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銀時編 ・ 総悟編 ・ 土方編 ・ 高杉編 ・ 退編 ・ 神威編

 

 

 

*君の衣 銀時編 *

 

ある晴れた日の午後、私は和室で洗濯物を畳んでいた。

コレで最後、と手を伸ばした先の銀ちゃんの着流し。

そのときほんの少しだけ、遊び心がうずいた。

 

「銀ちゃん銀ちゃん、ねえ見て、おそろい!」

銀ちゃんの着流しを羽織って軽く帯を結び、袖を持って広げてみせる。

 

「あ?………」

 

ちらりとこちらに視線を寄越した銀ちゃんの手から、読んでいたジャンプが飛んだ。

 

 

「なっ、お、おおおおおお前」

「予想はしてたけど、大きいねーこれ。袖持ってないと手が出ないよ」

「……ぬ」

「ぬ?」

俯いた銀ちゃんから発せられた一言に首を傾げる。

 

「…ぬ、ぬぬぬ脱げ!!!」

「!?」

なにやら、ものすごい形相で言われた。

 

「え、あの、ぎん…」

「ストップ!!そ、そこから動くな、とりあえずそこで上着脱げ!」

台詞だけ聞いてるととんでもないことを言われているけど、ちゃんと下には私の着物がある。

ただ、そんなに嫌だったのかということが不安でたまらない。

 

 

「ご、ごめんなさい、そんなに怒るとは思わなくて…」

「違う!怒ってんじゃねーの、ほら、あれ、お前そこらへんは察しろ!」

がしがしと頭を掻き回して銀ちゃんは「あー」とか「うー」とか唸っている。

 

 

「とりあえず、その格好で俺の腕が届く範囲には来るな!」

「は…はい」

「っ、そういう泣きそうな顔もすんな!」

「な、泣かないよ!」

 

「くっ……な、なんかもう何もかもが突き刺さってくるんだけど俺一体何を試されてんのコレ」

ぼそぼそと何かを呟きながら銀ちゃんはいつも座っているイスの後ろでしゃがみ込んでいる。

 

「銀ちゃん、もういいよ」

腕に着流しをかけて銀ちゃんの側へ寄る。

少しだけ顔を上げて、銀ちゃんは私の腕にかかった着流しに目を向けた。

 

「ごめんね、そんなに嫌がると思ってなかったの。ちょっとした遊び心だったの」

「ちげーって、嫌とかじゃねーの。そうじゃなくて…あーもう!」

ばっと立ち上がった銀ちゃんは私の手を引いてぎゅっと自分の腕の中へと閉じ込める。

 

「何しちまうかわかんねーから言ってんの!取って食われたいんですかお前は!」

 

 

(言葉の意味を理解した私と、言った当人の銀ちゃんと二人で真っ赤になりました。)

 

 

 

*君の衣 総悟編 *

 

見回りの最中、突然降り出した雨を避けるため、とある和菓子屋の軒下へと駆け込んだ。

なんとか走って避難したけれど、濡れてしまった部分は結構多い。

ぐいっと顔を上着の袖でぬぐっていると、後ろから聞き覚えのある声がした。

 

「何やってんでさァ。見回りサボって水浴びですかィ」

「通り雨に降られたの!っていうかあんたこそ何してんのよ総悟」

「俺ァ市中観察の真っ最中でさあ。あ、おばちゃん団子美味しかったですぜい」

「あんたの方がサボりじゃないの!」

 

なんでちゃんと仕事してた私が雨にうたれなきゃいけないんだ。

神様、どうかこの目の前のドS野郎に雷でも落としてやってください。

 

濡れてしまった上着を脱いで、ぎゅっと袖や裾を絞る。

しばらく止みそうにないな、と空を見上げたところでくしゃみが出た。

 

「…ったく、しょーがねーな」

ぽそりと呟いた声が聞こえて振り向くと、ばさっと何かが顔に向かって飛んできた。

 

「ぶわっ、な、に…これ、総悟の上着?」

「着ときなせェ。こんなとこで風邪引かれたら連れて帰るのは俺なんですからねィ」

そう言って総悟はつん、とそっぽを向く。

 

