+ショートカット+
銀時編 ・ 総悟編 ・ 土方編 ・ 高杉編 ・ 退編 ・ 桂編
万事屋に住みながら別の場所で仕事をしている私。
そうでもしないと生活費が危ないので、銀さんにも許可は貰っている。
今日はそんな私の給料日、浮かれて銀行へと足を運んだ私を待っていたのは給料と、もうひとつ。
「オラァ!さっさと金詰めろ、早くしねーとこの女殺すぞ!」
どうしてこうなった。
逃げられないように後ろで両手をガムテープで拘束され、背中に当たる銃口の感触。
何これ、平和主義の私に対する嫌がらせですか神様。
ひっ、とか細い悲鳴を上げながら鞄にお金を詰め込む職員。
私以外のお客さんはどうやら避難できたようだけど、大丈夫だよね、私コレ殺されないよね。
冷や汗が背中を伝って服に染み込んだその時、銀行の自動ドアが平和な音を立てて開いた。
「あのー、すんません。そいつ離してくれませんかね。俺の生活費が消えちゃうんで」
「何の心配してんの!!」
思わずツッコんでしまった私の背中にあった銃口がこめかみに移動した。
「なんだお前、警察…じゃねェな、一般人はすっこんでろ!お前も殺すぞ!」
一般人な私もすっこんでいたいんですけど。
「うるっせぇな、ぎゃーぎゃー騒ぐんじゃねえよ。いいからその女離せっつってんの」
気怠そうに、万事屋にいる時となんら変わらぬトーンで言う銀さん。
私の方は正直もう限界である。
ぎんさん、と。
音にならない言葉を紡ぐ。
直後、後ろから職員さんの「お金、用意できました」という震えた声が聞こえた。
そして私に銃口を向けていた強盗の視線が少しだけ後ろへ向いた瞬間、銀さんは勢いよく地を蹴る。
思い切り強盗の腕を蹴り上げ、持っていた銃が宙を舞い暴発した。
ガァンッという音と蛍光灯が割れる音が店内に響き、建物の中と外から悲鳴が上がる。
「チッ、てめ…」
「うるせーんだよ。いつまでそいつに触ってんだ」
低く怒りを孕んだ声を間近で感じたすぐ後、私はぎゅっと目を閉じてその場に座り込んだ。
おそらく銀さんの木刀が風を切る音と、何かが壁に叩きつけられた音を暗闇の世界で聞いていた。
「あ、そこのおねーさん。早く警察呼んでね、俺ケータイとか持ってないから」
気の抜けた声と、ばりばりと私の手を拘束していたガムテープが剥がされる音に目をゆっくり開く。
「…銀、さ」
「悪ィ。怖かったよな、もう大丈夫だから。な」
銀さんの手が私の目尻をなぞっていった時、どうして視界が歪んでいるのか理解した。
「ばか、怖かったよ、すっごく怖かった」
「だよな。ごめん、ごめんな」
「…やだ、ゆるさない、銀さんだけ今日の夕飯お茶漬けオンリーね」
「ちょっと待ってそれ罰重すぎると思うんだけど!昨日もお茶漬けだったよね!?」
銀さんの焦る声を聞きながら、少し笑って、その広い胸元に顔を埋めた。
(うそ、ありがとう。助けに来てくれて、ありがとう。)
「ん…ん?」
いつの間にか昼寝をしてしまったのだろうか、私は閉じていた目をゆっくり開く。
真っ暗な部屋の中で固まった体を解すように寝返りをうったとき、ふと首にかかる重みに気付いた。
「え、なんだこれ、鎖?」
「お目覚めですかィ」
自分しかいないと思っていた部屋の中から人の声がした。
この部屋の戸を背に立つのは、真選組の彼、沖田総悟だった。
「そ、総悟…!?」
「へい」
何食わぬ顔で返事を返す彼の手元には私がいま掴んでいるものと同じ鎖が握られている。
「ちょ、なにここ、どこ!?それにこの鎖…変な事件に巻き込まれてるとかじゃ」
「まあちょっと落ち着きなせェ」
「でも最近誘拐事件とかニュースで流れたし」
「落ち着けってんでさァ」
ぐいっと総悟が手元の鎖を引っ張ると同時に私の体は飛ぶように総悟の前へ倒れ込んだ。
「確かに、おめーはもう少しで誘拐されるとこだった。そこを俺が助けてやったんでさぁ。感謝しろィ」
「え、あ、ありがとう…?」
助けてやったという割には状況があまりよろしくない。
「ここはその犯人が誘拐した奴を一時的に捕まえておくのに使ってた空き家でさぁ」
「は、はあ…」
「犯人はさっき俺がとっ捕まえたんで、ここは俺が貰いやした」
「そんな簡単に貰えるものなの!?調査とか色々…」
「ここのことは報告してないんで」
