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銀時編 ・ 総悟編 ・ 土方編 ・ 高杉編 ・ 退編 ・ 桂編
久しぶりに仕事の日が続き、やっと休日が近づいてきた。
神楽ちゃんは町の子供たちと遊ぶ約束があり、新八くんはお通ちゃん親衛隊の集まりがあるらしい。
「なに、お前何も予定ねーの?んじゃ俺と甘味屋でも行くか?」
銀ちゃんの問いに「ほんと!?行く!」と答えたその夜。
デートみたいだな、なんて思ってしまってから私の頭の中はそれで一色になった。
一緒に住んでるのに今更何を、と自分を落ち着かせようとしたが、それとデートは別物だ。
そして約束の休日前夜から、髪型を模索し、着物とお化粧道具を並べて首をひねる。
銀ちゃんはデートなんて思っていないだろうから、私だけ気合を入れるのもなんだか悔しい。
そう思った結果。
「うっし、じゃあ行くか」
「うん」
いつもよりちょっぴり丈の短い着物、いつもはしない色の簪、いつもより少し可愛い色のリップ、程度に落ち着いた。
「晴れてよかったな」
「そうだね」
どこか気持ちがフワフワする私と引き換えに、銀ちゃんは上から下までいつも通りだ。
「…今日行く甘味屋っていつものとこ?」
「いや、今日はこの前見つけたとこ。大通りから外れてるせいでノーマークだったけど、なかなか良さそうなんだよ」
銀ちゃんの、いつもの死んでる目が少し輝いて見えた。
今日の私のことも、そういう目で見てくれたらいいのに。
「…なあ」
「っ、な、なに!?」
「あー、いや、そのだな……今日はパフェ食っても多めにみろよ」
心を読まれたかのようなタイミングに焦った気持ちは、杞憂に終わった。
「…いいよ。私も今日はダイエットとか気にしないことに決めた!」
「おう、そうしろそうしろ!今日はアレだ、自分へのご褒美デーだ!」
行くぞ、なんて手を引く銀ちゃんの背を追いながら、ばかやろー、と心の中で叫んだ。
(なんか今日、可愛くね?なんて言って「いつも通りだけど」って言われたら俺、立ち直れねーわ。)
私は真選組女中として働かせてもらっている。
今日は久しぶりの晴天だから、と溜まった洗濯物を洗った…ところまでは良かった。
洗濯物を干そうと縁側から庭へと降りる時、足が滑った拍子に洗濯物籠をひっくり返してしまった。
よりによって、洗った後の、洗濯物をだ。
サーッと血の気が引いた音が聞こえた気がした。
それが運悪く土方さんに見つかり、こっぴどく叱られて現在に至る。
せめて…せめてあの時会ったのが近藤さんだったらよかったのに…。
もうだめだ、今日の私は駄目だ。
「よう、ドジ女。またやらかしたんですかィ」
「…沖田さん」
あーもうだめだ、今日は厄日だ。
「土方さんの怒鳴り声が部屋まで聞こえてきやしたぜ」
「あ、あはは、すみません、また私がやらかしちゃって」
ニヤニヤと私を見る沖田さんにへらっと笑って返す。
「次から次へと、よくヘマするもんですねィ」
「別にしたくてしてるわけじゃないですー!」
洗い直した洗濯物を入れた籠を、今度はちゃんと床に置いてから草履を履く。
「今度は何仕出かすか見ものでさァ」
「もうこれ以上は何もミスしません!」
多分、と心の中で付け足す。
それにしてもいつまでここにいるんだこの人。
私を貶すだけしかしてくれないなら、早くどこかへ行ってほしい。
どうせなら、貶すんじゃなくて。
「優しい言葉のひとつでも、とか思ってやすか」
「えっ」
驚いて顔を上げる。
その瞬間、ぽんぽんと撫でるように沖田さんは私の頭に手を置いた。
「今そんなことしたら、おめー泣くだろィ」
「……っ、もう、手遅れですよ、ばか!」
(頑張ってんの、ちゃんと知ってやすぜ)
「っつーわけで、今度俺とお前で上様の護衛につくことになったから」
「……えっ?」
その時の私の顔は、おそらくものすごく間抜けな顔をしていただろう。
なぜよりによって、下っ端も下っ端な私を選んだのかと副長に問い詰めた結果、
「松平のとっつあんが、女の子がいるならその方が良いって理由で決めた」と言われた。
「やっぱり私には荷が勝ちすぎます、無理です」
「諦めろ」
あがり症且つ人見知りな私の心臓はもう爆発寸前である。
今から副長と二人で上様の元へと向かうのだが、もう既にギブアップしそうだ。
カタカタと震える手を胸元でぎゅっと握り合わせる。
「も、もっと隊長クラスの方が行った方が良いのでは…」
「決まったことだ、諦めろ」
さっきから副長はそれしか言ってくれない。
そして、ふう、なんて余裕そうに煙草の煙を吐いて携帯用灰皿に煙草を押し付けた。
「よし行くぞ」
「…っ、はい」
副長がパトカーの運転席の扉を開け、キーを差し込む。
私も早く乗り込まなければと思うのだが、足がなかなか動いてくれない。
上様ってどんな人だろう。怖い人だろうか。
優しいといいな、ああでも護衛につくわけだし、私にちゃんと守れるだろうか。
「…はあ」
少し苦い香りのため息が、近づく足音と共に私の目の前で零れ落ちた。
「大丈夫だ。何があっても、俺がフォローしてやる。だから心配するな」
そう言って副長は、私の震える手をぎゅうっと包み込んだ。
「…は、い」
なぜか少しだけ、手の震えが収まった気がした。
(お前が死にそうなくらい緊張してるのは、ちゃんとわかってる。)
