それは真選組の女中として働き始めた頃のこと。

丁度就職先を探していた時にお妙さんを通して知り合った近藤さんに誘われて真選組へと足を踏み込んだ。

言われていたとおりの男所帯で、まだ、緊張と恐怖で一杯だった頃。

 

雑務とはいえやることは山のようにあり、まだ慣れていないせいで夜遅くまで仕事をしていた。

やっと仕事が終わり、そろそろ帰ろうかと身支度をしていた時だった。

 

「あれ。おめー、もしかして最近入ったって女中ですかィ」

「えっ!?あ、は、はい、と言います!」

突然背後から声を掛けられて飛び上がりそうになった。

 

振り返った先にいたのは、それほど歳の変わらなさそうな男の人だった。

「へー。まだ入って間もないってのにこんな時間たァ働き者ですねぇ」

「いえ、そんな…。まだまだ慣れていなくて、手際が悪いせいです」

なんだか恥ずかしくて、思わず俯く。

 

 

「住み込み…じゃあなさそうですね。今から帰るんですかィ?」

その人は俯いた私の顔を覗き込むようにして尋ねてくる。

「は、はい。そんなに離れていないので大丈夫ですよ」

「つっても夜道に女一人放り出すなんざ警察のすることじゃねーだろ。送ってあげやすぜ」

「えっ!?」

にこりと笑ってその人は私に帰り支度をするよう促した。

 

 

 

結局、悪いですよなんて言っても気にするなと言って付いてきてくれた男の人。

帰り道の途中でやっと沖田総悟さん、という名前を知る事ができた。

「すみません、お疲れのところをわざわざ送っていただいて」

「気にすることありやせんぜ。俺が好きでやってるだけでさァ」

その言葉にうろたえてしまった。

真選組の人たちは確かに優しいけど、やっぱり男の人だし怖いと思うこともある。

でも、この人は、沖田さんは大丈夫な気がする。

ああもう私、ちょろすぎるでしょ!

 

 

「あ、あの、私の家ここなんです。送ってくれてありがとうございました」

少しどころか、かなり名残惜しい気持ちを押さえこんで沖田さんに頭を下げる。

「ここ、ですかィ」

「はい」

沖田さんが私の家、といっても借り家なのだけれど、そこをじっと見つめて、ニヤリ、と笑った。

 

 

の家、しっかり覚えやしたぜ」

 

 

その時の笑顔が何を意味していたのか。それを知ったのは、翌日からだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まだ朝にもなっていない早朝4時。

目覚まし時計よりも、ずっと早くに鳴り響いたのは玄関のチャイムだった。

「もおお…なによ、こんな早く…」

よろよろと布団から出て玄関の鍵を開ける。

 

ガラッと開いた扉の前にいたのは沖田さんだった。

「よお、眠そうな顔してやすねィ」

「へ…?え、ええ!?沖田さん!?」

「よしよし。俺の名前はちゃんと覚えてやしたね」

いや何を言っているんだこの人。

 

「え、あの、どうしたんですか、こんな早くから」

「ん?別に何ってことはありやせんぜ。が寝坊しないように起こしてやろうと思ったくらいでさァ」

「早すぎますよ!?今何時だと思ってるんですか、4時ですよ真っ暗ですよ!?」

まだ新聞配達の人も来てない時間から起こされるってどういうことなの。

 

「んなこと言って、遅刻したら俺が直々に逆さ磔にしてやりますから覚悟しなせェ」

「遅れませんよ!むしろ早起きしすぎて二度寝する時間ですよ!」

だいたいこんな寝起き丸出しの顔で会いたくなかった。

 

「もう!ちゃんと時間までに行きますから!」

そう言ってなんとか玄関を閉めた。

 

 

 

 

そして翌日。

今度は朝4時に玄関のチャイムが鳴っても出て行かないと心に決めた。

心に決めたその日はチャイムが鳴る事もなく、平和に朝が過ぎようとしていた…が。

丁度朝ご飯が出来た頃にピンポーン、と音が響いた。

 

「…どんなタイミングの良さですか」

「そろそろ朝飯の頃かと思いやしてね。今日はパン食ですかィ」

「ちょ、ちょっとォォォ!?何勝手に上がってるですか!」

玄関を開けると同時に、沖田さんはまるで自宅のように上がり込んできた。

 

「じゃ、このパンは俺が貰うんではもう一枚焼きなせェ」

「意味わからんですよ!?ちょ、何食べてるんですかァァァ!」

沖田さんは私の声を気にすることなく、サクッと焼き立て食パンにかじりつく。

あああ!今日は珍しくマーガリンじゃなくてバターにしたのに!しかもきれいに塗ったのに!

