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銀八編 ・ 総悟編 ・ 土方編 ・ 高杉編 ・ 退編 ・ 神威編
「すいませんもう一回言ってください」
「だーかーら、俺があまりにも掃除しねーから強制掃除命令が出たの」
「で、なんであたしが呼ばれたんです?」
「暇だろ?手伝えよ」
「意味が分からない」
いかにも古そうな古文辞書やらなんやら国語関連のものを棚から引っ張り出す銀八先生。
そう、ここは先生の城…もとい国語準備室である。
「暇じゃないんですけど、今日は帰ってゲームするという予定が」
「はいはいゲームなら俺が後で付き合うから」
「いりませんよ」
大体どこでやるつもりだ。うちには上げんぞ。
「とりあえずソレを向こうにおいて、あっちのアレをこっち持ってきて」
「全然分からないんですけど。名詞が一回も出てこなかったんですけど。それでも国語教師か!」
「これでも国語教師だ!!」
子供か!と叫ぶと大人だ!と返ってきた。子供だろ。
「だいたい、なんで女子生徒に力仕事させるんですか!もう!」
「考えてみろ、うちのクラスは女子のが力強いぞ」
「あっ」
ぽんぽんと顔が浮かんだのが神楽ちゃんと妙ちゃんだった。なんかごめん。
「でもあたしは非力な一般女子生徒ですー」
「だからだよ。あいつら呼んだら掃除どころか資料室ごと破壊されるわ」
どうしよう、安易に否定できない。なんかごめん。
辞書は辞書でまとめて、紐綴じ資料はそれでまとめて、と地味な作業を進める。
ちらりと後ろを見ると先生はスッカラカンになった棚を雑巾で拭いていた。
「なんか引っ越しみたいですね」
「それどっち?引っ越しする方か引っ越ししてきた方か」
「んー…これから物を詰め込むわけですから、引っ越ししてきた方…ですかね」
そう言って棚に入れる資料集を先生に渡す。
「じゃあアレだな、今からここは俺とお前の新居ってやつか」
「は!?」
思わず手に持っていた資料を落とした。
「あ」
「どぅうおぁぁぁああああ!!!いってぇぇぇえ!」
落ちた資料は先生の足に直撃した。うっわ痛そう。
「ごめんなさい、わざとじゃないんです、でも間接的に原因は先生にあります」
「謝ってんの?攻めてんの?つーかまじ痛ェ」
うずくまった先生がちょっと不憫に思えて屈みこむようにして顔を覗き込んだ時だった。
「…っん、新婚ならこんな痛ェハプニングでも許してやるよ」
私の唇に触れた自身のそこをぺろりと舐め、銀八先生はにたりと笑った。
(「帰りますさようなら」「待って!急にちゅーしてごめんなさい次は事前に言うから!」「そういう問題じゃない」)
「おいそこの暇人」
「………」
「返事しろィ」
「痛った!ちょ、え、どういうこと?何で今ノートで叩かれたの?」
言っておくけど、あたしは暇人じゃない。
授業も終わって帰る準備の真っ最中だ。
「おめー今週掃除当番じゃねーですよねィ」
「え?ああ、うん。先週が当番だったからね」
「じゃあ暇だろ。俺の掃除が終わるまでに、校門のとこに自転車持ってきといて下せェ」
「自分で行ってよ」
「口答えするってェなら…これを見ろィ!」
バーンという効果音でもつきそうな勢いで目の前に出された沖田の携帯。
その待ち受け画像に目を見開く。
「ぎえええええ!なんであたしの寝顔…まってなんで授業中写メったら音鳴るだろ!」
「俺のケータイは改造済みなんで」
「この人怖い!」
沖田の携帯を奪おうと手を伸ばしたけれどスカッとかわされた。
代わりに握らされたのは、沖田の自転車の鍵。
「流出されたくなかったら、頼まれてくれやすよね」
「沖田くん、そういうのは頼みごとじゃなくて脅しっていうんだよ」
仕方なく自転車を取りに行き、キィキィと寂しい音を立てながら校門へ向かって歩く。
このまま自転車パクってやろうかと思ったけど、人質いや物質がある以上そんなことはできない。
「何ちゃっかり鞄カゴに入れてんでさァ」
「え!?もう掃除終わったの?早くない?」
校門の柱に凭れかかるように立つ沖田は弄っていた携帯をパタンと閉じた。
「サボってきやした」
「あたしが自転車を取りに行った意味を教えてください」