「高杉さーん!おはようございます!朝ですよ、ごはんですよ!」
「うるっせェ…」
高杉さんは不機嫌です、というオーラを出しながらのそのそと布団から起き上がる。
「ほらほら、久しぶりに今日は何の予定もないんですよね?ゆっくり朝ごはんにしましょう!」
「練らなきゃならねー作戦ならいくらでもある」
暇ではねェよ、と寝起きで少し呂律が回っていない口調で言う。
「じゃあやっぱり朝ごはんは大事ですよ!さあさあ!」
何なんだお前は、とでも言いたそうな目を向けられる。ちょっと怖い。
まあまあ、と宥めて高杉さんの前にお膳を準備する。
今日は白米にお味噌汁、三菜の和え物という和食メニューだ。
「……」
「……」
もぐもぐ、とまだ眠そうな目で食事をすすめる。
「…おい」
「はい!なんでしょうか!」
「なんなんだ、人の目の前で。見てんじゃねェ」
「えっ。あ、いや別に欲しいとかそういうわけじゃなくてですね」
「やる、なんて言ってねえよ」
高杉さんはそう言ってお味噌汁を飲み、私から目を逸らす。
「…あー、えっと、食べ終わる頃にお膳下げに来ますね!」
さすがに居たたまれなくなってきたのを感じて、すっと立ち上がり踵を返す。
「いつもより美味い」
背中からそんな声が聞こえて振り返る。
「ちゃんと、美味ェよ」
振り返った先の高杉さんと視線は合わなかったけれど、きっとわかってくれているのだろう。
「…ありがとう、ございます!!」
そう言い残して私はスキップしそうな勢いで部屋を後にした。
(全員分作ったのか、俺の分だけか後で問い詰めねぇとな。)
「あれっ、山崎さんがお昼にいるなんて珍しいですね!」
見慣れた背中をぽんと叩くと、その人はくるりと振り返った。
「そんなに珍しいことでもないと思うけどなあ」
「珍しいですよー。いつも隠密行動、って言って出かけてるじゃないですか」
「そう?…かも」
「お昼はもう食べましたか?」
「ううん、今から」
そう言って食堂へ続く廊下を指す。
「私も今からなんです!一緒に行ってもいいですか?」
「ん?うん、いいよ」
その答えに、やった、と返して山崎さんの隣を歩く。
「いつもは誰と食べてるの?」
「いつも?うーん…そうですねえ、基本は一人です」
えっ、と驚いたような声が隣から聞こえた。
「えーっと…みなさん時間バラバラですし」
「でも君は俺と違ってあんまり外に出ないし、割と時間合うんじゃないの?」
そう問われた時には、少し混雑する食堂に到達していた。
「別に、誰にでも声かけてるわけじゃないんですよ」
えっ、と息が抜けるような声に聞かなかったフリをして私は言葉を続ける。
「席だけ先に確保しちゃいましょう!隅がいいなー」
「ちょ、待って!」
歩き出した私の手を、ぱしっと山崎さんの手が捕まえる。
「え、っと。それってどういう」
「意味かは、自分で考えてください」
ね、と笑った顔は赤くなかっただろうか。引きつっていなかっただろうか。
できれば可愛かったら、いいな。
(その後俺は、現場を見ていた奴らに「あの子に触れられるなんてすげーな」って言われた。…自惚れていいってこと、だよ、ね。)
ふああ、と欠伸をして時計に目をやる。
今日は攘夷活動もお休みのため、いつもより遅い朝になった。
顔を洗ってから朝食にしようと思っていたところで、ばったり桂さんに会った。
「あ、おはようございます」
「随分遅いおはようだな」
「…遅いってまだ9時ですよ、うちのいつもの朝が早すぎるんですよ」
「何を言うか。俺は6時には銀時のところへ行って勧誘してきたんだぞ」
ふん、と腕を組んで得意げに言う。
「で。成果は?」
「………手土産は渡せた」
「駄目だったんですね」
私が思うに、勧誘突撃が早朝すぎるんじゃないかと思う。
「それにしても、銀さんへの勧誘はマメですねー」
「日々の積み重ねが大事だからな」
桂さんにそんなにも頼りにされている銀さんが、ちょっとだけ羨ましい。
まああの人は強いし、桂さんと付き合い長いみたいだし、仕方ないのだけど。
私がもしここを飛び出したら、桂さんは追ってきてくれるんだろうか。
「…微妙だなあ…」
「何がだ?」
思わず声に出てしまった、自分なりの回答に桂さんが首を傾げる。
「いやその、もし私がここからいなくなったら、桂さんは探してくれるのかなーって」
「当たり前だ、探すに決まっている」
え、と声がこぼれた。
冗談ですよと言うように笑って言った私と反対に、桂さんは真顔だ。ちょっと怖い。
「夜通し総力を挙げて探すが…見つからないようであれば捜索願を出す」
「それ桂さん捕まっちゃいますよ」
「構わん」
桂さんの返答に、迷いが無い。
「攘夷が果たせた世の中で、お前が隣にいないのであれば意味が無い」
そう言い切った桂さんの目に映る私は、ぽかんと口を半開きにしていた。
なにこれ、誰この人。私の知っている桂さんは、もっと頭のねじが吹っ飛んでる…けど放っておけない人なのに。
「まさか、どこかへ行く予定でもあるのか!?」
ハッとした顔で桂さんは私の手を掴んだ。
「なっななな無い!無いです!せいぜい朝食食べに部屋に行くくらいですー!」
なんだか桂さんの顔が直視できなくて、私は掴まれた手を振り払ってその場から逃走した。
(エリザベス…これならあの鈍感娘も気づくだろうか。…ん?お、俺の顔が赤いことは放っておけ!)