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銀時編 ・ 総悟編 ・ 土方編 ・ 高杉編 ・ 退編 ・ 春雨第七師団編
「…そして、誰もいないはずの部屋で寝ていると、耳元で低く叫ぶ声が聞こえたの」
「…き、きき、気のせいだろ」
「そう、気のせいだと思って顔を上げようとしても体はまったく動かない」
「………」
「やっと体が動くようになって前を向くと…そこには青白い顔をした女が」
「ッ、ア゛ーーーーーッ!!!」
…万事屋の居間の机に立てた蝋燭がふわりと揺れた。
「ちょ、ぎ、銀ちゃん!叫びすぎ!私の方がびっくりしたじゃない!」
「ババババッカ、おま、今のは代弁だよ。ほーら神楽ァーお前の変わりに俺が叫んでやったぞー」
「神楽ちゃん寝てるけど」
「……」
ソファに寝転がったまま、ぐーぐーと寝息を立てる神楽ちゃん。
「夏と言えば怪談アル!」ということで、涼しくなるついでに始めた会談大会。
最初は新八くんも参加していたけど、途中で帰宅しちゃったから今は私と銀ちゃんと神楽ちゃんだけ。
「ふあー、私も眠くなってきたし…そろそろお開きかなー」
立ち上がって蝋燭の明かりを頼りにタオルケットを神楽ちゃんにかけてあげた。
「じゃ、涼しくなったところで、おやすみ銀ちゃん」
座ったままの銀ちゃんの肩をぽんと叩いて立ち上がる。
「…ぇよ」
ぽつりと聞こえた声と共に掴まれる腕。
「ぜんっぜん俺ァ涼しくなってねーんですけど!超暑いから!すっげぇ暑いから!」
「そりゃそんだけ叫んでれば暑いよ。ていうかちょっと静かにして!」
神楽ちゃんを起こさないように、蝋燭の火を消してから銀ちゃんを引っ張って和室へ入る。
「そんなに怖いなら先に寝てればよかったのに」
「バカ言っちゃいけねーよ。別に怖くねーし」
そう言う割りに、さっきから声がひっくり返りっぱなしだ。
「…銀ちゃん…後ろォォォ!!!」
「キャーーーーー!!!!」
私でもキャーなんて叫んだことねーよと思う間もなく、銀ちゃんは思いっきり私に飛びついた。
「って暑い!!!」
「ごふっ!」
べりっと飛びついてきた銀ちゃんを引き剥がす。
「おま、お前!俺を弄んで何が楽しい!」
「その言い方はどうかと思うけど…楽しいよ、結構」
「な…っ!?…じゃ、じゃあ今日だけ特別に俺を弄ぶことを許してやる」
「は?」
「だから、アレだ、今夜一晩ここで寝なさい」
「…怖いなら怖いって言えばいいのに」
「俺は別に怖くねーっつの!お前こそ、つ、強がってるだけだろ!」
ぎゅうぎゅうと私の手を握り締めて言う。
…ほんと、しょうがないなあ。
「じゃあ一晩、手繋いでてあげるよ」
「……朝が来たら覚えてろよ」
真っ赤になっている銀ちゃんの汗ばんだ手を握って、私は目を閉じた。
(「そういえば最近の幽霊は朝や昼も活動するみたいよ」「そっ、そそ、そもそもそんなもんいねーし!」)
「あー、扇風機ってすごいわ…」
目の前でブーンと音を立てて回る扇風機。
クーラーの無い真選組屯所では、扇風機は夏の救世主だ。
「ほんと、イイ物持ってんじゃねーですかィ」
突如私の部屋に響く声。
同時に私に向かって吹いていた風は、声の主の方へ風向きを変えた。
「ちょっとォォォ!沖田隊長!何してんですか!それ私の扇風機ですけど!」
強制的に首を回された扇風機の向きを元に戻す。
「一人だけ涼しい思いしてんじゃねェよ」
ガタガタと、再び扇風機の首が沖田隊長の方を向く。
「一人だけって、これ私がお給料で買ったやつですから!自前ですから!」
ガタガタと首の向きを戻す。
「ならもう一台買ってきなせェ。こいつァ俺が貰ってやりまさァ」
ガタガタ。
「意味が分かりません。ていうか隊長の方が高給取りですよね」
ガタガタ。
「うるせーや。部下は上司を敬うもんでさァ」
ガタガタ。
「もうさっきからうっとおしいんですけどォォォ!これは私のですってば!」
左右に何度も首の向きを変えさせられている私の扇風機。
このまま争っていたら、壊れかねない。
「だから、大人しくこいつは俺に譲ってお前ェはもう一台買ってこればいいだろィ」
「なぜに!なぜに私が2台も買わねばならないんですか!」
「上司は敬えっつってんでさあ。扇風機一台くらい献上しなせェ」
「嫌です!これは私のです!今年の夏はこの子と乗り越えるって決めたんです!」
ガッと扇風機の頭を二人で押さえる。
ギギッ、というちょっと危ない音がしている。
「あーもう離してください!壊れちゃたらどうするんですか!」
「その時ァお前が俺の分だけ買いに走ることになりまさァ」
「何でそうなるのか意味が分からない!」
一向に譲るという行為をしない私達。
「…ところで沖田隊長。扇風機って、首振り機能があること知ってますか」
「自分の方向いてない時、暑いじゃないすかィ」
「ですよね」
「「………」」
しばらく、扇風機の取り合いは続きそうな予感。
(「よし分かった、明日土方さんに買ってもらいに行きましょう」「ナイスアイディアでさァ」)
「土方さん!夏ですよ!夏といえば海!海行きましょうよー!」
「残念だな、俺らは仕事だ」
「ギャッボォォォ!!!」
暑い中テンションを上げて土方さんの部屋に突入したはいいものの。
たったの一言で私は撃沈した。
「どういうことですか!夏休み制度はいずこー!?」
「こういう時期だからこそ、警備は厳しくやらなきゃならねーんだよ」
「ぬぐぐ…!無念!」
がくっ、とその場に崩れ落ちる。
ああ、さよなら私の幸せ夏休みプラン…!