 

 

「明日は味噌汁で頼みまさァ」

「うちは食堂じゃありません!!!」

しぶしぶ自分のパンをもう一枚焼きながら叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

思い返すとそんなことばかりだ。

おかしい、一体どこでこうなってしまったんだ。

最初の優しかった沖田さんはどこへいってしまったんだ。

 

「はあ…」

「溜息ついてんじゃねぇや」

「ぎゃ!」

びくっと肩を揺らす。持っていた箒を落としそうになった。

 

庭掃除をしていたところにひょっこり現れたのは、まさに溜息の元である沖田さんだった。

アンタのせいだよ!!と言えたら楽なんだけれど、そうも言えないのが辛いところ。

 

「ああそうだ。、おめー洗濯物を家の中に干すのはいいですけど、カーテン閉めときなせェ。下着丸見えでさァ」

「きゃァァァァァ!!!!!何見てんですかこのド変態!!!!!」

「誰が変態でさァ。土方さんと一緒にしないでくだせェ」

「誰が何だって?」

私の背後から別の人の低い声がした。

 

 

「おっと噂をすればなんとやらでさァ」

「テメーまた巡回ルートから消えたと思ったら…何やってんだしょっぴくぞ」

「捕まえてください!この人変態です!」

振り返った先にいた土方さんに、ここぞとばかりに頼みこむ。

 

「失礼にも程があらァ。俺はわざわざ忠告してやったってのに」

「なんで家の中のこと知ってるんですか!いくらカーテン開いてたって覗かなきゃ見えませんよ!?」

泣きそうになりながら家の洗濯物を思い浮かべる。

今日干してたのってヨレヨレの下着じゃなかったよね…?ってそういう問題じゃない!!

 

 

「最近俺への嫌がらせが減ったと思ったら…に飛び火してたのか」

「土方さんも被害者だったんですか」

「お前が来るよりずっと前からな」

はあ、と私がさっき零したような溜息をついて土方さんは私を見た。

どことなくその眼が私を憐れんでいるように見えて、なんとなく、仲間意識を覚えてしまった。

 

 

「別にに対しては嫌がらせしてるわけじゃありやせんぜ」

「俺へは嫌がらせだったってか」

「あわよくば死ねって思ってやした」

「総悟ォォォ!!」

殴りかかっていく土方さんの拳をひょいひょいとよけながら、沖田さんは私に目を向ける。

 

 

「いやあ、実に純粋で遊び甲斐のありそーな奴がいるなあと思いやしてね」

ニヤニヤと笑う沖田さんに、初対面の頃の優しい微笑みの面影はまったくない。

なんてことだ、私は騙されたのか。

 

「優しい人だと思ったのに!沖田さんのばか!」

「俺を優しいなんて言う奴ァ屯所内探しても誰ひとりいやせんぜ」

「屯所どころかかぶき町中探してもいねーだろ」

 

沖田さんを追い回すのをやめた土方さんが私の隣に立つ。

「だから困ったら俺でも近藤さんでも誰でもいいから相談しろ、手遅れになる前に言えよ」

「手遅れってなんですか…」

「俺に惚れる前に、ってことだろィ」

「は!?」

耳元で聞こえた声に盛大にびくついた。

 

 

「惚れた方が負け、って言うだろ?惚れちまったら俺の行動もぜーんぶ快感になりやすぜ」

そう言って笑う沖田さんの笑顔が、すごく艶っぽくて思わず肩をすくめてしまう。

悔しいけれどきっと今の私の顔は真っ赤なんだろう。

 

「そういう反応、面白くて好きですぜ。もっといじめたくなりまさァ」

「い、いじめないでください!それに、もう冷めましたから!沖田さんに惚れたりしませんから!」

「もう、ってことは一度は惚れかけたんですねェ」

「な…!!」

人の言葉の弱いところをひょいひょい拾っていく。

なんでこんな風に余裕なんだこの人は!

 

 

「いやー、土方さんで遊ぶのもちょっとマンネリだったんで。しばらくまた暇にならなさそうですねェ」

「ひ…人を暇つぶしに使わないでください!!」

は暇つぶしなんかじゃありやせんぜ。本気、でさァ」

ニッと笑って私の目を見つめる。

ほ、本気ってどういう…。

 

「本気で、からかいたくなる奴だなーって思ってますぜ」

 

「……もぉぉぉぉ!!!沖田さんのばか!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

騙されるものですか









(「総悟が与えたストレスでが病気になったらマジでお前首落とすぞ」「今すぐお願いします!」「ひっでぇなァ」)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

久々にギャグ書いた気がします。からかう時程全力な沖田さん。

2017/02/25