そう言って総悟はすっと私と視線を合わせるようにしゃがみ込む。
ちゃり、と鎖同士が当たる音がやけに響いた。
「ずっと、思ってたんでさぁ」
するりと総悟の手は私の頬を滑り、親指が私の乾いた下唇をなぞるように動く。
「おめーは危なっかしいから、俺が見ててやらなきゃって」
「……」
「偶然にも、丁度いい物件が見つかりやした」
何か、なにか言い返したいのに、言い返さなくちゃいけないのに何も言葉が浮かばない。
「心配しなくてもちゃんと俺が世話して飼ってやりまさァ」
「意味が、わからない、私は犬や猫じゃないんだから」
「そっちこそ何言ってんでィ」
そう言って総悟は再び私の首元の鎖を引いた。
「お前は俺の飼い猫になるんですぜぃ」
その声は、今までに聞いたことのない恍惚とした声で、ぞくりと背中に悪寒が走った。
「安心しなせェ、そこらの雌豚とは違ってちゃんと愛情込めて飼ってやりまさァ」
「…安心できる要素が何一つないんだけど」
ぐっと負けないように睨み返すも、総悟はにこりと笑うだけ。
「いいですねィ。調教のし甲斐がありそうで」
押し殺すように笑って、総悟は鎖を手にしたまま立ち上がる。
少し高くへ引っ張られた首が痛く、けほっと咳き込む。
「どこにもいかないように、しっかり愛情込めてお前をずっと護ってやりまさァ」
(まってこれバッドエンドってやつじゃないの?そうだと言ってよ、私の心。)
真選組の屯所で女中として働く私は、今日もばたばたと所内を走り回っていた。
隊士ではないというのに仕事は多く、いつもあっという間に夜になってしまう。
「はー、今日も疲れた疲れた」
帰る前にお茶でも飲んでいこうかと食堂へ向かっていると、廊下に人が立っているのが見えた。
「こんばんは、土方さん」
「ん?ああ、お前か。遅くまでご苦労さん」
そう言って吸っていた煙草を携帯灰皿に押し付けて消す。
今から帰るのか、という土方さんの問いに肯定の返事を返す。
気を付けてな、と言う言葉を聞いて土方さんの横を通り過ぎた時、ぼそりと名前を呼ばれて足を止めた。
「…なあ、最近思ってたんだが…着物の丈、前より短くなってないか」
「え?ああ、この方が動きやすいんですよ。走れますし」
言いながら少しだけ着物の裾をつまむ。
短いとは言っても膝より少し上くらいだ。
「そりゃ動きやすいかもしれねーけど、ここは真選組屯所だぞ」
「そうですね」
「そうですねっておま、もう少し警戒心をだな」
「でも、一番間違いが起きちゃいけない場所ですし」
チンピラと言われていようとも、真選組は警察なのだ。
そういう間違いがあってはならない場所で、あるはずない場所だと思っている。
否、思っていた。
不意に手首を掴まれ、壁にどんっと押し付けられる。
「ひ、土方さ…」
「日中ならまだしも、こんな夜じゃ誰も通りかからねーだろ。何かあってからじゃ遅ェんだぞ」
低く小さく耳元でささやく声に背筋がぞくりと震える。
「…って、なに嬉しそうな顔してんだコラ」
「へっ!?え、いや、その」
「副長がそういうことするわけねーとでも思ってんのか?俺だって、男に変わりはねーんだぞ」
「や、あの、そうじゃなくて!そうじゃないんです!」
少し体を捻って土方さんの視界から逃れようとするも、掴まれた手はしっかり壁に固定されている。
「…ったく、怖い目に遭えば懲りるかと思ったんだがな」
そう言って土方さんは私の手を離した。
無意識にこわばっていた身体からスッと力が抜け、自分の手首をそっと擦る。
「怖いですよ」
「いや笑ってただろうが」
「そ、それは相手が土方さんだったからです!ほかの人だったら、怖かったと思いますけど」
「どういう意味だコラ」
「それは…まだ秘密です!」
そう言い残して、私は顔を両手で覆ってその場を走り去った。
(土方さんにならまた壁ドンされたいだなんて、その理由はまだ言えないです。)
過激派攘夷志士と言われる、私たち鬼兵隊。
毎日とは言わないものの、たまに派手に天人や幕府の人相手に戦うことがある。
それが丁度今日、月の綺麗な夜だった。
救護係であり、武術なんてものはサッパリできない私はひたすら隠れて外の様子を窺っていた。
リーダーである高杉さんを筆頭に、来島さんや武市さんが敵を倒していく。