「…大体何しに行くつもりだ」
ぽつり、と書類に顔を向けたままで土方さんは呟いた。
「そりゃバーベキューとか、スイカ割りとか、カキ氷とか…」
「お前それ、そこに庭で全部できるじゃねーか」
くるりと私の方に顔を向けた土方さんの額には汗が滲んでいた。
「海でやるからいいんですよ。雰囲気が大事なんですよ!」
「海に行く理由が全部食べ物関連の女に雰囲気とか言われたくねーよ」
「なっ、ななな!いいじゃないですか、け、健康的で!」
う…もうちょっと可愛気のあること言っておけばよかったかな。
「…まあ、そう、だな」
再び書類に顔を向けた土方さんが呟く。
「見回りのルートに、海も入れてやってもいいぞ」
「ま…マジですかァァァ!!?」
「ただし、俺と一緒に見回りの日だけな。お前だけで行ったら帰ってこねェだろ」
「はい!一日は帰ってきませんね!」
「自信満々に言うんじゃねーよ」
なんだかんだ言って、土方さんは優しいんだ。
「ありがとうございます、土方さん!」
「…分かったらさっさと仕事に戻れ」
「はーい!」
そう返事して土方さんの部屋を出る前に、ふと足を止める。
「…そういえば、土方さんの見回り担当ってほとんど夜じゃありませんでした?」
「夜の海だってなかなかオツだぞ」
「でも屋台出てませんよね」
「………」
土方さんの表情が固まった。
「あっ、あははは!冗談です!土方さんと行けるだけで光栄です!夜の海バンザイ!」
「ったく…ほんと食い気しかねーなお前は」
土方さんはそう呆れたような口調で言いながらも、その顔は優しい笑顔だった。
(「まあ、下手に色気づかれても虫除けが大変だからいいけどな」「???」)
「夏といえば!やっぱりお祭りですよねっ高杉さん!」
「そうだな」
「!?」
珍しく私の話に一発でノってきた。
いつもならことごとくスルーされるというのに。
「何だ、その顔は」
「いっ、いえいえ!あの、高杉さん、お祭り好きなんですか?」
「あぁ。いいモンだぞ、祭りは」
心なしか、表情がいつもより生き生きしている。
「あの、じゃあ、一緒に行きませんか!?」
「あ?」
「近々江戸でお祭りがあるらしいんです。行きたいんです」
「…お前な。俺らは幕府の連中に目ェつけられてんだぞ」
「でも私下っ端なんで、そんなに有名じゃないですし」
「俺ァ奴らにゃすげぇ嫌われてんだよ。…まあ、片っ端から切り殺していっていいっつーんなら…」
「だだだ駄目ですよ!!お祭り台無しじゃないですか!」
にやにやと笑いながら言う高杉さんの言葉は、冗談に聞こえないから困る。
「うー…でも、それじゃ仕方ないですよね」
かといって一人で行くのは寂しすぎる。
「…別に、行かなくても楽しめる方法はあるぞ」
「え。何ですかそれ」
私がそうたずねると、高杉さんはゆっくり立ち上がって窓の側へ寄る。
「ここから花火が見えるんだよ。丁度、俺の部屋からなァ」
「えええマジですか!羨ましい…!」
ていうかそれ自慢じゃないですか。私の部屋からは見えないんですけど。
そう思っていると、高杉さんはゆっくり私に近づいてそっと私の顎に手をかける。
「祭りの間、俺の部屋泊まっていくか?」
「え…」
それはもしや、花火が特等席で見れるということで。
「と、泊まっていいんですか!?」
「あァ」
「じゃあぜひ!お泊りします!やったお祭りの花火大会が見れるー!」
飲み物とおつまみと…色々準備しなきゃ!