「なんとなくでさァ」
こいつ…いつかシメる…土方くんとかが。
私じゃ勝てない気がする。
「じゃ、掃除が終わるまでに自転車もって来れなかったお前には罰ゲーム」
「理不尽すぎる!!」
どこまで自由な人なんだ、あたしを巻き込むんじゃない。
「ほんと写メ流出は勘弁してください、明日から寝られない…」
「しやせんよ、これは今後も使えそうですからねィ」
「いや消してよ」
嫌でさァと言いながら携帯をポケットにしまい、自転車のハンドルを奪う。
「じゃ、罰ゲーム。もう少し俺に付き合いなせェ」
「は、え?」
「後ろ乗れっつってんでさァ。お前の時間をもう少し俺に使うってのが罰ゲームでィ」
「沖田にしては、易しい罰ゲームだね」
「そーだろ俺は優しいだろ」
「あ、今の絶対字が違う」
うるせえやい、と言う沖田を宥めながら私が後ろに乗ったとたんに動き出す自転車。
…ま、こういうのもたまにはいいか。
(「じゃあ手始めにファミレスで」「まじか!パフェ食べたい!」「おう好きなもん食べろィ、金出すのはおめーだからな」「!?」)
「ただいまより風紀委員定例会の議題を始める。今日の議題は廊下を走らない週間についてだ」
司会進行役なのだろう土方くんが声を上げる。
「あの」
「なんだ、質問か」
「なんであたし風紀委員会に出されてるんですか」
「総悟が逃げたからだ」
「わけわからん」
えっどういうことなの。
沖田が逃げたからって、一般生徒のあたしが出ていいものなの?
どんだけユルッユルなの風紀委員会。
というより見知った顔しかいないのはなにゆえ。
あ、議題がしょーもないからか。
「というわけで、来週から廊下を走ってる奴を見かけたら厳重注意の方向で」
うむ、と力強く近藤くんが頷く。
廊下を走らないって、小学校かここは。
「あの、なんでそんな目標なんですか」
もっと他に…ほら、授業中に早弁してる人注意するケータイ使ってる人注意するとか沖田縛り付けるとかあるだろう。
「先週、廊下に設置された消火器を走っている勢いで蹴り飛ばして廊下が通行止めになった事件があっただろ」
「ああ……あれのせいですか…」
やばい、それ犯人あたしだ。あと沖田。
「今後同じ事件が起こらないように、生徒会が厳重警戒態勢で臨む。いいな」
そう言った土方くんの声に頷く風紀委員メンバーたち。
「よし、質問は……無いな。以上をもって会議を終了する、解散!」
わらわらと教室から出て行く生徒たち。
「というわけでだ、犯人」
「なんの話でしょうか」
「とぼけんな、裏はとれてんだよ」
いつの間にかあたしの真横に腕を組んで立っていた土方くん。
怖いんですけど、刑事さんみたいなんですけど。
「あ、あたしじゃないです、あれは沖田が」
「ほーう?その沖田はお前がどうのこうの言ってたぞ」
「あのサド野郎…」
元はと言えば、あたしのお菓子を勝手に持ち去ったあいつが悪いんだ。昼休みに食べようと思ってたのに。
「そういうわけでだ。来週からお前と総悟には監視をつける」
「ちょ、え、これ学園ものだよ刑事ものじゃないんだけど監視って」
「お前には俺がつくことになった」
「鬼の副会長スルーきたよ」
ダァン!と机に片手をつき、あたしの顔を覗き込む土方くん。怖い。
「来週から、覚悟しとけよ」
(「待っておかしいよ、沖田だけ監視しとけば済む話なのに」「いいんだよ、お前の傍にいるただの口実だ」「え?」)
目の前のプリンターはウィーンゴゴゴゴ、という不穏な音を立てながら紙にインクをしみこませていた。
吐き出されるように出てくるのは、今月の保健便り。
「…こんなのあったんですね」
「今更何言ってんだ。お前何年通ってんだよ」
「絶対銀八先生、配るの忘れてますよ。今度職員室のゴミ箱あさってみたらどうですか」
はあ、とため息を吐きながら延々と出てくるプリントを眺める。
そりゃ全校生徒分の枚数あるのだから、ちょっとやそっとじゃ終わりやしない。
「そもそも!なんであたしが手伝わなくちゃいけないんですか!」
「どうせ部活も無ェし暇だろお前」
「帰って宿題やらなきゃいけないんですけど」
「とか言って集中できなくて朝からうめき声上げてるのはどこのどいつだ」
「ここのあたしです」
くっ…見透かされている!
