼が向かった天守閣へ続く階段を上ろうとした瞬間…彼は耳元に、何かの気配を感じました」

 

 

そっと耳元へ、近寄る。

 

 

「ワタシ、メリーサン」

 

 

そして。

 

 

「イマ、アナタノウシロニイルノ―――――!!!!」

「ぬわああああああああああああああ!!!!!」

 

 

 

 

耳をつんざく絶叫を上げたのは幸村さん。

ちなみに私が囁いたのも、幸村さんの耳元だ。

 

「うわ旦那が気絶した」

「勝った!!」

「え、これそういう遊びだっけ?」

どたーん!という音を立てて倒れた幸村さんにビックリしたのか、佐助さんが少し肩を揺らした。

 

 

「だって怖がってくれないと怪談の意味がないじゃないですか」

「そりゃそうだけど。ちょっと旦那ー、生きてるー?」

倒れた幸村さんの身体を揺さぶりながら佐助さんが尋ねる。

私はもとの場所に座ると、お館様がにこにこしていることに気付いた。

 

「すごいのぅ!奇襲役を任せたいくらいじゃ」

「いやそういう所では使えない技なんです。寧ろ幸村さんにしか効かないと思うんです」

実際、歩いている時に見た佐助さんとお館様はなんだかニコニコして楽しんでいたのだ。

幸村さんだけ妙に真顔だったからターゲットにしてみただけで。

 

 

「そうかのう。しかし幸村ァ!これしきで気絶するようでは修行が足りんぞ!」

「ハッ…!お、お館様ァァァァ申し訳ござりませぬぅぅぅ!!」

がばっと復活した幸村さんが頭を床にガンガンとぶつけて土下座を繰り返す。

床抜けちゃうんじゃないの、それ。

 

 

 

「やーでもちゃんがこんな怪談話持ってるとはね。俺様びっくり」

「都市伝説なんていっぱいありますからね」

ただ、現代話ばかりだからうまくこっちで通用するように翻訳するのが難しいのだ。

 

「俺様も怖くなっちゃったから、今夜添い寝してよー」

「何言ってんですか。佐助さんのアレの方がよっぽど怖かったですよ」

リアルに視界に飛び込んできた肉塊女はまだ記憶にこびりついている。トラウマ決定だよちくしょう。

 

「そ、添い寝だと…破廉恥だぞ佐助ェェ!!」

「うるさいよ旦那。じゃあ旦那は一人で寝てね」

「ぬ」

ぴたりと動きが止まった。

あれ、いつもなら何か言い返すのに。

 

そう思った時、くい、と服の袖を引っ張られた。

 

「…幸村さん?」

「ぬ…その、某も」

ぼそぼそと喋る幸村さんの声が聞き取りにくい。そんな声も出せるのか。

 

「そ、某も共に寝る!佐助が殿に何かせぬよう見張るでござるよ!!」

「え」

「えー」

驚きの声を上げたのが私、不満そうな声を上げたのが佐助さん。

 

 

「お館様!!今夜はこれにて失礼いたします!!」

「うむ、楽しい夜であったぞ!3人ともゆっくり休めい!」

豪快に笑って見送ってくれるお館様を背に、幸村さんに引きずられるようにして廊下を突き進む。

 

「ちょ、早い早い幸村さん足早い!」

「旦那ーちゃんが削れちゃうよー」

「怖いこと言わないでくださいよ!!!」

早足どころか駆け足くらいの勢いで引っ張られていくので、部屋に着く頃には息が切れそうだ。

 

「削れる…!?それはいかんッ!」

急ブレーキかのような勢いで止まった幸村さんの背に顔をぶつける。

ぶえっ、と変な声が出た。

 

「ちょ、急に止まらないで…っわ!」

ぐいっと手を引っ張られたかと思うと、幸村さんは私を横抱きにして再び歩き出した。

いやこれもう歩いてない、走ってる状態だ。

 

「ねー旦那、怖いんでしょ。すっごく怖いんでしょ」

「怖くなどない!!!」

猛スピードで部屋めがけて走る幸村さんもすごいけれど、それについてくる佐助さんもすごい。

 

 

 

 

部屋に着くと同時に幸村さんはスパーンっと足で襖を開き、既に敷いてあった布団に私を下ろす。

「旦那ってば大胆ー…ってちょ、えっ」

茶化していた佐助さんが戸惑いの声を上げる。

 

それもそのはず。

どーんっと布団に寝転ぶと同時に引き倒される私と佐助さん。

 

「…ね、旦那。普通こういう時はちゃんを真ん中にするんじゃないの?」

「いかん!言ったであろう、おぬしを見張ると!」

「でもそれ口実でしょ。ほんとはさあ」

「佐助さん、もう幸村さんをいじめるのやめましょうよ。私も大体察してますから」

 

 

 

きっと、怖いんだろう。

 

 

あんまり信じられないけど、オバケみたいな得体のしれない何か、というものが怖いのかもしれない。

戦場であれほど死体の山を見ているのに不思議なものだなあ、なんて妙に冷静になりながら

私は幸村さんに力一杯握られている左手を握り返した。

 

 

 

 

 

 

夏の怪談話大会








(「うぐぐ…めりぃ殿が!めりぃ殿がァァァ!!!」「うあー旦那、寝言うるさいよ」「予想通りすぎてもう笑えるわ」)

 

 

 

 

 

 

あとがき

佐助さんには怪談話してほしくないです。忍者ずるい。

2016/6/19