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銀時編 ・ 総悟編 ・ 土方編 ・ 高杉編 ・ 退編 ・ 神威編
週3回の、夜の勉強時間。
今日もダルそうにしながらやってきたその人を部屋に迎え入れる。
「銀ちゃん、また遅刻だよー」
「5分くらい俺の中では遅刻に入りませんー。つーか銀ちゃん言うな」
手に持ったビジネスバッグを置いて銀ちゃんはぐっと伸びをする。
「そういえばお前、今日アレだろ。古文漢文のテスト返ってくる日だっただろ」
「そうそう!それ!見て見て、ほらっ!」
机に用意しておいた採点済みのテストを銀ちゃんに手渡す。
「おっ、72点か!28点からスタートしたとは思えないほど急成長したな」
「でしょ!?自分でも間違って他の人のテスト貰っちゃったかと思ったんだよ」
「どんだけビックリしてんだよ」
ふっと吹き出すように笑って銀ちゃんは、ぽんと私の頭に手を置く。
そしてゆるゆると頭を撫でて視線を合わせた。
「よくやった。頑張ったな」
「…うん、ありがとう。銀ちゃんのおかげだよ」
ふにゃりと顔が綻ぶ。
頭を撫でる銀ちゃんの大きくて暖かい手が、大好きだ。
「つーわけで、ほれっ。とりあえず今回のご褒美な」
「え?」
ごそごそと鞄から取り出したパックのいちご牛乳とチョコレートを私に握らせる。
まだ冷たいそれは、部屋との温度差で水滴に覆われていく。
「銀ちゃん…もしかして、これ買いに行ってて遅れたの?」
「…まーな」
そう言ってくるりと後ろを向いたまま再び鞄を漁る。
「わ、私のために買ってきてくれたの…?」
どきんどきん、と脈打つ心臓を冷やすようにギュッと手に持ったそれを抱きしめる。
「ばーか。俺の分のついでだっつーの」
くるっとこちらに向き直った銀ちゃんの手には、私のと同じいちご牛乳。
「あ、そのチョコは二人分だからな。勝手に食うなよ」
言いながら机に並べた椅子に座る。
そんなところが銀ちゃんらしくて、私もその隣の椅子に座った。
「で。お前から俺には何かないの?」
「え?何かって、なに?」
「お前がテストで70点台に上がったのは俺のおかげだろ。だったらホラ、俺にも何かねーの?」
一瞬ぽかんとしてしまったが、「いやそれが銀ちゃんの仕事じゃん!」とツッコミをいれる。
「んだよ、なんもねーんなら…そうだな…じゃあほっぺちゅーで許してやるよ」
(それテスト以上にハードル高いんですけど!)
週3回の、夜の勉強時間。
数学の問題と睨めっこする私の隣で沖田さんは漫画を読んでいた。
ちなみにそれは私の部屋の本棚から勝手に引っ張り出したものである。
「あの…ここの問題の解き方、教えてほしいんですけど…」
「もうちょっと自分で考えなせぇ。今いいとこなんでさァ」
考えてもわからないから聞いているのに。
仕方なく問題に向き直り、計算方法を考え直す。
くっ、どうやってxの値を出せばいいのか…ぬぐぐ。
「沖田さん、やっぱり分からないです」
「…そこ。前回教えたはずですぜ。もう忘れたんですかィ」
どすっと何かが心に突き刺さった。
そう、今詰まってるのは前回の時に教えてもらった部分なのだ。
「え、と…覚えてたはずなんですけど、寝たら忘れちゃったっていうか、一部分飛んじゃったっていうか」
ぱたん、と本が閉じる音が部屋に響いた。
「なら、それなりの頼み方っつーもんがあるだろィ。わかって、ますよねえ?」
にっこり、という効果音が付きそうなくらいの笑顔で言われる。
座ってると視線の高さはそう変わらないはずなのに何故か見下ろされている気がする。
「そ…総悟さん、出来の悪い私にどうか、この問題の解き方を教えてください」
なんで毎回こんなことを言わなくてはならないのか。
いつもそう思う、なのに。
「あんたのその屈辱的な顔、ぞくぞくしまさァ」
楽しそうに笑いながら沖田さんはくつくつと笑って、ぐっと体を寄せる。
「しょうがねえから、もう一回教えてやりやすから、しっかり聞きなせえ」
