「…なに、してるんですか沖田さん」

朝、私の仕事場、つまり真選組の医療室へ入ると、そこで沖田さんが寝ていた。

「うるせーなァ。休日くらい寝かせろィ」

「残念ですけど今日は平日ですよ!」

 

そう言って、私は掛け布団をべりっと引き剥がす。

猫みたいに丸まったままの沖田さんは、やっぱりいつものアイマスクをしてた。

 

 

「っていうか、なんでここで寝てるんですか」

「ここァ空気がいいんでさァ…」

「物凄く消毒の匂いとか漂ってますけど」

これで空気がいい、と言ったら屯所に何が起こってるんだと聞きたくなる。

 

 

ゆっくり起き上がりながらアイマスクを首にかけて、沖田さんはまだ眠そうな声で言う。

「土方のヤローの煙草の煙が部屋の前の廊下に充満してやしてねィ…鼻が痛ェんでさァ」

 

 

「土方さん…最近煙草吸ってましたっけ?」

 

 

そう言ったとたん、沖田さんは眠そうだった目をバチッと開いた。え、怖ッ!

「わ、私おかしいこと言いました?」

 

「…言った。言いやした。、おめーこんなとこに引きこもってねーでもっと外を見なせェ」

「そんなこと言われても、ここ仕事場ですから。離れるわけにいきませんよ」

私がいないときに怪我人が来たらどうするつもりなんだ。

怪我人放置…なんてそれじゃ給料泥棒になってしまう。

 

 

「とにかく…土方のヤローに会ったら、煙草やめやがれィって言っておいてくだせェ」

「えぇー…」

「じゃないと毎日ここで寝泊りしてやりやすぜ」

「イエッサー隊長!しっかり言っておきます!」

 

のろのろと沖田さんが部屋を出てから、戸棚の薬品チェックをしながら思う。

土方さん、ここへ来るとき煙草…吸ってない気がするんだけどなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

太陽が西に傾いて、空がオレンジ色に染まりかけてきた頃、部屋の戸がゆっくり開いた。

 

「あ、土方さん…ってほぎゃああああ!どうしたんですかその顔!!」

思わず指差してしまった土方さんの顔というか頬には幾つかの傷がある。

「あぁ、まぁ、ちょっとな。っつーかその叫び声は女としてどうだよ」

そう言って視線をそらした土方さんを部屋に入れてから、私は戸棚から消毒液を取り出した。

 

 

 

 

「…え、何の傷なんですかこれ」

刀でもない、打撲でもない。猫か何かにひっかかれた…にしては不規則すぎるし。

見た目からじゃ、よくわからない傷。

 

「いや、総悟がな、『煙草やめやがれィ!それか死ね土方ァァ!!』っつって五寸釘投げてきやがってよ」

「なーるほど、五寸釘ですか」

 

…っていうか自分で言ってるじゃん沖田さん!!

私が言うまでも無いじゃない。しかも攻撃のオマケつき。

五寸釘は、きっと夜な夜な行われているという噂の土方さんへの呪いに使ってるやつなんだろうなぁ。

 

 

…そういえば。

今日も土方さんは煙草を吸ってない。

けれど、少し意識してみれば隊服からは微かに煙草の香りがする。

 

 

「…土方さん、ここへ来るときは煙草吸わないんですか?」

ぺたり、と土方さんの頬に絆創膏を貼りながら尋ねる。

「そりゃあ…ここは医療室だから仕方ねーだろ」

 

あ、そっか。

病院で煙草吸うようなものですもんね。

 

 

「それに、ここにこもって仕事してるの体に障るだろーが」

ふい、と顔をそらしてさっきよりも小さな声で呟く。

 

 

え、と。もしかして、ここで煙草吸わないのは、私の、ため?

 

 

は、真選組の大切な医療係なんだ。が体調崩すわけにはいかねーだろ」

「土方さん…ありがとう、ございます」

 

 

沖田さんがあれだけ言うわけだし、近藤さんにも土方さんはかなりの煙草中毒者だって聞いた。

隊服から漂ってくる、少し鼻にツンとくる苦い香りがそれを証明してる。

 

そんな土方さんにとって、こうやって煙草我慢するっていうのは大変なことなんだろう。

 

 

「でも、土方さんが体調崩しても、皆さんが困ります。だから、この勢いで煙草の本数減らしましょう!」

「無理だ」

スパーンと間髪いれずに答えが返ってくる。

 

 

「何でですか!ここで我慢できるなら、もうちょっと…」

「…無理だ。ここでは、なんとか我慢できるが、他は無理だ」

断固として意見を変えない土方さん。

 

 

なんとかならないものか、と考えてるうちに土方さんは立ち上がって戸に手をかける。

ふわり、と少しだけ苦い香りが遠のく。

 

 

の体に悪いと思えばなんとか我慢できるが、他の奴らは無理だ!諦めろ!」

「え、あの土方さんっ」

 

それだけ言って、土方さんは慌しく部屋を出て行った。

 

 

開け放たれたままの戸から煙草の香りが消えていく。

残されたのは、この部屋の香り。消毒液の香り。

 

 

「…な…なんて殺し文句を残していくんですか…」

 

 

追いかけるどころか、立ち上がることすらできずに、ただぽつりとそう呟いた声は風の音にかき消された。

 

 

 

 

 

 

 

 

不意打ち喫煙者





(でもやっぱり、煙草は体に悪いし。今度何かいい禁煙方法を考えてみようかな。)

 

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

思いつくがままに書きなぐった医療係ヒロイン。

ヒロインの前では煙草我慢してる、そんな土方さんが書きたかったのです。

2008/10/26