本日は、女の子の重要なイベントの日。
町中がなんだか甘い香りで一杯になっている、そんなイベント。
そう、今日はバレンタイン。
「ということで、持ってきてあげたぞコノヤロー」
「なんではそう上から目線なんでさァ」
男所帯である真選組屯所は、外とは違ってなんだかほのぼのとしている。
…というか、今日は妙に人が少ない。
縁側に座って、あたしは総悟に綺麗にラッピングが施されたひとつの箱を差し出す。
「へぇ、まさかから貰えるとは思ってやせんでした」
「失礼だなお前!」
これでも、一応あたしたちは彼氏彼女の関係なのだ。
くるくると手渡した箱を回して眺めながら総悟は口を開く。
「手作りじゃあないんですねィ」
「まーね」
あたしは縁側から投げ出した足をばたばたと動かす。
「でも、それ買うの相当大変だったんだからね!!」
ビシッと総悟の持つ箱を指差して言う。
「あれはもう、軽く戦場だよ!人が多すぎて遠めからしかチョコは見えないし、会計所は並ぶし!」
言ってるそばから、あの揉みくちゃにされた記憶がよみがえる。
「そりゃご苦労なこって」
「そうだよ!いいよねー男はさ、買い物で揉みくちゃにされることって無いでしょ」
女の子はバレンタインだけじゃなく、バーゲンとかでも戦争に巻き込まれる。
「いや、ザキなら知ってやすぜ」
「え、なんで」
「タイムセールでマヨネーズ買出しに行かされて、帰って来た時目が死んでやしたから」
「ご愁傷様、退」
呟いて、そっと合掌しておいた。
「それより、食べないの?」
ちらりとまだ綺麗にラッピングされたままの箱を見る。
「別に今じゃなくてもいいだろ」
「そりゃまあ、そうだけど。折角、おやつ時に持ってきたのに」
今の時間はお昼の3時を少し過ぎた頃。
「…、お前もしかして食べたいんですかい?」
「うぐっ」
びくりと肩が震えた。
「だ…だってさあ、美味しそうだったんだもん。あわよくば、ひとつ貰えないかなーなんて」
言いながら庭を見つめていると、隣からバリッという何かが盛大に破れる音が聞こえた。
「え、ちょ、総悟?」
「何でィ」
言いながらばりばりと包装紙を破いていく。
そしてかぱり、と可愛いピンク色の箱を開ける。
「ビターとホワイトですねィ」
「そ、そうそう。なかなかその組み合わせ見つからなかったんだよ」
チョコ売り場を何周か回って、やっと買ってきたもの。
それぞれ2個ずつの、4個入り。
「お前、買うときから既に半分貰うつもりでいただろ」
「あははは……ごめん」
なんだか居たたまれなくて、総悟から視線をはずしてチョコを見る。
「ったく、さすがは俺の彼女でさァ。ちゃっかりしてやがる」
言いながらハート型のビターチョコを摘んで、口へ運ぶ。
「どうよ?美味しい?」
「ん、うめぇ」
もごもごと口を動かしながら総悟は呟いた。
そりゃまあ市販のものなんだから、美味しいのは確実だけど。
市販のチョコは手作りとは違う、こう…高級感漂う美味しさがあるはず。
「ね、ホワイトの方ひとつちょうだい?」
雪の結晶の形のホワイトチョコを見つめながら言う。
「はバレンタインを何だと思ってんでさァ」
「チョコ食べる日」
「……まあ、ならそう言うと思ってやした」
そうだろう、そうだろう。
あたしが「恋人同士、愛を確かめ合う日」とか言い出したら、きっと病院に連れて行かれる。
ちなみに総悟の口からそんな言葉が出ても、病院へ連行してやる。
「そーですねィ。タダではやりたくないんで」
「いや買ってきたのあたしだからね」
手を伸ばそうとすると、サッと箱ごと避けられる。
「ひとつ、頼みを聞いてくれたら…わけてやりまさァ」
「総悟の頼みなんてろくなことが無いんだけど…一応、何?」
こいつなら無理難題をさらっと言ってきそう。
「俺を好き、って言ってくだせェ」
「…へ?」
色々頭の中でシュミレートしていた頼みごとがスポン、と消える。
「え、そんなことでいいの?」
「あんまりからそういう言葉を聞いてやせんからねィ」
そういう総悟からもあんまり聞いてないけど。
「ああ、ちゃんと俺の目を見て言ってくだせェ」
「え」
言いながら、あたしの方をじっと見つめてくる。
「いや、ちょ、恥ずかしいんだけど!」
「さっきそんなことでいいのーとか言ってたのはどこのどいつですかねィ」
ニヤニヤと笑う総悟は変わらずあたしを見つめてくる。
「くっ…くそ、このやろう…!」
「早く言わねーと、全部食べきっちまいやすぜ」
言いながらもうひとつのホワイトチョコを口へ運ぶ。
「分かったから!言うから!」
「おう」
じーっと、穴が開くんじゃないかというほどに見つめてくる総悟を見つめ返す。
ああああちくしょう恥ずかしい!!
「あ…あたしは、総悟が、すっ…好き、です」
顔を逸らしたくなる気持ちをぐっとこらえて、言い切った。
「ぶっ、はははは、、顔真っ赤になってやすぜ」
「うるさいうるさい!!ほらっ、言ったんだから!」
お腹を抱えて笑う総悟に手を広げて突き出すと、その手をぐいっと引っ張られた。
「ほらよ」
そう言って口に放り込まれたホワイトチョコ。
あ、美味しい。やっぱり市販も捨てがたい美味しさがあるなあ。
まだ総悟がチラチラあたしの顔を見ては笑ってくるので、多分顔の赤みは引いてないんだろう。
「もー!そんなに笑うな!」
「いやぁ、いいモン見れやした。ありがとうございまさァ」
そう言って笑った総悟の顔は、いつもよりも優しくて、あたしはまた赤くなってしまった。
「ところで、」
「うん?」
「三倍返し、期待してやすぜ」
「…はい?」
何の話だ、と思って疑問の声を出すと、総悟はいつものシニカルな笑みを浮かべて言った。
「俺からチョコあげただろ」
「それ元はあたしがあげたやつじゃん!」
「今はもう俺のモンでさァ」
なんという屁理屈。
なんで一人でバレンタインとホワイトデーの両方をやらなくちゃいけないんだ。
「あ、でも3個は総悟にあげたわけだから、お返し期待してるからね!」
「分かってらァ」
そう言って総悟は残りのチョコを口に含んだ。
お返しは10倍でよろしく
(「1個で3倍なら、3個で9倍…おまけで10倍!」「ひでェ彼女でさァ」「あんたもひどい彼氏でしょ」「まーな」)
あとがき
手作りじゃなくてもいいと思ってるのは私です。手作り派の方、申し訳ありません!
でも、市販のを買って一緒に食べるっていうのも楽しみ方のひとつじゃないかなーなんて思いながら書いてました。
2010/02/14