ふあ、とあくびをかみ殺しながら真選組屯所の廊下を歩く。
今日やらなきゃいけない仕事を頭に思い浮かべながらふと空を見てみると、太陽はすっかり曇に覆われていた。
…これは、雨降るかもしれないな…。
雨が降ったら外へ出るのは面倒になる。
今日やらなきゃいけない仕事に外に出なきゃいけない物は…あ、買出し。
…しょーがない、先に済ませよう。
そう考えながら部屋に戻って、財布を持って屯所を出る。
「あれ、おはようちゃん。今から出掛けるの?」
屯所の庭でミントンの素振りをしていた山崎さんが声をかけてくる。
「おはようございます山崎さん。そうそう、今から買出しなんです!」
「今日雨降りそうだけど、傘持って行かなくて大丈夫?」
空を見ながら心配そうに言ってくれる。
ほんとに山崎さんはいい人だと思う。どこぞの隊長とは天地の差だと思う。
「あー…ダッシュで行ってきますんで!ご心配ありがとうございます!」
笑って出てきたはいいものの。
今までで一番の速さで買い物を済ませて外に出てみると、ざーっという音がした。
そう、まさかの、雨。
「うっそでしょ…」
ざーざーと勢いよく降る雨に呆然とする。
しかも小雨なら走ればなんとかなるけれど、なんでこう、どしゃ降りなの!?
勢いのある雨なら、きっと通り雨だ。すぐに止むって。
そう自分に言い聞かせて早20分。
早く帰らないと、買ったものも危ないし、仕事も山積みで後が大変になる。
思い切って走って帰ろうか。いっそその方がいいかもしれない、なんて思っていた時。
聞きなれた声が、私の名前を呼んだ。
「おう、」
雨の音にかき消されることのない、よく通る声。
「え、沖田さん!?」
足元を見つめていた視線をあげると、傘をさした沖田さんが目の前にいた。
なんでこんなとこに?
朝起こしに行ったときは、「まだ眠いんでィ…」とか言って起きる気配がまったくなかったのに。
「なんでここに……あっ、も、もしかして、傘持ってきてくれたんですか?」
「まあ、暇でしたからねィ」
…いつも意地悪な沖田さんが凄くいい人に見える…!!
普段は掃除したところにゴミ散らかしていったり、夜中に私の部屋の前で変な儀式やってたり、
副長への嫌がらせの共犯にされたり、とにかくもう散々な目にあってる。
「刀の練習の的になってくだせェ」って言われて柱に縛り付けられたときは本気で死ぬかと思った。
その沖田さんが、わざわざ、傘持ってきてくれるなんて…!
感極まって買い物袋をぎゅ、と握り締めていると、何かを思い出したかのように沖田さんが呟いた。
「あ。傘もう一本持ってくるの忘れやした」
地獄に叩き落された気がした。
「オイィィィ!!!一番重要なところ忘れてるじゃないですか!!!」
「じゃあ今から取りに戻りまさァ。じゃ」
くるり、と背を向けて歩き出そうとする沖田さんの隊服をぎゅっと掴む。
「待って待って待って!!え、私まだここに放置なんですか!?」
「頑張れィ」
「頑張れません。まだ仕事残ってるんですから!早く帰らないといけないんですから!」
この雨は洗濯はできないだろうけど、他にも倉庫の片付けとか色々あるのに!
っていうか買ったものが危ない!食品が腐る!
「なんとしても帰りたいんですかィ?」
くるり、とこっちに向き直った沖田さん。
離れた私の手は傘から滴る雨水で少し湿っていた。
「何ですかその質問。一晩止まなかったらここに一泊しろってことですか」
「ならできまさァ」
「できません」
私は一般的な女中なんで。そんなことしたら風邪引きます。
「なら一緒に帰りやすぜ」
「…は?」
一瞬何を言われたのかよくわからかなかった。
え?何?一緒に、帰る?
「傘一本しか無いじゃないですか」
「一緒にっつってんだろィ」
そう言って少しだけ、傘の下のスペースを空ける。
「…え、あの、いいんですか?」
「がここに一泊したいんなら俺ァ1人で帰りまさァ」
「すいません入れてください」
ざーざーと音を立てて降る雨は未だ止まず、勢いも弱まらない。
「沖田さん!左半分が濡れまくってます!冷たい!傘もうちょっとこっち寄せてください!」
「嫌でィ。俺が濡れるだろーが」
「私は既に半分くらい濡れてます!」
さりげなくきっちり傘の中に納まってる沖田さんはほんの少し水しぶきが服に染み込んでいる程度。
私の左肩は既に湿っている、なんて表現を通り越している。
「濡れたくないならその買い物袋外へ出しなせェ。どーせ中身マヨネーズだろ」
「そうですけど、他のものもありますから!濡らすわけにいきませんってば!」
私が半分濡れてる理由はこれも含まれる。
買い物袋を優先的に傘の下に入れているお陰で、私が濡れているのだ。
まあ、もうちょっと中へ入ろうと思えば入れるけど。
たかが女中風情が隊長と一緒に歩いてる時点でまずいのに、そう近づくわけにはいかないでしょう。
考えていた矢先、沖田さんは左手に持っていた傘を位置はそのままで右手に持ち変えた。
そして空いた左手をこともあろうか、私の肩に回してきた。
「濡れたくないなら、もっと近寄れィ」
「え、ええええ、ちょっ、あのっ!!!」
ぐっと力強く肩に回された手のお陰で、沖田さんの肩に頭がぶつかった。
待って待って待って!!近いってば!!
「うああ、あの、おき、沖田さん、ちょ、これ、近っ」
あまりの狼狽具合に舌がうまく回らない。
緩んでしまいそうな手に力を入れて、買い物袋をぎゅううっと握る。
「…ぶっ、くく」
頭の上から聞こえた声と共に、私の頭が当たっている肩が少し震える。
「う、狼狽すぎですぜィ…ぶふっ」
…このやろう笑ってやがる!!!
ちょっとだけときめいていた自分をひっぱたきたくなった。
急激に落ち着きを取り戻した心臓と、さっきとは違う意味で顔が熱くなる。
文句の1つでも言ってやろうと口を開きかけたとき。
「着きやしたぜィ」
と言われて気付く。
もう、私は屯所の入口の門の屋根の下にいた。
それに雨も、傘がいらないくらいの小雨に変わっている。
拍子抜けして、ぽかーんとしていると沖田さんは私の肩から手を離した。
「いやぁ、いいモン見せてもらいやした。いい暇つぶしになりやしたぜィ」
そう言って笑いながら傘をたたむ。
「それに新しい発見もありやしたしねィ。のさっきみたいな狼狽顔…俺ァ好きですぜ」
ぽかんと開いた口が閉じない。
ワンテンポ遅れて、また顔が熱くなっていく。
「すっげー苛めたくなりまさァ」
あぁ、そういう人ですよねあなたは!
ときめきの返却を要求します
食堂までの道を走りながら、私は心の中でできる限りの沖田さんへの悪態を叫んだ。
あとがき
苛めっこ沖田さんにしようと思ってたんですが、予想外に甘くなりました。
そして「好き」っていう単語が出てくる貴重なお話でした。「(苛め甲斐があって)好き」っていうニュアンスっぽいですが。
2009/01/26