ふんふん、と鼻歌を歌いながら万事屋の掃除をする。
今日は非番で、真選組屯所へ向かうこともない。
その上、まだ神楽ちゃんも新八くんも来ていない。
銀さんは昨日飲みに行ったまま帰ってきていない。
「ふ…絶好の掃除日和!」
箒を片手に、スパーンと窓を開ける。
ひゅう、と朝の冷たい風が部屋に吹き込んでいく。
「さて。今日はいつ銀さんがいて掃除できない和室を徹底的に掃除しちゃいますか!」
ぐい、と着物の袖を捲り上げて、あたしは掃除に取り掛かった。
不安定な状態に積み重なっているジャンプを綺麗に積み上げて、紐で縛る。
一応、捨てる前に銀さんに聞いたほうがいいかな、と思って和室の隅に置いておいた。
がさがさと、押入れを探る。
「…ん?」
ぱさり、と輪ゴムでまとめられた封筒が床に落ちた。
「手紙…?……って、こ、これっ…!」
あたしが仕事で出張してた時に銀さんに送った手紙じゃん!!
えええ、なんで持ってんの…!?
「う、うわあ、恥ずかしい…しかも7通って、出した分全部とってあるじゃん…」
真選組のみんなと出張で、万事屋に戻れなかったときに、あたしが夜な夜な書き溜めて送った手紙。
…返事がきたのは、1回だけだったんだけど。
「……これ、は。恥ずかしいし…元はあたしのだし、捨てちゃっていいよね」
うんうん、と頷いて輪ゴムを外す。
すると、封筒の間から二つ折りにされた紙がたくさん零れ落ちてきた。
「うっわ、まさか封筒から出して保管してたの!?」
ぺらり、と紙を開いて見る。
そこにあったのは、あたしの字じゃなくて、銀さんの字。
「…え、な、にこれ」
そこに書かれていたのは、「いつ頃帰るんだ」とか「早く帰って来い」とか…塗りつぶされた文字。
あの時届いた、たった一通の手紙は「そっちの甘味屋は美味いか」という
色気も何もあったもんじゃない手紙だったのに。
…なんか見てはいけないものを見てしまった気がする。
頭が、真っ白になっていた、その時。
「なーにしてんの、ちゃん」
「あぎゃああああああ!!!」
背後からかけられた声に、盛大に肩を震わせて叫ぶ。
び、びっくりしたァァァ!
思わず手紙を後ろに隠して、銀さんの方ご振り向く。
「おっ、お、おかえり!や、今日も朝帰りご苦労様!」
「別に仕事してきたわけじゃねーんだけど」
確かにそうだ。昨日は、仕事なんて入ってなかった。
「それより、アレ、いちご牛乳飲みてぇんだけど」
「ああ、うん、冷蔵庫に入ってるから、飲んできていいよ」
寧ろ、早く行ってくれ。
あたしがここから退いたら、隠した手紙が丸見えになってしまう。
「……何、隠してんの」
「何も、隠してなんか、ないよ!気のせい気のせい!」
つうっと汗が頬をすべる。
悪戯っぽい笑みを浮かべて、銀さんはあたしの前にしゃがみこむ。
ああ、やめてやめて、あたしでさえこの手紙をどう処理したらいいのか悩んでるのに!
「ぎっ、銀さん、ほんっと、なにもないってば」
ほーらね、と両手をひろげて前に出す。
その手を銀さんは、そっと包んで。
「………嘘はいけません!!」
ぐいっ、と思いっきり引っ張った。
引っ張られるがまま、あたしは銀さんにダイブする。
ごちん、とおでこを肩にぶつけて「痛い」と呻く前に、背後で、紙がかさりと音を立てた。
血の気が引いた。
でも、それはあたしだけじゃなかったらしい。
「……こ、れ…」
明らかに片言になった銀さんの声と共に、ゆっくりと体を起こす。
予想通り、銀さんの顔は血の気が引いていた。
「み、みみ、見た!?ちょっ、おま、これ見たのか!!!?」
「………や、うん、ちょっと」
お互い顔面蒼白で、言う。
「うっわ…なんで俺コレ捨てなかったんだ!?オイ、忘れろ!今すぐ、この内容忘れろ!!」
がくがくと肩を揺さ振られる。
そんなことされても、脳が揺れるだけで、内容は忘れられそうも無い。
「ちょっと、ゆ、揺さ振りすぎ!酔う!酔っちゃう!!」
なんとかそう叫ぶと、銀さんはやっと手を止めてくれた。
「…で、どうだ、忘れたか!」
「ぜんっぜん」
今度は顔を真赤に染めて、銀さんは顔を引きつらせる。
「…ね、銀さん。あの時…あたしが出張行ってるとき、寂しかった?」
「……っ、んなもん、当たり前だろーが!」
何かを振り切ったように、銀さんは口を開く。
「が、寂しいだの帰りたいだの書かなかったから、俺が送れなかったんだよ!」
「え、あたしの所為!?」
「そーだっ!お前、布団の寝心地が悪いだの、部屋が狭いだの、そういう事ばっかり送ってきやがって…!」
そういえば、そんなこと書いたかもしれない。
「俺1人で寂しがってるみたいで、毎回返事書けなかったんだよコノヤロー」
ああ、そうだ。あたしも同じだ。
1人で寂しがってたら嫌だな、って思って、なるべく寂しいとか帰りたいとか書かないようにしてたんだ。
「…じゃあ、今ちょうだい?」
「は、あ!?」
「だって、あたしが送った手紙は銀さんが全部持ってるんでしょ。あたし、一通しか貰ってないもん」
折りたたまれて、送られなかった手紙はあたしが書いたものよりも多いけど。
「あたしもあの時、寂しかったんだよ。なのに一通しか送ってくれないし」
「うぐっ」
「だから、今、ちょうだい。銀さんの帰りが遅い日とかに読むから」
銀さんがいなくて、寂しいときに読むから。
そう伝えると、銀さんはそっぽを向いて、すっと紙を差し出す。
「…俺の前では、絶対読むなよ」
「うんっ」
遅すぎる手紙の配達
(文章では届かなかったけど、気持ちは一緒だったんだね。それにしても、照れるなあこの手紙…。)
あとがき
ヒロインが出張中、書いては消して、書いては消してを繰り返して机の前で唸ってた銀さん。
電話とはまた違ったモノがありますよね、手紙って。後に残る嬉しさと怖さが(笑)
2009/05/27