これが伊達に長い付き合いしてない、という腐れ縁パワーか…!
「まあ今日は宿題出てませんけどね…」
「なら都合がいいな」
ククッと喉で笑って高杉さんは白衣を翻して印刷室の扉を開ける。
「えっどこ行くんですか、あたしだけ放置ですか!?」
「ちっと煙草吸ってくる」
「校内禁煙なんですけど何処で吸う気ですか!待って置いていかないでください!」
一人は暇なんですけどー…という最後の声はきっと高杉さんまで届かなかった。
ゴゴゴゴ、と唸るプリンターから出てくる紙を少しずつ取り出してクラス人数分ごとにまとめる。
これが面倒なのだ。
放置してしまうと印刷後の紙が溜まってプリンターが詰まってしまう。
この場を離れるわけにはいかない。
「…暇だけど暇じゃない…」
手は忙しいが、口と頭が暇だ。
早く戻ってこないかな、とどこかへ行ってしまった眼帯保健医を思い浮かべながら窓の外を見る。
「おい」
「ふぎゃっ!」
ぴたりと頬に温かいものが触れてビクッと肩が揺れた。
「たっ、たたたたかすぎさん…意外とお早いお戻りで」
「暇そうに外見てたくせによく言うなァ」
ふん、と笑ったその手にはブラックコーヒーとココアの缶。
「え、これ…校内の購買には売ってないメーカーのですよね」
「おめーこれ好きだっただろ」
ほら、と言って渡されたココアの缶を受け取る。…あったかい。
「わざわざ外まで行ってきたんですか」
「…煙草のついでに」
とは言っても、煙草を吸っていたらこんなに早くは戻って来られないだろう。
「…えへへ、ありがとうございます!」
「わかったら最後までそれ見てろよ。プリント溜まってきてるぞ」
(「でも高杉さんここにいるなら自分でやればいいんじゃ」「暇だろ、一人でこんなの見てんの」)
夕方の図書室で日直日誌を書くという不思議な状況にある今現在。
棚に返却されてきた本を収納している退くんをぼんやりと見ていると、不意に彼がこちらを向いた。
「…ごめんね、それ、やってもらっちゃって」
「え?ああ、ううん、いいよいいよ。これくらい」
開きっぱなしの日直日誌はもう既に全項目書き終わっている。
なんとなく開いたままにしていただけだ。
「今考えてたんだけど、退くんって図書委員だったっけ?」
「ううん。今日はその、図書委員の子に押し付…頼まれて代わってるだけ」
あははと乾いた笑い声が人気のない図書室に響く。
そうか、図書委員も日直も掃除当番も押し付けられたのか。可哀相に。
そんなわけで暇人であるあたしが日直日誌くらいはと思って手伝っているのである。
「ほんとごめんね。今度お昼奢るから」
「いいって、これくらい。なんか退くんに頼まれるのは…嫌じゃないというか、なんというか」
新八くんの時も感じたけど、同情とか申し訳なさもあって断るのは忍びなかった。
もごもご言ってる間に退くんは仕事を終えたようで、あたしの書いた日誌を立ったまま眺めていた。
「あ、記入者名のとこ…俺のにしてくれたんだ」
「だって今日の日直は退くんだし」
「でも日誌書いてくれたのは君なのに」
そっか、一応名前だけでも書いておけば日直やったことになるのか。
なら書いておいて損はないかもしれない。
「じゃ、この山崎の横にあたしの名前も書いておけばオールオッケー!」
ふたりでやりました的なね!丁度いいんじゃないかな、と呟きながら名前を横に並べて書く。
そう、文字通り、いつもの癖で名前を並べて書いてしまった。
「「あ」」
見事にハモった。
「どぅわああああ!ち、ちがっ、これはその、つい癖で!名前を書いちゃって!」
筆箱から消しゴムを探す。
ちくしょうどうしてこういう時に限って見つからないの消しゴム!
