朝、というには少し遅い時間帯。私は真選組屯所の廊下を歩いていた。
すれ違う隊士さんに、おはようございます、と挨拶をしながら。
そして1つの部屋のふすまをがらりと開ける。
少しだけ、ほんの少しだけ薬の香りのする部屋に入り、鞄を置く。
「よし、今日も頑張るぞーっ」
そう言って私はぐいっと伸びをする。
私、はここ、真選組で医療係として働いているのです。
真選組ってだけあって、稽古中に怪我をした隊士さんがよく来るので、仕事は案外多い。
まあ怪我しないのが一番なんだけどね!
鞄から包帯やら消毒液を取り出して、部屋の戸棚に仕舞っていた時、ゆっくりとふすまが開いた。
「お、おはよう、ちゃん」
「おはようございます、山崎さん!…また土方さんですか」
「うん。なんていうか、毎日でごめんね」
ミントンラケットを片手に、よろよろと部屋に入ってくる山崎さんは、すり傷だらけだった。
「毎日大変ですねー、土方さんが」
「うん、ほんと…ってそっち!?」
「あははは、冗談ですって」
ぺたぺたと絆創膏を貼りながら話す。
山崎さんは、こうして毎日何回かここへ来るので、人一倍仲良しになっていた。
「そういえばちゃん明日からお休みなんだって?」
「そうなんですよ!久々に実家に行ってくる予定なんです!」
医者を目指して、田舎から出てきた所まではよかったものの、都会は怖かった。
あの時近藤局長にここへ呼んでもらえてなかったら今頃はダンボール生活だっただろうなぁ。
「久々に澄夜に会えるなーって楽しみで楽しみで!」
「あぁ、そっかそっか。よかったねーって消毒液垂れてる!痛い痛い痛い!!」
ぶんぶんと腕を振り回す山崎さんに、すみませんと一言言って、改めて手当てをしなおした。
一日のうちに何人もが、この医療室へ来るとはいえ、ひっきりなしにくるわけではない。
怪我が無いなら、それはいいことだ、なんて思っていた矢先に、ふすまがバシンッと音を立てて勢いよく開いた。
「ちょ、もう少し静かに開けないとふすま壊れ……」
ふすまに背を向けていた私がくるりと振り返ったそこに立っていたのは、予想外の人だった。
「お…沖田さん!?」
「何でィ。俺が来ちゃ悪ぃんですかィ」
「いえいえっ!そんなことはないんですけど、めずらしい…」
沖田さんは涼しげな顔をしてはいるが、ほんのり左頬が赤い。
とりあえず、部屋に入ってもらってから、どうしたのかを聞いてみた。
そっぽを向いてなかなか理由を言ってくれなかったけれど、やっと小さな声で原因を口にしてくれた。
「…稽古中に余所見して怪我した?」
「………」
ぶすっ、とふくれっ面のままで視線をそらす。
「ぶっ、あははははは!!」
「笑ってんじゃねぇやィ」
言いながら沖田さんは、傍にあった絆創膏の箱を私に投げつけた。
「いたっ!ちょ、何するんですか!」
ぱこんっという音を立てて、箱が転がる。
「思ったよりいい音しやしたねィ」
「酷い!」
「澄夜って誰でさァ」
「へ?」
消毒液を塗り終わって、ちょうどいい大きさの絆創膏を探していたときに沖田さんがそう呟いた。
「おめー、そいつと明日デートすんだろィ」
沖田さんは淡々と、どこか遠くを見るような目で言う。
「えーっと…デート…?」
そんな予定は頭に無い。っていうか彼氏いないんですけど。むしろ彼氏は救急箱状態なんですけど。
「えーと、それ、誰が言ってたんですか?」
「…山崎が、が今度の休みに、そいつに会いにいくって楽しそうにしてた、って」
「今度の休み…」
沖田さんの頬にぺたりと絆創膏を貼り終えたとき、ふと思い当たる節があった。
山崎さん、今度の休み、会いに行く、そして澄夜。
「沖田さん、それうちの実家の犬のことですよ!」
「は?」
「うちの犬、澄夜って名前なんです。今度のお休みに実家戻って癒されに行こうかなーって」
楽しみなんです、と言いながら話す私とは逆に、沖田さんの顔には引きつった笑みが浮かんでいた。
「本名、澄夜!澄みきった夜って書いて澄夜ですよ!素敵でしょ!」
「まぎらわしい名前つけてんじゃねぇやィ」
少しだけ低い声で言いながら、沖田さんは私の両頬をぐいっと引っ張った。
「いひゃい!!いひゃいれふ、おひははん!」
「あ?何言ってるのかわかりやせんねィ」
そう言って引っ張る力を強める。
「いひゃいいひゃいいひゃいーーー!!!」
「あうう…ひ、酷いです、沖田さん…!」
おそらく真赤になってるであろう両頬をさする。
「…じゃあ、付き合ってる野郎はいないんですかィ」
「いませんよー…。むしろ救急箱が彼氏ですよーだ」
「そうですかィ」
ふっ、とやわらかく笑ったかと思うと、沖田さんは私の右手を頬からはずし、空いた頬に自分の右手を重ねた。
そして赤くなったそこを、ゆっくりと優しく撫でてくれた。
…何がしたいんだろうかこの人は。
「あの…沖田さん?」
「」
「は、はいっ」
「…早く帰ってきなせェ」
「……え…」
小さな声で呟いた時の沖田さんの顔は、前髪で見えなかった。
けれど、声はとても優しくて。
するりと頬から離れた手を、思わず掴んでしまいそうになる自分を抑えた。
「早く帰って来ねーと、そこの医療道具売り飛ばしやすぜ」
「ぎゃあああ!やめてくださいよそれぇぇーー!!」
優しくない。やっぱり沖田さんは優しくない!
「なら、早く帰ってきなせェ」
「うう…わかりましたよ!う、売り飛ばさないでくださいね…?」
にやり、と意味深な笑みを浮かべながら沖田さんは部屋を出て行った。
やばい。マジで売り飛ばす気だあの人。
そう思っていたら、またふすまが開いた。
「言い忘れてやした。…、手当てありがとうごぜーやした」
それだけ言って、沖田さんはふすまを閉めて、足早に去っていった。
残された私は、実家で澄夜に癒されたらすぐに帰ってこよう、なんて心のどこかで思っていた。
勘違いルーマー
(俺も、あんな戯言に動揺しちまうたァ、まだまだでさァ。…山崎は後でシメなきゃいけやせんねィ。)
あとがき
あめと鞭沖田さんが書きたかったんですけどね…前半山崎さん夢ですよこれ。
それと犬の名前固定しちゃってすみません。変換いれるのめんどかったのです…!(ぉ
2008/5/25