なるほど、通り雨が降るはずだ。

素直じゃないけど、たぶんこれは優しさ。

 

 

「…ありがと。あったかいよ」

「俺のは濡れてやせんから」

 

ぎゅっと上着の左右を合わせる。

余った肩幅の広さに少し驚いた。

普段は全然分からないけど、ちゃんと総悟も男の人なんだ。

 

 

「……」

じっと私を見ていた総悟は、急に手を引っ張り側の長椅子に私を座らせた。

そして隣に自分も座り、お店のほうへ向かって声をかける。

 

「おばちゃん、こいつに茶ひとつ。…熱湯で頼みまさァ!」

「飲めるくらいの温かさでお願いしまァァァす!」

総悟の声を掻き消すくらいの勢いで叫んでやると、小さく舌打ちが聞こえた。

 

それにしても、やっぱり今日の総悟はなんだか優しい。

…これでも、優しい方なのだ。

 

「何か拾い食いでもしたの?なんで今日こんなに優しいわけ?」

「おめーじゃあるまいし、拾い食いなんてするか」<

「私だってしないわよ」

 

そうやって突っかかってくるところは相変わらずなのだけど。

 

 

「…俺だって、よくわかんねーんでィ」

あんま気にすんな、と言って総悟はふいと視線を逸らした。

 

 

(お茶を持ってきたおばちゃんがニヤニヤしていたということは、原因はおばちゃんか。)

 

 

 

*君の衣 土方編 *

 

「あ、おかえりなさい土方さん」

「………た、だいま」

真選組屯所内にある土方さんの部屋で主を待っていた私は荷物を持って立ち上がる。

 

「はいこれ、頼まれてた胃薬です。また無くなったら言ってくださいね」

「あ、ああ。ありがとな」

薬袋を受け取った土方さんはぎしぎしと固い動作で薬袋を戸棚にしまった。

 

「…で、お前は何着てんだ」

戸棚のほうを向いたまま土方さんが言い示したのは、たぶん私が袖を通さず羽織っている上着のこと。

 

「さきほど沖田さんがいらっしゃって…今夜は冷えるから、って言って持ってきてくださったんですけど」

ふと自分の羽織っている黒い真選組隊士用の上着に目を向ける。

 

 

「も、もしかしてこれ、土方さんのですか!?」

「今朝から俺の上着が行方不明だったんだが…総悟か…」

壁につけた手をぎゅうっと握り、土方さんは大きく息を吐いてこちらを向く。

 

「あ、あのごめんなさい。沖田さんの上着かと思って…」

「いや、いい。どうせ今日は外回りもなかったしな」

「でも…」

 

開け放たれたままの戸から吹き込んでくる風は、昼間に比べて随分と冷たい。

 

「やっぱりだめですよ!私は部屋に戻れば自分の上着ありますし」

「だったら部屋まで着ていけ。お前の部屋、ここから結構離れてるだろ」

「大丈夫です、もう十分ぬくぬくしましたから」

上着を渡そうとすると、ガッと上着ごと肩を掴まれてしまった。

 

「気にするな、俺はなんかもう十分暖かいっつーか暑いから」

「そ、そうですか…?」

「ああ。もう、視覚的に暑いから」

「視覚?」

首を傾げると、なんでもない、と土方さんは呟いた。

 

「…わかりました。それでは、一晩お借りします。明日の朝、返しにきますね」

「ああ…」

するりと土方さんの手から離れ、部屋の前で一礼する。

 

「あの、土方さん」

「っ、どうした?」

 

 

「あの…この上着、土方さんが側にいてくれるみたいで、すごく暖かいです」

「………」

「ほんとうに、ありがとうございます」

 

目を丸くしている土方さんの部屋から自分の赤い顔を隠すように立ち去る。

「…暑ィ」

同じくらい赤い顔で土方さんがそう呟いたことを、私は知らないまま部屋に戻った。

 

 

(もっとマヨネーズとか煙草の香りがすると思ってました。)

 

 

 

*君の衣 高杉編 *

 

「高杉さん、高杉さん」

「なんだ朝から……」

「じゃーん」

 

