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銀時編 ・ 総悟編 ・ 土方編 ・ 高杉編 ・ 退編 ・ 坂本編
「失礼しまーす」
ガララッと保健室の扉を開けて中に入る。
いつもならいずはずの先生がいない。
「あれ?寝てるのかな…ってうおっ!?」
ベッドのところのカーテンを開けると、そこには先生は先生でも銀八先生がいた。
「あっれ、何やってんのお前」
「その台詞そっくりそのまま返してあげますよ」
「先生は二日酔いでしんどいの。一応来ることには来たんだから、頑張っただろ」
「授業やらなかったら何も意味ないですよ。新八くんが探してましたよ」
「あの真面目鏡め…」
ため息を吐いて先生はゆっくり起き上がった。
それでもまだ唸りながら頭を抑えている。
「ええと、本気で辛そうですね…」
「やべーよ世界が回ってんの。ぐるぐるしてんの」
「お水持ってきましょうか?」
そう言ってベッドから離れようとしたあたしの手は、先生にがっちりと掴まれた。
「それよりもっと良いものがあるから、そっちにして」
「え?…糖分は駄目ですからね!二日酔いの次は糖尿なんて洒落になりませんから」
「おまえは小姑か」
そうじゃねーよ、と言うと同時に先生はあたしをベッドに引きずりこんだ。
「何やってんですか先生!」
「だから、もっと良いもの」
じっとあたしの目を見て、へらりと笑う。
「あたし、この後授業あるんですけど」
「二日酔いで休んでたとか言っとけ」
「いやいやいや。それ法律的にも問題が発生します」
「それなら、銀八先生の介抱してましたーとか言っとけ。どうせ高杉もいねーし、偽装できるだろ」
ごろりとあたしごと布団に横になり、向かい合うように寝転ぶ。
「つーかお前もサボりに来たんだろ」
「うっ、そ…そんなことないですよー」
「図星だな、その言い方。黙っててやるから、ほら」
すっとあたしの頭のすぐ上に腕を伸ばす。
「頭乗っけてろ」
「いや、でも一応弱ってる人に負担かけるのは心苦しいですから」
「いいんだよ。それに、実はもう結構治ってんだ。授業やんのめんどくせーだけだから」
「うおおおい!教師がなんてことを!!」
早くしろよと催促されて、あたしは遠慮気味に先生の腕に頭を乗せる。
目の前に先生の首筋があって、少しだけどきりとした。
「…あの、近くないですか?」
「近くなるようにしたんだから、そうなってなきゃおかしいだろ」
「は?」
見上げるとにまにまといつもどおりの笑顔があった。
「んじゃ、一緒にひと寝入りしますかね」
(あれ、なんかあたし、ハメられた?っていうかこんな状態で寝れるかァァ!)
「おっはよーう沖田!」
「朝から騒々しいですねぃ…」
靴箱前で見かけた沖田に声をかけると、低いテンションで返事が返ってきた。
「あれ、何持ってんの?手紙?…ってまさか、ラブレター!?」
「これのことですかィ」
ひらひらと持った白い封筒を揺らす。
「うわあ…きっと沖田の本性を知らない純粋な子なんだね…」
「どういう意味でさァ」
「そのままの意味だよ」
しかし沖田にラブレターかあ。
鬼畜ドSとはいえ、一応ルックスは良いもんね。
「まあアレだ、彼女はいじめんなよ!」
「…お前はそれでいいんですかィ?」
「は?」
何のことだと思いながら沖田の顔を見る。
「俺が、他の女の主人になってもいいんですかィ」
「結局あんたが主人かい。っていうか主従関係になるつもりか」
何かが激しく間違っている気がする。
「で、どうなんでさァ」
随分と真剣な顔して問われ、あたしも思わずちゃんと考えてしまう。
「どうって言われても。よくわかんないや。別に何か変わるわけでもないだろうし」
まあ、少しくらいはこうやって喋る機会も減るかもしれない。
「…少し、寂しくなるかも」
ぽつりと独り言のように呟いた言葉の後。
沖田はふっと笑みを零した。
「真剣に答えてくれてるとこ悪いんですけど、コレ、ラブレターなんてもんじゃありやせんぜ」
「……は?」
「これァ俺が土方さんにここ数日送りつけてる呪いの手紙でさァ」
「は…はぁぁぁあ!?」
ばっと手紙を奪って中身を見ると、確かに内容は呪いの手紙だった。
なんか、マヨネーズがこの世から消滅するとかそういう感じの。
「真剣に考えてたあたしが馬鹿みたいじゃん!早く言ってよ!」
「俺はラブレターだなんて一言も言ってやせんぜ」
「でも否定もしなかったじゃん!」
「しっかし…いいモン聞けやした。俺が他の女の主人になったら寂しい、ねぇ」
にやにやとサドオーラを出しながら笑う沖田。
「そんなにお前が俺のペットになりたかったとは知りやせんでした」
「違う違う違う!あんたのペットとかお断りだ!」
「遠慮しなくていいですぜ。しばらくはお前の主人でいるつもりなんで」
「あたし野良でいいんで。主人とかいらないからァァ!」
(でも不思議と少しだけほっとしてる自分がいた。)
日直の仕事である黒板消し仕事を終えて、ことんと黒板消しを置く。
「ふー、服部先生って地味に筆圧強いんだよね…」
銀八先生の書いた字はすぐ消えるんだけどな。
なんて思いながら席に戻ると、窓のところに立っていた土方くんに名前を呼ばれた。
「ん?どうしたの?」
「ちょっとこっち来い」
手招きされてそう呼ばれる。
「お前、頭の上チョークの粉乗ってるぞ」
「えっ嘘っ!」
ぱたぱたと慌てて頭をはたく。
「待て待て。それだと髪の中に入って余計に取れねーぞ」
「なぬ!?」
「嘘じゃねーって。とりあえずお前はそのままじっとしてろ」
そう言って土方くんはあたしの頭に手を伸ばす。
そして髪を撫でるようにしてチョークの粉を掃ってくれた。
さらりとあたしの髪に指を通して、納得したように頷く。
「ん、よし。これでいいかな」
「あ、ありがとう…」
なんだか分からないけど、恥ずかしいやらドキドキするやらで顔を上げられない。
くそう、たかがチョークの粉掃うだけなのに…!