「ククッ、お前は祭りが楽しめて、俺ァお前で楽しめて一石二鳥だろ」
「はい!そうですね!………ん?」
にやにやと笑っている高杉さんに、なんだかハメられたような気がしたお祭り前夜でした。
(「花火綺麗ですよ高杉さん!ちょ、引っ付いてないで外見てくださいィィ!」「俺ァこっちの方がいいんだよ」)
「そおおい!…くっ、逃げ足が速いわね…!」
「…何してるの、」
「そこかァァァ!!!」
「え?うっわああああ」
バチーン、という盛大な音が部屋に響いた。
「あーいや、本当にごめんね退」
「まさか部屋に入ったとたんに張り手を食らうとは思わなかったよ…」
「だから、ごめんってば」
「ていうか何してたの?」
何をしていたか。
話せば簡単なことなのだ。
「部屋にね、蚊が一匹入っちゃってね」
「退治してたの?」
「そういうこと…っ、いたァァァ!!」
視界の端に映った黒い影を追うように手を振り上げる。
その影はふっと視界から消えてしまう。
「あーもううっとおしいぃぃぃ!そしてあっつい!!」
「そりゃそんだけ動いてれば暑いよ」
冷静な退のツッコミを聞き流して、再びすとんと座り込む。
「はあ…あれ退治しないと、夜も寝れないよ…」
「蚊取り線香焚いておけば?」
「今品切れ中です…ていうか、副長と沖田隊長に持っていかれました」
「あー、ご愁傷様」
項垂れる私の頭をぽんぽんと優しくなでる退。
「寝てる間に顔なんか刺されようものなら、しばらく部屋から出れないわ…」
「…じゃあ、俺が見張り役になってあげようか?蚊は俺がなんとかしてあげるから、ゆっくり寝ていいよ」
ずっと仕事続きだったでしょ、と言いながら退は私の目元をそっと撫でる。
「…じゃあ、お願いしても、いいかな?」
「うん。安心してゆっくり寝ていいからね」
にっこりと笑う退に笑い返す。
「ありがとう、退」
「どういたしまして」
そう言った退の笑顔を見ているうちに、私の目はゆっくりと閉じていった。
(「蚊からは守るけど、他は保証しないよ。たとえば俺とか、さ。…なーんてね」)
春雨の戦艦といえど、暑いものは暑い。
そんな昼中、仕事を終えて部屋に戻ると、そこには神威団長と阿伏兎がいた。
「あっ、おかえりー」
「ただいまー…ってちょっと待てェェ!何してるんですか二人とも!」
「阿伏兎のお土産お披露目会」
「なぜ私の部屋でやるんですか」
団長の部屋の方が絶対広いのに。
「…で、お土産ってこれ、お菓子とかケーキとか…うわ、アイスまである!」
「阿伏兎が地球に出張してたからさ。お土産に買ってきてくれたんだよ」
「へっ、買ってこねーと殺すよとか言って脅したじゃねーか」
「俺そんなこと言ったっけ?それより、ほら君も食べなよ」
そう言って差し出されたカップのアイスを受け取る。
丁度暑いと思っていたところだから、これは嬉しいお土産だった。
「じゃ、じゃあ遠慮なく!ありがと、阿伏兎!」
「さっさと食べねーと団長に全部食われるぞ」
山積みになった食料を見ながらも、多分団長なら全部食べるんだろうなあと思いながらアイスを口に含んだ。
しばらくの間お菓子パーティみたいになっていた私の部屋。
「はー。美味しかったーそして涼しくなった!」
「そりゃよかった」
「それだけでいいの?小食だねぇ」
目を丸くして団長はケーキに手を伸ばしながら言う。
「いやいや、私結構食べるほうですよ。ていうか、おやつにしては食べすぎですよこれ」
「そう?」
「そーです。それにあんまり食べると重く…」
言い終わる前に団長がひょっこりと私に近づく。
そしてぐいと腕を引っ張られて立ち上がらせられる。
「な、何ですか団長」
「ん?重いって言うからさ、ほんとかなーと思って」<
言うと同時に、するりと膝あたりに団長の腕が回り、ひょいと抱えられる。
「こんなの全然重くないよ」
「うぉわあぁぁぁぁ!?なっ、何をッ!?」
「うんうん。軽い軽い」
にこにこ笑いながら私を片腕で持ち上げる団長。
改めて、夜兎ってっすごいわ、と思った。
「や、やだちょっと!下ろしてくださいよ!ヘルプ!ヘルプ阿伏兎!」
「いや、暑いんでパス」
「パスすんなぁぁぁぁ!」
せっかく涼しくなったのに、一気にまた暑くなりました。…私だけ。
(「あんまり暴れると落とすよ」「お、落とすのは嫌です!下ろしてくださいぃぃ!」「えー」「お前ら暑苦しい」)