寝起きの高杉さんの目の前でくるりと回ってみせる。

余った袖と裾がふわりと揺れた。

 

「高杉さんの着物、着てみちゃいました」

「へえ。どっかで見たことある柄だと思ったら俺のか」

 

「高杉さんが着てる着物、綺麗な柄だなーっていつも思ってて…」

つい着てみちゃった、と言うと高杉さんは髪を手櫛で梳かしながら私の前に立った。

 

「裾、引きずってんじゃねーか」

「だって大きいんですもん。難しいんですよ、着るの」

袖も普通にしてたら手が出ないくらいなんだから、やり辛くて敵わない。

一応着れたというだけでも褒めてもらいたいくらいだ。

 

 

「結んでやるよ。ほら、後ろ向いてろ」

「あう…はーい」

くるりと背を向ける。

 

「前ちゃんと持ってろよ」

「はーい」

くるくると帯が巻かれ、裾は丁度良いくらいの丈になった。

 

「わー、さっきより歩きやすいです!」

「だろうな」

「でも、いいんですか?これ…」

「今日は一日それ着てろ」

一体どういう風の吹き回しなのだろうか。

怒られることを一応覚悟しての行いだったのに。

 

 

「別に着物くらい何着かあるから、気にするこたァねえよ」

それに、と高杉さんは私の目を見て言葉を続ける。

 

「俺の匂いが付けば、変な虫も寄ってこなくなるだろ」

「…え、ええ、えええええっ!?」

熱が集中する顔を、着物の袖で隠す。

しかしその両手を高杉さんに握られてしまう。

 

 

「あ、あの、私…」

「黙って着てろ。今日は一日、それ脱ぐんじゃねーぞ」

そして高杉さんはフッと笑って耳元に顔を寄せた。

 

 

「お前は俺のだ、って印なんだからなァ」

 

 

(ごめんなさい、私が色々悪かったです。)

 

 

 

*君の衣 退編 *

 

もうすぐ日付が超えてしまう夜中。

私は退くんと一緒に、ひたすら書類を書き進めていた。

 

「お、終わらないィィィ!ていうか絶対これ量おかしい!」

「うん…しばらく偵察に行ってる間にこれだけ溜まるなんて、何があったんだか」

部屋に積みあがった紙の山を見ているだけでうんざりする。

 

一人でやっていたら挫けそうだった私は勝手に退くんの部屋へと乗り込んだ。

目の下にできた隈をどうやって隠そうかと思っていたが、退くんも似たような顔だった。

 

 

「これ、沖田隊長とかの分も混ざってるんじゃないの?」

「あー…その可能性はありうるかも」

あはは、と乾いた笑みを浮かべる退くんの手が休むことは無い。

 

すごいなあ、と思いながら私も紙に視線を移す。

…だめだ、もうこの真っ白いの見てるだけで、目が、閉じて、いく……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふわりと優しい香りが鼻を掠めたことで、いつの間にか閉じていた私の目が開いた。

「ん…ふああ…」

「あ、起きた?」

ゆらめく蝋燭の火に照らされた退くんの笑顔が視界に入る。

 

「うわ、私寝ちゃった!?」

「うん。急に喋らなくなったから、どうしたのかと思ったよ」

ばっと顔を上げると、肩にかかっていたのであろう黒い羽織がずり落ちた。

 

 

「あ、これ…」

「ごめんね。寝かせてあげてもよかったんだけど、動かしたら起きちゃうと思って」

「そんな、起こしてくれてよかったのに」

 

私が寝る前はちゃんと部屋には電気がついていた。

わざわざ、暗くしてくれたんだ。それに上着まで。

 

 

「一緒にやろうって押しかけたの私なのに、気を遣わせちゃってごめんね」

「ううん。気にしないで」

そう言って退くんは次の書類へ手を伸ばす。

 

 

「それに、俺もちょっと癒されたし」

「へ?」

 

「いやその、可愛い寝顔が見れてちょっと癒されたからさ」

「ね、がお……!?」

はっと気づく。

そういえば、目を開けて最初に見えたのは退くんだった。

 