私のイスの背もたれに手を置き、一緒に問題集を覗き込む。
いつもこうやって急に近い距離にくるからびっくりする。
「目をつける部分は、ここの数字っていうのに気づけりゃ…分かりますかィ?」
「あ、そっか…!」
ずれていたポイントを修正されて、紙に数式を書き並べていく。
「解、けた…!やった、ありがとうございます、沖田さんっ!」
「俺ァ一言しか言ってやせん。あんたはやりゃ出来るんですぜ」
つん、と机に転がっていたシャープペンで頬をつつかれる。
「もう忘れないようにしなせえよ」
「はいっ!」
問題が解けた時に見せてくれる優しい笑顔も、忘れないでいようと思う。
(飴と鞭が上手すぎて、結局いつも私はこの人から離れられない。)
週3回の、夜の勉強時間。
英作文が苦手な私の隣でアドバイスをしてくれる土方さん。
低くて落ち着いた声が、英単語とともに頭に流れ込んでいく。
「そうなると、ここの接続詞が…」
ぼんやりと目の前の景色が霞み、土方さんの声が遠のく。
「おい、目ェ閉じかけてんぞ」
ばしっと背中を軽く叩かれてはっと目が覚める。
「あ、わ、ごめんなさい!」
ぴっと背筋を伸ばして首を数回振って頭を覚醒させる。
危ない危ない、もうちょっとで夢の世界に突入するところだった。
「眠いのも仕方ねえけどな、寝るなら俺が帰ってからにしろよ」
「ふぁい…でも土方さんの声聞いてると、落ち着くっていうか…眠くなるんですもん…」
ごしごしと目をこする。
出そうになった欠伸をかみ殺すと目尻に涙が浮かんだ。
「…あんま気ィ抜いてんじゃねえよ」
言葉ほど声は厳しくなく、土方さんは少し困ったように息を吐く。
「でも、その…土方さんが傍にいると安心する、っていうんですかね…」
ほっとする、っていうのかな。
丁度良さそうな表現を探しながら目尻の涙をこすり取る。
「いくらなんでも、男と二人でいるときに言う台詞じゃねえな」
フッと笑うようにそう言って土方さんは私の手首を掴んだ。
ぐいっと手首を引っ張られて視線が交差する。
「お前、英語の前にもうちょっと警戒心っつーものを学ばないといけないんじゃねえか?」
「え、と…で、でも一応土方さんは先生で、私は生徒で…」
そういう類のものはタブーであろうはずの関係。
「一応、だろ」
楽しそうに弧を描く口元。
鋭い目から逸らせない視線と、うまく出来なくなる呼吸。
「ひ、土方、さん…っ」
途切れ途切れに目の前の人の名前を呼ぶ。
瞬間、ぱっと離された手は私の頭にぽんと優しく乗った。
「眠気は飛んだか?」
「え、あ、は、い…」
ぱちぱちと瞬きを繰り返していると、土方さんは机の方へ向き直り、私にシャープペンを差し出した。
「あんまこういうことさせんなよ。俺の方が集中できなくなる」
(眠気は飛んだけれど、私も集中できません。)
週3回の、夜の勉強時間。
かち、かち、と時計が時間を刻む音を聞きながら問題を解く。
所々つっかえながらも計算問題を解いていく私の真横から、物凄く視線を感じて手を止める。
「あの、そんなに見られてるとやりづらいんですけど…」
「仕方ねぇだろ、暇なんだから。ほらさっさと手ェ動かせ」
イスの背もたれに体を預けて腕を組む高杉さん。
妙に威圧的な空気があるというかなんというか。
それでも、この人の教え方は上手いのだ。
要点を上手くまとめてアドバイスやヒントをくれる。
「っと…できました!」
「じゃあ採点してやっから、ちょっと待ってろ」
赤ペンを手に持ち、くるくると回転させながら私の解答に目を通していく。
そして何度か赤ペンが紙の上を滑り、高杉さんがこちらを見る。
「関数のグラフんとこだけ、ミスってんな」
「えっ、あれええ!?今回はできたと思ったんですけど…」
渡されたプリントを見直していると、ふっと頭上に影ができた。
「高杉…さん…?」
いつの間にか後ろから私を自身と机で挟むように立っていたその人を見上げる。
「どこ間違えたか、わかるか?」
「え、あ…y座標の…読み取りミス…?」
ぱっとプリントに目を向けなおして自信の無い声で言う。
