春雨第七師団に入らされて、気付けば随分な月日が流れてしまった。
完全なる地球人であり日本人な私がよくこれだけ長い間生きていられたなあとたまに思う。
「頼まれてた資料、ここに置いておきますね」
ドサッと紙束を机に置くと、部屋の奥からありがとな、と声が聞こえた。
見渡す限り人間とはかけ離れた見た目の天人で一杯の部屋にも不思議と慣れてしまった。
そんな生活をすることになった元凶である神威団長は、朝から行方不明だ。
「神威なら接客中だぜ」
「えっなに阿伏兎、ついに心読めるようになったの?怖っ」
「そんな器用なことできてたまるか。嬢ちゃんがキョロキョロしてたから、そうかと思ってよ」
資料を受け取りに来てくれた阿伏兎にビックリしながら息を吐く。
「接客って、珍しいね。お客さん来る事あるんだ」
「あり?聞いてねーの?上層部のお偉いさんの娘がよ、師団見学に来てんだけど」
なんだそれは。
地球で言うアレか、職場体験的なものか。
「…大丈夫だよね、殺さないよね」
「俺からも言っといたんだがなァ……」
あの戦闘狂のことだ、何をしでかすやらわからない。
「よし、見に行こうよ阿伏兎!」
「なんで俺まで」
春雨艦内を周って、神威団長の姿を探す。
どうやら第三ハッチにいるらしいとのことで、私と阿伏兎もそこへ向かった。
そこは甲板とはいえ、ちゃんとガラス壁に覆われていて私の中では展望台と呼んでいる場所だ。
「阿伏兎、ストップ!」
ぐいっと阿伏兎のコートを引っ張ると、ぐえっという声がした。
こっそり壁の陰に隠れて様子を窺う。
神威団長と、その隣に立つのはとても可愛らしいお嬢さんだった。
「へーえ。確かあのお偉いさんは輝かしい頭してたハズなのに、遺伝っつーのもアテになんねーな」
「あのお嬢さんも天人なの?」
「ああ、夜兎じゃあねーけど天人には違いねぇ。みたいな地球人じゃあねえよ」
そっか、と小さく返事をする。
神威団長が笑ってるのはいつものことだ。
いつものこと、なんだけど。
「なんか、楽しそうだね」
「そーかあ?」
話し声はかすかにしか聞こえない。
内容までは聞き取れないけど、なんとなく楽しそうな気がした。
「よし、見つかると怖いし戻ろっか」
小声で阿伏兎に耳打ちする。
「……嬢ちゃん、あんた」
「ほらほら行くよー」
何か言おうとした阿伏兎の背をぐいぐい押して、来た道を引き返す。
なんだろ、この、もやもや。
阿伏兎と別れて仕事に戻る。
外は相変わらずの宇宙空間なので、時間がよくわからない。
でもふわふわとした眠気が襲ってきていると言う事は、そろそろ夜なんだろう。
「眠気覚ましに、何か飲みに行こうかな」
給湯室へ行こうと席を立つ。
ぐっと伸びをしながら部屋をでて、ひとつめの角を曲がる。
それと同時に私の目の前にドゴオンッという破壊音と同時に人の腕が現れた。
「やあ。前方不注意じゃない?」
「…は、あ、ああああ危ないじゃないですかァァァ!!不注意とかいう問題じゃないと思うんですけど!?」
目の前に立つ神威団長は、私の行く先を塞ぐように腕を壁に付く。
いや付くっていうか突いてるっていうか、突きぬけてる。ああ、また壁が壊れてしまった…!
「なにやってんですか、眠気吹っ飛びましたよ」
「よかったね」
「よくないです別の意味で眠りにつきそうでした」
ニッコニッコと笑いながら言う団長に悪気は微塵も感じられない。
「で。さっきは阿伏兎と楽しそうだったね」
「は?」
「のぞき見なんて趣味あったんだ」
あ、もしかしてこれは怒っていらっしゃる。
「い、いや別に覗こうと思ったわけじゃあないんですよ。挨拶しようかなーって思ったけど声かけ辛くてやめたんです」
「へーえ」
「…気付いてたんですか?」
「お前の気配はだだ漏れだったからね」
ちょっと今度誰かに気配を消す方法を教えてもらおう。
覗き見なんていうから、さっきの様子をまた思い出してしまった。
「そう言う神威団長こそ、楽しそうだったじゃないですか」
「えー。そう?」
壁から腕を抜いて、壁の破片を払いながら言う。
「やっぱり私みたいな地球人より、天人同士の方が話合うんじゃないですか」
「んー。大した話はしてないけどなあ」
「私ももうここに馴染んできちゃったし、物珍しさももう無いですからね。それよりは同じ天人の方が、話、合うんじゃないですか」
言いながら息が詰まりそうになる。
なんだこれ、なんで、こんなに苦しいんだろ。
「…ねえそれってさ」
「ああ!分かった、私、怖いんだ!!」
ぱちん、と手を叩く。
「神威団長に捨てられたら、一人で地球まで帰れないから不安になったのかも!」
はあー、そっかそっか、スッキリ!と思って神威団長を見ると、どこか呆れたような顔をしていた。
「え?なんですか。っていうか何か言いかけました?」
「ううん、別に」
すっとまたいつもの笑顔に戻る。
「はもうずっとそのままでいいよ。飽きないし、捨てることはないから安心しな」
「え、でももうずっと春雨にいますし、いつかは飽きるんじゃないですか?私、強くもないし」
「毎日一緒にいて飽きるんなら阿伏兎なんてとっくに捨ててるよ。アイツまだいるでしょ」
だから安心しな、とよく分からない慰められ方をした。
「寧ろちょっと慣れ過ぎかな。もうちょっと危機感持ちなよ」
「大丈夫ですよ、危なことしてくるの神威団長くらいですから」
「へーえ、そうなんだー」
笑顔は崩れないもののザワッとした寒気が背筋に走る。
「あ、あははは!冗談ですよ冗談!」
「そういうことにしておいてあげるよ。次言ったらこうだからね」
言いながら、壁にぽっかり空いた穴を指す。
「マジでごめんなさい」
飽きないでいて
眠気も吹っ飛び、部屋へ帰ろうとしたら床に阿伏兎がしゃがみ込んでいた。「お前らほんとねーわ」
「なにが?」
「阿伏兎、覗き見2回目だよね。後で俺の部屋に来るように」
「やべえ死ぬ」
あとがき
ダブル鈍感。
2016/12/10