「ちょおおおおっ!み、み、見ないでおこうよそういうのは!」

「だってこっち向いて寝てたんだから、自然と視界に入るんだよ。仕方ないって」

「見て見ぬふりをしてェェ!」

 

 

(でも、悔しいほどに退くんの上着は暖かくて心地よかったです。)

 

 

 

*君の衣 神威編 *

 

これはまだ、私が春雨第七師団に拉致され…入団してから少しの頃の話。

 

 

「団長、そういえばこの師団ってチャイナ服が制服なんですか?」

「別に特に決まりは無いよ」

ふーん、と相槌を打って近くにいた阿伏兎さんたちを見る。

 

「何、着たいの?」

「えっ、あ、いえ別にそんなことは!」

ぱたぱたと左右に手を振る私の右手をがしっと掴んで団長は歩き出す。

 

 

「なんですか!?痛いんですけど、あの、手首が変な方向に曲がるんですけど!」

そんな私の声も無視してずんずん歩いて行く団長に連れられた先は、団長の自室。

やばい。これは確実に死亡フラグだ。

 

 

「ちょ、ストップ!ストップ団長!ごめんなさい、何か悪いこと言ったなら教えてください全力で謝ります!」

「なに勘違いしてるの。ほら、そこに立ってて」

ぽつん、と部屋に入ったところで立ち止まる。

何をされるのやらと思いながら、部屋の箪笥を漁る団長の背中を眺めていた。

 

 

「うん。この辺かな。…ねえ」

「はい?」

浅葱色の服らしきものを持って団長は私の方へ足を進める。

 

 

「脱げ」

 

 

「ストーーップ!団長ストップ!!今のは明らかに問題発言ですよ!!」

駄目です団長、ここそういうサイトじゃない!と叫ぶとサイトって何と聞かれた。私にもわからない。

 

「君が着たいって言ったから、試しに俺のを貸してあげようと思って。ほら、着てみなよ」

「そ、そういうことはちゃんと言ってくださいよ…」

いきなりなんなのかと思ったじゃないか。

 

 

とりあえず団長には部屋の外に出ててもらい、もそもそと着替えをする。

うわ、私の肩幅がすごく足りない。袖から手が出ない。

ていうか裾も引きずるし。

 

「だ、団長ー!これ、どうしたらいいんですか」

そっと戸を開けて団長を呼んでみる。

 

 

「……へえ」

「いや、へえじゃなくて。袖とか手が出ないし、そもそもチャイナ服なんて着たことないんですけど…」

 

これでいいんですか、と団長の顔色をうかがう。

ちらりと見上げた団長の顔は、いつもの笑顔ではなく随分真面目な顔だった。

 

「…あの、やっぱり地球人な私には似合わないでしょうか」

「そんなことないよ。あとはサイズだけど…それはそれでいいか。動けなさそうだけど」

「動けませんよ。一歩踏み出したら確実に裾踏みますよ」

「君のことだからそのまま顔面から転びそうだよね」

ハッ、と鼻で笑った団長に少しイラッとしつつも、確かに言うとおりだなあと自分を振り返る。

 

 

 

「………神威、おまえ戻ってこないと思ったら……」

 

「……」

「あ、阿伏兎さん」

おそらく報告書であろう書類を片手に、少しひきつった笑みを浮かべて阿伏兎さんは私と団長を交互に見る。

 

 

「阿伏兎。目、潰されたくないならさっさと仕事に戻れ」

「へいへい。わーったわーった」

ずんずんと団長の部屋に入り、バサッと書類を机に放って阿伏兎はそのまま廊下の向こうへ歩き出す。

 

 

「…ただな。そのままで嬢ちゃん歩かせてっと、そういう趣味があるとか何とか変な噂が立つぜ」

「大丈夫だよ。そういうくだらないこと言う奴は殺すから」

「だ、駄目です団長!ノー!無駄な殺人!さつ、えーと、さ、殺天人!」

「無理して変な単語作らなくていいから」

 

 

(次の日、部屋になぜかサイズぴったりのチャイナ服が届きました。あれ、私団長にサイズ言ったっけ?)