「どうした?そんな黙って」
「ううん何でもないの!ちょっとその、髪撫でてくれる手がすごい気持ちよかったというか…」
「手?」
うん、と頷いて土方くんの手を見る。
女の手とは違う、大きくてがっしりした手。
「別に何てことねーけど。お前の手のほうが綺麗だろ」
「きっ!?」
きょとんとしている土方くんを見上げてブンブンと首を横に振る。
「綺麗とかそんなんじゃないって!土方くんの手の方が暖かくてあたしは好きだな」
「なっ…」
今度は土方くんの頬がほんのり赤く染まり、ぱくぱくと口を動かしている。
「す、すきってお前…」
「好きだよ、土方くんの手」
「……」
複雑そうな顔をして土方くんは咳払いをひとつした。
「ね、また粉被ってたら掃ってくれる?」
「…ああ、いつでもやってやるよ」
ふっと笑いあったあたしたちの後ろから沖田の「なに青春オーラ出してんでさァ」というツッコミで
我に返り、またお互いに顔を赤く染めることになった。
(ホントは手だけじゃなくて、さり気なく気遣ってくれるとこや優しいとこも好きだよ。)
「あれ、高杉さーん!」
「学校じゃ先生って呼べっつっただろ」
掃除の終了時間間際、ゴミ捨て場で高杉さんを見かけて声をかける。
「いいじゃないですか、今あたしたちしかいませんし」
「他にいても先生って呼ばねーだろお前は」
はあ、とため息を吐いた高杉さんの右手に目をやる。
「それ…どうしたんです?」
「あ?」
高杉さんの右手の指に少しだけ血が滲み出ていた。
「あー、さっき紙ごみを纏めてた時に切ったんだろうな」
「気づかなかったんですか」
「これくらい痛くねぇよ」
「そうだ、今日はあたしが手当てしてあげます!」
「はあ?」
昔から怪我の手当てをされるばかりだったけど、今日くらいはしてあげたい。
「ほらほら、丁度絆創膏持ってますし!」
「こんなくらいの傷にんなもんいるか。舐めときゃ治る」
「保健医がそんなこと言っていいんですかー」
ぶーぶーと文句を言ってるとギロリと睨まれた。…昔から、眼力強いんだよね。
「じゃ、じゃあ舐めてあげますよ。まだ血出てますし」
「だからいらねえって…おい!」
そっと高杉さんの手をとり、血が滲んでいる部分を口に含む。
そういえば昔、あたしもこうやって怪我したとこ舐めてもらったことあるっけ。
「この馬鹿、学校でそういうことしてんじゃねぇよ」
「ん、だって舐めときゃ治るって言うから」
「場を弁えろっつってんだよ」
ぐいっと頬を引っ張られる。
「いひゃい!いひゃいれす!」
ぱっと手を離された頬を撫でる。うう、なんて仕打ち。
「ひどいですよう…せっかく手当てしてあげようと思ったのに」
「だから場を弁えろっつってんだ。そういうのは家にいる時にしろ」
「家って、なんでですか」
頬から手を離して尋ねると高杉さんはニッと笑ってあたしの耳元に口を寄せる。
「うっかり襲っちまっても、問題ねぇだろ?」
(お、大有りです!むしろ問題しかないじゃないですかァァ!)
「うあああ遅刻するぅぅ!!」
学校まであと半分くらいの道のりをダッシュする。
腕時計を見たら、かなり余裕があって悠々と歩いていたのだけど、途中で異変に気づいた。
針が、まったくもって進んでいない。
くそう時計の電池めぇぇぇ!朝とまることないじゃないか!