「わかってんなら、そこを重点的に復習すりゃいい。もう一回教えてやる」
随分と耳元に近いところでした声に「ありがとうございます」と小さく答える。
「で、もう一つ。なんでお前は、俺を選んだ?」
「えっと…?」
「家庭教師なんざ、普通同性を選ぶだろ」
えと、と言葉を濁す私のプリントを握る手に高杉さんの手が重なる。
「それとも、こういうことを期待してたのか?」
「え、あのっ、私…」
「大分問題も早く解けるようになってきたしな。ご褒美、ってやつだ」
くすりと笑う声が聞こえて、「お前が決めろ。どんな褒美がいい?」という声で考えていた数式が頭から飛んだ。
(期待してたのかは分からない。けれど他の人に変えようと思わなかったのは、事実だ。)
週3回の、夜の勉強時間。
隣同士に並んで英語のテキストに滑る山崎さんの手を目で追う。
「この場合は動詞を使役の意味で訳すと…」
「えっと…保護、するように行動させる…?」
「そう、よくできました」
そう言ってふわりと笑う山崎さんの笑顔は、勉強中の癒しだった。
「山崎さんって、ほんと教えるの上手ですよね。すごく分かりやすいです!」
「えっほんと?あんまり自信ないんだけど…そう言ってもらえると嬉しいや」
ちょっとだけ照れたように笑って頬を掻く。
「優しいし、頭もいいし、何気に力あるし…」
「何気には余計かなあ」
苦笑いをしながら赤ペンをくるくる回す山崎さんの顔をちらりと見て、口を開く。
「絶対彼女さんいるパターンですよね」
「へっ!?」
かしゃん、と軽い音を立てて赤ペンが机に落ちた。
「あ、図星ですか」
「違う違う!まったく逆だから!…そういうのは、苦手っていうか…どうしたらいいか分からないというか」
「奥手なんですか。あ、もしかして草食系男子ってやつですか?」
えーとかうーとか唸りながら山崎さんは首をひねる。
「…君はそういうの、得意そうだよね」
ちらりと私に視線を向けて言う。
「得意ってほどじゃないですけど…それなりに他人の恋愛は見てきてますからね!」
友達の恋話やらそういう類の愚痴だとか聞いているおかげで、知識だけはそれなりにある。
「じゃあ、この分野は君が俺に教えてよ」
「え?」
今度は私がきょとんとする番だった。
「俺は君に英語を教えてあげる。その代わり、君は俺に恋愛術を教えてよ」
にこりと笑って机に落ちた赤ペンを拾い、私の頬をつつく。
「え…お、教えるって何をですか?」
「そうだなあ…」
うーん、と視線を宙へ向けて考える仕草をした後、何か閃いたようにパチンと指を鳴らす。
「じゃあ、まずは鈍感な女の子に、俺をちゃんと男として意識してもらう方法を教えてもらおうかな」
「……」
そう言ってにこりと微笑んだ山崎さんは、とても楽しそうに見えました。
(この人、草食の皮をかぶった肉食なんじゃないだろうか。)
週3回の、夜の勉強時間。
…そう。勉強、時間、なんだけど。
「あの、ここ分からないんですけど。教えてもらえませんか」
「ちょっと今忙しいから無理」
「忙しいって、さっきから人の髪の毛弄って遊んでるだけじゃないですか!!」
それも背後に立たれており、なんだか気が気じゃない。
緊張とかそういうものではなく、不意に殺されそうな…そういう怖さがあるのだ。
「じゃあせめて、横に座っててください…。背後に立たないでください」
「ずっと座ってると体固まっちゃうし。君だって座りっぱなしで腰痛くならない?」
そう言いながら神威さんは髪を弄っていた手がスライドし、するりと私の腰を撫でた。
「ひっ、あ、ちょっと!!」
「ああ。なんだ、君もちゃんとそういう声出るんだ」
「何の話ですかちょっとォォォ!」
おかげで暗算していた計算式が綺麗に吹き飛んだ。
くそっ、筆算使えばよかった…!
「もう!神威さんのせいでさっきから全然問題解けないじゃないですか!」
「俺のせいにするの?最初の段階で式間違ってるのに?」
「神威さんのせいに決まって……え?」
なんだか聞き捨てならない言葉が聞こえた。
え、最初の式、間違ってる、の…?