刀のぶつかる音を聞く中で、私の目にフッと一瞬違うものが映った。
「…!」
私からは見えるが、高杉さんからは死角になっているであろう場所に人がいる。
その手に光るのは、おそらく、銃。
伝えなきゃ、伝えなきゃ。
「高杉さんっ」
伝えなきゃ、守らなきゃ。
私の声にぴくっと反応した高杉さん、その一瞬の隙をつき、刀とは違う音がその場に響いた。
「!!チッ、来島!ここは任せるぞ」
「了解っス晋助様!うちのお嬢に傷つけた奴らを許しはしないっスよ!!!」
私が突き飛ばしてしまった人に目を向けると、どうやらさっきの銃弾は当たらなかったようだ。
「馬鹿野郎、何やってんだ。なんで出てきたんだ」
「ごめん、なさい…気付いちゃったら、じっと、してられなくて」
どくんどくんと血管が脈打つ。
私の腕に目をやり、高杉さんは小さく舌打ちして私の身体を抱き上げた。
「もうすぐカタはつく。俺らは先に戻るぞ」
鬼兵隊の戦艦の医務室へ連れてこられ、いつも私が座っている側と反対の椅子に下ろされた。
患者側の椅子に座る日が来るなんて、自分でもびっくりだ。
「…出血量はあるが、傷は浅いな」
「みたいです、ね」
「俺ァこういう怪我も慣れてるからいいんだよ。お前は…慣れてねェだろ」
「あはは、ご尤も、です」
話ながら何かを探す高杉さんの背中にぼそりと呟きかける。
「あの、消毒液なら右側の箱です。包帯はその下の引き出し、です」
「……」
背中しか見えないけれど、きっと彼の眉間には今深い皺が寄っているのだろう。
消毒液と包帯を手に、私の向かい側の椅子に座ってため息をひとつ吐く。
「てめーは俺らを治す側の人間だろうが。そいつが怪我なんかしてんじゃねェ」
「ごめんなさい…」
「分かったら今後無茶はするな。…お前の血なんざ、見たくねェんだよ」
そう言いながら腕に巻いてくれた包帯はとてもきれいで、少し負けた気になった。
「邪魔しちゃって…迷惑かけて、ごめんなさい」
「迷惑なんかじゃねェ」
「え?」
「……なんでもねーよ」
そう言って立ち上がり、私の頭に手を乗せる。
おかげで高杉さんの顔が見えなくなってしまったが、その声はどこか照れくささを孕んでいるように聞こえた。
(私だってあなたを守りたかったんです、庇いたかったんですよ。)
少しだけ仕事がいつもより遅く終わり、真っ暗になってしまったかぶき町を歩く。
さすがに歓楽街から外れると人も少なく、街灯も同じく少ない。
とはいえ我が家へと続いている歩きなれた道だから、怖くはない。
前を歩いている人もいるわけだし、と気を抜いていたのが悪かったのか。
突然後ろから伸びてきた手に口を塞がれ、声を上げる間もなく脇道へと引っ張り込まれた。
身体を抱え込むように拘束され、動けるのは足だけ。
「――!!」
なにすんだこら、と勢いをつけて思い切り私の後ろに立つ人物の足を踏みつけた。
「い゛っ…!!」
ヒールは無いものの、思い切り踏みつけた衝撃は結構なものだったようで私を拘束する手が少し緩んだ。
けれどそれより気になるのは、その声。
「…なにしてんの、退。警察やめて犯罪者サイドに変わったの?」
「か、変わって、ないよ、進行形で、仕事中…いったたたた」
背後を振り返ってよく見ると、若干涙目になってはいるものの、それは見知った人物だった。
私の口を押さえていた退の手に自分の手を添えて少し下へとおろす。
「うぅ、容赦ないなあ…」
「ごめん、でも不審者かと思ったんだもの」
「不審者は君の前を歩いてた奴の方だよ」
「え」
どうやら退は攘夷浪士の後を追っていたらしい。
そこに私がひょっこり現れてしまったとのこと。
「そんなこと言われても、ここ帰り道だし」
「それは知ってるけど、今日はだめ。早く違う道で帰るんだ」
退はいつになく真剣な目で本通りへの道を塞ぐように立つ。
「送ってあげたいけど、奴らのアジトを突き止めるのが今日の俺の仕事だから…」
ごめん、と眉間に皺を寄せて苦しそうに言う。
「…わかった。退も気を付けてね、怪我とかしないでね」
「ありがとう。大丈夫、今日は情報収集ってだけで乗り込んだりしないから」
少しだけ笑って言った退に背を向ける。
ほんの少し寂しいけれど、お仕事の邪魔をするわけにはいかない。