なんて思ってるとパシッとあたしの手の動きを止めるように退くんの手が重なった。
「いいよ、このままで」
「え、えっ、でも」
このままだと山崎…あたしの名前が続いて、別の一人の人間になってしまう。
いや、別でありながらあたしでもあるといか…似て非なる人物というか。
「君はこのままじゃ、嫌?」
「い、いやというわけでは…退くんこそ」
「俺は、このままでいいけど。これだけ仕事押し付けられたんだし、これくらい良い思いしたいっていうか」
言葉が進むたびに赤くなっていく退くんの顔。
「その…誰かにバレるまで、このままにしとこうよ」
絞り出された声は少し震えていた。
真っ赤な顔で悪戯っ子のように笑う退くんは、なんだか可愛かった。
(「退くんがいいって言うなら、このままでいっか」「うん。…君と一緒なら頼まれごとも悪くないかもなあ」)
ふんふーん、と鼻歌を歌いながら放課後の廊下を歩く。
帰ったらどうしようかな、なんて思っていたところ後ろから我らがZ組の担任に呼び止められた。
「おっ、いい所に」
「断る!!!」
「まだ何も言ってねーよ」
「ここにくるまでにいったい何回頼みごとをされたと思っているんですか!」
「しらねーよ時系列捻じ曲げんな」
そこまで言って、時系列とか何回頼みごととか何の話だと疑問に思った。
「それはともかく、頼みがある」
「嫌です」
「まあ聞け」
そういって銀八先生はあたしの手を掴み、掌に何かをぽんと乗せた。
「500円?お小遣いくれるんですか」
「違ぇよ、俺のために『頭スッキリいちご牛乳』買ってこいって言ってんだよ」
「それ校内に売ってないやつじゃないですか。自分で行ってきてくださいよ…」
「つり銭はやるから」
「行ってきます」
制服のポケットに500円を入れて学校の近くの駄菓子屋へ向かう。
おつりキッチリ全部使い切ってやろう。お菓子と飲み物買えるかな。
学校から徒歩数分の駄菓子屋に着き、冷蔵ケース内に冷えるパックジュースに手を伸ばす。
時間も時間な所為か、ほとんどのジュースが残りひとつになっていた。
自分のお気に入りのジュースも銀八先生指定のジュースも残りひとつだなと思いながら手を伸ばす。
もう少しで手が届くその時、こつ、と手が当たった。
「…ん?」
当たったのは人の手。
その先を見ると、いちご牛乳のパックのような桃色の髪の人が笑顔でこっちを見ていた。
「あ、えと、すみません。…もしかして、これ、買おうとしてました?」
掴んでしまったいちご牛乳のパックを差し出す。
「いや、そういうわけじゃないよ。ちょっと今日は疲れてたから甘い物でもと思ったんだけど」
ぱたんと冷蔵ケースの扉を閉めてその人はにこにこと笑いながら言う。
「慣れないことはするものじゃないのかもね。いいよ、それ、君が買っていきな」
差し出したパックをぐっと押し返される。
銀八先生になら適当に、もう売切れてましたとか言っておけば済むだろうけど…。
「あのっちょっと待って!」
片腕に抱えたお菓子とジュースのパックを落とさないようにがさごそと目当てのものを探す。
「これ、あたしのオススメなんです。頭使って疲れた時はやっぱり糖分が必要ですから」
どうぞ、と言って自分用に選んだジュースを差し出す。
そこで初めてその人は笑顔を崩し、きょとんとした顔になった。
「じゃあ有難く受け取らせてもらうよ」
再びにこりと笑ったその人があたしの手からジュースのパックを取った時。
ちらりと袖口に見えた赤黒い染み。
「…ど、どういたしまして。よく振ってから飲んでくださいね」
「ん、どーも」
こくりと頷いてその人はレジへ向かう。
しかし数歩進んだ先でぴたりと足を止め、再びこちらに振り返る。
「気づいてるかもしれないけど、訂正。俺は頭使って疲れたわけじゃないよ」
「……」
「久々に大勢やったから…疲れちゃっただけ」
にこにこと笑うその人。しかし内容はあたしの顔を引きつらせるのに十分だった。
「安心しなよ。誰彼かまわずってわけじゃないし、君には…別の意味で興味が沸いたし、ね」
「いえ、あたしただの一般学生なんで、そういう世界を生きる人に関わるのはちょっと…」
「ふ、あはははっ。俺は喧嘩のお誘いをしてるわけじゃないよ、うーん一般的に言うならお茶のお誘い、かな」
くすくすと笑いながらその人は再びあたしに歩み寄り、首筋に顔を埋める。
「次に会うまで俺を忘れないでね」
少しの痛みとくすぐったさを残して、その人はにこやかに去って行った。
(「おーご苦労であった!…ってなんか顔と首赤くね?」「気のせいです!鼻にポッキー突き刺しますよ!」「何故!?」)