「なんでもっと早く言ってくれないんですかー!!そこまでは合ってると思ってたのに!」
「あははは、だってさあ」
ふっと体を屈めて、耳元に神威さんの顔が近寄る。
「真剣な顔して、眉間にしわ寄せて。時々零れる息とか」
そうやって喋る神威さんの息も私の耳をくすぐる。
「そんなの真横で見てたら、俺、何するかわかんないよ?」
「…もういいです。後ろでいいですから、耳元で喋らないでください!」
くすくすと笑って神威さんは私の頭に顎を乗せる。重たい。
「ま、そろそろこの問題眺めてるのも飽きてきたし…ヒントだけはあげようかな」
机に置いてあった消しゴムを手にし、私の努力の跡を綺麗に消していく。
まあ間違ってるから消してもいいんだけど、うん、なんだか切ない。
私が握っていたシャープペンを奪い取って神威さんは所々空欄になっている式を書き上げて行く。
「どう?これならわかる?」
「…あ…ちょ、ちょっと時間ください」
はい、と渡されたシャープペンを握り直して空欄になった部分に数字を埋めて行く。
最後の空欄を埋める頃には、神威さんは再び私の隣に座っていた。
「できたっ!神威さんっ、これであってますか!?」
「んー…うん、正解正解。よくやったね」
にこにこ笑ってぽんぽんと私の頭を撫でる。
「じゃ、次、応用問題いこっか」
「えっ。ちょっと休憩しませんか。もうさっきので頭が…」
「休憩?じゃあ布団の方で」
「よーっし次の問題やろうかな!」
ばっと問題集をめくって、軽く背中を伸ばして姿勢を整える。
隣から聞こえてくる笑い声に内心舌打ちをして、シャープペンを握りしめた。
(性格悪いくせに頭は良いなんて…むかつく!)
*家庭教師 神威エイプリルフール編 *
週3回の、勉強時間。現在、午前11時50分。
…そう。勉強、時間、なんだけど。
「あの、すいません、教えてもらった通りにやっても答え合わないんですけど」
「なに?俺が間違ってるって言いたいの?」
「滅相もありません」
なぜ笑顔なのにこの人はこんなにも怖いんだろうか。
「その問題解けるまで休憩は無しだからね」
とんでもない鬼畜発言が聞こえたけど、気のせいじゃなかった。
「だ、だって…言われた通りに公式あてはめてやってるのに…」
何度も計算し直しても、答えにたどり着けない。
刻々と時間だけが過ぎていき、時計の針の音だけが部屋に響く。
「……ぶっ」
とつぜん真横から吹き出すような声がして、顔をそっちに向ける。
「…あの、何笑ってるんですか」
「ふ、あはははは、いやー、君ほんっと馬鹿だよね。うん、馬鹿だよ」
「何回ばかって言うんですか!さすがにヘコみますよ!」
そう叫ぶように言うと神威さんは指で壁にかかったカレンダーを指した。
「今日の日付は?」
「………」
4月1日。
呟くように、そう、口にする。
「なに遊んでるんですかァァァ!」
「あははは、いやー、こんな簡単にひっかかるなんてね」
爆笑する神威さんをぎっと睨む。
「あははは、君がそんな顔したって怖くないよ」
笑い声を抑えながら神威さんは私の頬をそっと包む。
「君のそういう顔も、俺は気に入ってるんだから」
「…こんな顔めったにしませんけど」
「うん、そうだね。俺以外の男にそんな可愛い顔見せないように。」
可愛いのかどうかは分からないけど、なんだか背筋がぞわりとしたので小さく頷いておいた。
「いちおう家庭教師だって教師なんだ。生徒との恋愛は禁止になってるけど…そんなの言わなかったらバレないよね」
「え?」
スッと細められた神威さんの目から、視線を逸らせない。
神威さんはそのままにこりと笑って、私の耳元に顔を寄せる。
「俺は…君のこと、そういう風に見てるんだよ。だからあんまり無防備でいないように、ね」
「……っ」
耳を掠める神威さんの息に体がびくりと震える。
「って、きょ、今日はエイプリルフールなんですよね、それも、う、うそ、ですよねっ!?」
赤くなっているのであろう自分の顔を隠すように下を向いて言う。
「…エイプリルフールって、午前は嘘ついてもいいけど午後はダメなんだってさ」
「えっ」
ぱっと顔を上げて、さっと机の傍に置かれた時計に目を向ける。
けれどその時計の針を読む前に神威さんに時計を裏返されてしまった。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ、今何時なんですか!」
「さあね?」
あははとからかうように笑って神威さんはシャープペンを私に差し出す。
「ほら、まだ問題終わってないだろ。ちゃんと今日のノルマが終わったら…本当か嘘か教えてあげるよ」
(ああもう、なんでこんな集中できない状態で問題解かなくちゃいけないの!)