振り返らないように別の道へ向かって歩き出す。
「…や、やっぱり待って!」
振り返らないと決めたそばから、背中に飛んできた声に振り返ってしまった。
「どうしたの、追わなくていいの?」
「あー、えと、その…本当は追わなきゃいけないんだけど」
バツが悪そうに視線を逸らしながら、退はぼそりと言葉を零す。
「君が心配で気になって仕方なくなりそうだから送って行くよ」
「でも怒られちゃうんじゃ」
「いいの」
それより声を落として、と退は小さく囁く。
「怒られるのには慣れてるから」
慣れたくないけどね、と苦笑いを零して退は私の手をひく。
「さ、早くここから離れるよ」
「…う、うん」
前を歩く退の背を見ながら、私は夢でも見ているのかと瞬きを繰り返した。
(私の口を塞いだあなたの手が、私の手をひくあなたの手がこんなにも頼もしいなんて。)
「今戻ったぞ」
「おかえりなさい、桂さん。ご飯にする?お風呂にする?それとも、私?」
っていうここまでが、ここ最近のテンプレートである。
最初こそ恥ずかしくて言えなかったが、最近はなんかもう慣れた。
「ふむ、恥じらいが無くなってきたな」
「そりゃ毎日やってればそれなりに慣れるわよ」
桂さんは攘夷志士隠れ家の入り口の戸を静かに閉めて、草履を脱ぐ。
「大体、これ桂さんの憧れシチュエーションでしょ。なんで私が叶えなきゃいけないのよ」
「なんだ、結構ノリノリでやってると思ってたが嫌だったのか」
「嫌っていうか恥ずかしいっていうか…」
キョトンとした顔で私を見てくるこの人こそ、恥ずかしかったりしないのだろうか。
「それに桂さんなら…『今日はいけません、旦那がもうすぐ帰ってきてしまうのです…』とかの方がいいんじゃ」
「駄目だ!!」
突然声を荒げた桂さんに、びくりと肩が震える。
「それは駄目だ、お前が他の男の妻になるなど…」
言いながら私の両肩に手を置いて、苦しそうな顔で見つめてくる。
「桂さん…」
「そんなことになったら、悠長にしてられん。全力で一日でも早く離婚させてやる」
「ちょっと待って、一瞬きゅんときちゃったことにすごく後悔してるんだけど」
さすがに真顔で離婚させてやるなんて台詞、聞きたくなかった。怖いわこの人。
「はっ、まさか既に男がいるんじゃ…銀時か!?あいつはやめろ、ニートだぞ!」
「桂さんも似たようなもんでしょ」
「俺はちゃんと働いてるだろう!今日だってしっかりバイト…いや、攘夷活動をだな」
「あーはいはい」
肩に置かれたままになっていた手をゆっくり下ろす。
「で。今日はどうするの、ご飯が先?お風呂が先?」
そういえば返事を聞いていなかったことを思い出して再度問い直した。
桂さんはじっと私の顔を見て、よし、と呟いた。
「今日は、おまえにする」
「…は?」
いつもあの出迎え方をしてはいたが、今まで「飯」か「風呂」という返事しか聞いたことがない。
いざ言われると、どう反応したらいいか分からない。
「えーっと、私、ですか」
「そうだが。どうした、急に敬語になって」
「その返事は予想してなかった上にどうしたらいいか…」
私ってなんだ、私に何かしろというのか。
あれか、マッサージ的な。肩たたきとかそういう感じでいいのだろうか。
どうしたらいいか悶々と考えていると、ぽんと頭を撫でられた。
「そう難しく考えることはない。俺はおまえに酷いことを要求する気はない」
安心させるように笑って、桂さんは言葉を続ける。
「そうだな…今夜は俺の傍にいてくれ。それだけで十分だ」
「それ……あんまり普段と変わらないと思うんだけど」
「気分と雰囲気が違うだろう」
そう自信満々に言う桂さんをじっと見つめ返してみると、彼はさっと視線を逸らした。
あんまり見るな、と赤い顔で小さく言うその人に、心の奥が暖かくなる。
そして少し笑って背伸びをして、彼の腕を引いた。
おかえりなさいの意味を込めて、頬にそっと唇を寄せる。
「っ!な、ななななにを」
「せっかく私を選んでもらったわけだから、ね」
顔を赤くして狼狽える桂さんに、悪戯っぽく笑ってみせた。
その後、「今度は俺からするからな」と赤い顔のままで言った桂さんのせいで私も赤くなってしまった。
(たまには、貴方の憧れシチュエーションに付き合ってみるのもいいかもしれない。)