なんてことを心の中で叫びながら走っていると、後ろから名前を呼ばれた。
「あれ、退くん!?何してんの?」
「この状況から考えると、たぶん俺も君と同じ理由で走ってると思うんだけど」
「まさか…時計の電池が切れて止まってたとか!?」
「いやそうじゃなくて、遅刻しそうってこと!」
あ、ですよねー。
「ってヤバ!今週風紀委員で遅刻撲滅週間してるから、チャイムに間に合わないと…」
「ま、間に合わないと…?」
ごくり、と唾を飲み込んで退くんは真顔で言う。
「1ヶ月、沖田さんのパシリ」
「超頑張ってダッシュしなきゃ」
ある意味死刑に近いんじゃないだろうか。
というか、遅刻一回に対する罰が重過ぎると思うんだけど。
「ってあと5分しかない!」
「うっそ、あたしもう無理…!」
既に息が切れて喋るのも辛くなってきている。
「…こうなったら、奥の手でいくしかない」
「奥の手?」
疑問の声を上げると、退くんは立ち止まって「ちょっとごめんね」と言うと同時にあたしを抱きかかえた。
「え!?ちょ、ちょっと待って」
「しっかり掴まってて!」
ダンッと勢いよく地面を蹴るようにして走り出す退くん。
横抱きにされたまま、あたしは流れていく景色の速さに驚いていた。
「ちょ、速っ!退くん足速っ!」
「体育は得意だから、ね」
少しはにかむようにして笑った退くんの顔が近くて、思わず視線を逸らした。
「あ、学校見えてきた!」
「あと1分…ッ!」
最後のラストスパートを駆け抜け、あたしと退くんはチャイムが鳴る20秒前に学校へ到着した。
「はああ…よ、よかった、間に合った…!」
「ほんとよかったー!って、ごめんね走らせちゃって!重かったでしょ」
「え?ううん、全然。俺こそ勝手にこんなことしてごめんね」
そう言って退くんはあたしの体を下ろして立たせてくれた。
「遅刻寸前だったけど、なんだか楽しかった!ありがとうね、退くん」
「俺も一緒に登校できて嬉しかったから…まあ、こんな登校だけどたしかに楽しかった」
顔を見合わせてて笑い合いながら、今度は教室への道を歩き出した。
(なんだかさっきの退くん、かっこよかったな!)
「失礼しまーす…」
「おお、よぅ来たな」
重いため息を吐きながら数学準備室の扉を開ける。
そんなあたしとは逆に、坂本先生は今日も明るかった。
「なんじゃ、元気がないのう」
「そりゃあそうですよ。補習に元気モリモリで来るわけないじゃないですか」
「しょうがないじゃろ。おんし、この前のテストで赤点じゃったからのー」
アッハッハと笑いながら言われても困る。
「まあ、腹括って頑張りー。ほれ、おんしのために準備しといたぜよ」
「準備って……え、これ、お菓子?」
机に広がっていたのは分厚い参考書…ではなく、大量のお菓子。
「あの、これ…」
「腹が減っては戦はできんじゃろ。おんしの担任も言うとったはずじゃ」
「銀八先生は糖分が無くては戦ができんとか言ってました」
体の60パーセントは砂糖でできるんじゃないだろうか、あの先生は。
「わしも一日授業やって疲れたきー、まずは腹ごしらえでもせんか?」
にこっと笑う坂本先生につられて、あたしも笑ってこくりと頷いた。
「じゃあ、あたしお茶淹れます!」
壁際にひっそりと佇む給湯器でお茶を淹れてイスに座った。
「でも、本来準備室って飲食禁止じゃないんですか?」
「あーあー細かいことは気にせんでええ。どうせ金八もやっとるきー」
「銀八先生ですよね。今名前間違えると本気で大変なことになるんで気をつけてください」
机に広がるお菓子を次々と食べていく坂本先生。
あたしも遠慮気味ながら、封を開けていく。
「ま、これでおんしも共犯者じゃき」
「は?」
「怒られる時は一緒に怒られてもらうからのー。アッハッハ」
「いやいやいや、さっき気にしなくていいって言ったじゃないですか!」
そう言ってお菓子に伸ばした手をバッと引っ込める。
「銀八と高杉あたりにゃ知られても大丈夫じゃが、校長となると面倒じゃからのぅ」
「面倒のレベルが高すぎるんですけど!先生だって怒られますよ!」
学校のトップクラスに怒られるって、何されるか分かったもんじゃない。
私だって補習どころじゃ済まないだろう。
「落ち着きんしゃい。今までもやっとったが未だ見つかったことはないからのーアッハッハ」
「あっはっはで済みませんよ!」
「大丈夫じゃ。おんしは優しい娘じゃき、バラしたりせん」
「…まあ、あたしは…バラしません、けど」
随分と確定的に言われ、少しだけ戸惑う。
「なら何の問題も無かー。わしと、おんしの二人だけの秘密じゃ」
すっと人差し指をあたしの口元に当て、にっと悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「分かりました。あたしも共犯者、ですからね。こうなったら隠し通しましょう!」
「アッハッハ、その意気じゃ」
笑いながら坂本先生はわしゃわしゃとあたしの頭を撫でる。
「じゃあ、証拠隠滅もかねて、遠慮なくお菓子いただきます!」
「おんしのために準備したんじゃ、遠慮せんと食べんしゃい」
「はいっ、ありがとうございます!」
(こうして笑いながら美味しい補習をするのも、良いものかもしれないな。)