腕に違和感を感じる。

何かで縛られているような、そんな痛みを感じていつから閉じていたのか分からない目をゆっくり開けた。

 

「…う」

目を開けても、視界はそんなに明るくならなかった。

ぼんやり見えるのは、えらく広そうな部屋。床が見渡せるってことは、ここは少し段差がある場所なのだろうか。

ここ、どこだっけ。そう心の中で呟いた時、低い声が耳に響いた。

 

 

 

「目が覚めたか」

「…うっわ」

思わず苦笑いがこぼれる。

目の前に並ぶのは、黒い服を着た人たち…幕府の人たち。

 

私たち、攘夷派の敵。

 

 

 

顔を上げて周りを見渡す。大体20人…ちょっとくらい、か。

 

買い物に行った時に拉致られたのか、あーあ、晋助に怒られるなあなんて思いながら自分の体を見下ろす。

両腕は体の後ろで縛られ、その上柱に体を縛り付けられていた。…そりゃ、痛いはずだわ。

 

 

 

ぼーっとしていると、その中の一人がカツンと靴音を鳴らして私の前に立った。

 

。高杉一派の仲間、だな」

「……」

疑問系で言われなかったところを見ると、調べ済みってわけだ。

…ほとんど鬼兵隊ではお茶汲み係程度の役職だったのに。よく調べたなあ。

 

 

 

無言を肯定ととったのか、その人は威圧するように言葉を紡ぐ。

 

 

「高杉の居場所はどこだ」

「…そんなこと、言うとでも?」

ハッ、と鼻で笑ってやった瞬間、ドスッと私の顔の数センチ横に短刀が突き刺さった。

 

 

 

「俺らは、相手が女子供だろうと敵には容赦しない。死にたくなければ、言え」

 

…いや、言ったらその後殺すでしょ。どっちにしろ死ぬじゃん。

 

ぎゅっと口をつぐんでいると、チッと舌打ちをしたその人はバッと手を振り上げ、私の頬を引っぱたいた。

バチンという音が、広間に響く。

 

 

 

「い…ったァ、普通一発目に顔くる!?ほかのとこでも嫌だけど、女の顔って手加減するでしょ」

「言っただろう、敵に容赦はしないと。その顔に刀傷を付けたくなければ、さっさと…」

「たっ、隊長ォォ!!」

その言葉の途中で、幕府の下っ端っぽい感じの人が広間に飛び込んできた。

 

 

 

 

「何だ、慌しい」

「た、たかっ、高杉の野郎がっ」

走ってきた所為か息継ぎの途中で聞こえた名前は、確かに私のよく知った名前で。

 

 

何事かと思っていると、広間の唯一の大きな扉の蝶番が飛び、扉がドオンと音を立てて倒れた。

 

 

 

 

「よォ、幕府の狗共。わざわざ来てやったんだ、もうちっとマシな歓迎方法はねーのかよ」

 

 

 

 

ニヤリといつもと何ら変わらない笑みを浮かべてそこに立つのは、やっぱり私の良く知った、晋助だった。

 

 

「た…高杉ィィ!」

幕府の連中が声を張り上げて、刀や銃を構えて晋助に向かっていく。

が、ダダダダンッと銃声が幕府の連中の足元に飛ぶ。

 

 

 

 

「オラァァ!晋助様のお通りッス!さっさとそこを退けェェ!!」

この男だらけの場に合わない、また子の高い声が響く。

 

そして空いた場所にゆっくり足を踏み出したかと思えば、すぐに幕府の連中の悲鳴が聞こえた。

何が起こったのかと、身を乗り出そうとするも体を縛る紐にそれを阻止される。

 

けれど、そんな必要はすぐに無くなった。

 

 

 

 

「ハッ、いい格好になってんじゃねーか、

「し…晋助…!?」

いつの間にか私の横で笑っている晋助。その手には、抜き身の刀が握られていた。

 

 

「なっ…いつの間に…ッ!」

私の前に立っていた男は、自分の横を通り抜けたのであろう晋助を見据えて刀を抜く。

 

 

その間に私を縛る紐を切って刀をしまい、晋助は少し高い位置であるここから男を見下ろす。

急に自由が戻った体で少しフラつくと、晋助は左腕で抱き寄せるように私の肩を支えてくれた。

 

 

 

 

「たった二人で乗り込んでくるとはな」

「あ?その二人に押されてんのはどこのどいつだァ?」

再び舌打ちをした男は、憎らしそうに晋助を睨む。

 

 

「小娘一人拉致らねーと俺らに喧嘩売れねーくらい貧弱なのか、幕府はよォ」

「高杉ィィィ!!!」

ふっとバカにしたように笑った晋助に向かって、男は刀を構えて飛び掛る。

挑発してどうすんだこのバカ野郎、と思った瞬間。

 

 

ドオンッ、という銃声が間近で聞こえた。

 

 

「ぐああああっ!」

思わず閉じてしまった目を開けると、飛び掛ってきていた男は右肩を抑えて倒れていた。

 

「え、は…!?」

キョトンとしながら、音のした方向、晋助の右手を見る。

 

 

「え、銃なんて、持ってたの…?っていうか使えたの!?」

「来る途中で会った野郎からちょっと拝借しただけだ。つーか、お前驚きすぎだ」

 

だって、今まで銃なんて使ってるとこ見たことなかったし…!

ほら、また子も手は動きつつもキョトンてしてるっていうか若干頬赤いよあの子!

 

 

 

 

。走るぞ」

「え、は、はい」

 

返事をすると、晋助はバッと銃を天井に向け、照明器具に向かって発砲した。

ドンッという銃声と、照明の電球が割れる音と幕府の連中の悲鳴が響く中を、

私は晋助に引っ張られてまた子と共に広間を飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しばらく走って、路地裏へと逃げ込む。

ずっと建物の中にいて気づかなかったけど、もう外は真っ暗だった。

 

 

「はあ、つ、疲れた…」

息を整えながら港の法へと足を進める。

 

 

、大丈夫ッスか?」

「うん、大丈夫…ありがとね、また子」

心配そうに顔を覗き込んでくるまた子に笑顔で返す。

ていうかこの子息切れしてないんだけど。なんという体力。

 

 

「それにしても!さっきの晋助様、かっこよかったッス!」

「ていうかびっくりしたよ、ほんと。銃使えたんだ」

晋助を真ん中にして横並びで歩く私たちは口々に言いながら、その顔を覗き込む。

 

 

「ああ、意外とやってみるとなんとかなるもんだな」

懐から煙管を取り出して、ふーっと煙を吐く。

 

 

「…え、じゃあ使うの…初めて…?」

「記憶にあるほど最近じゃ使ってねーな」

 

それはほとんど、初めてということで。

初めてで、あれだけ正確に肩やら照明やら打ち落とせるもの…なわけがない。

 

 

 

ぽかんとしていると路地の先に明かりが見え、その先に武市先輩が立っていた。

「武市先輩ィィ!結局来なかったッスね!」

「ああいうのはあなたの方が得意でしょう。ていうか作戦考えたの私ですから」

 

早々に口喧嘩を始めるまた子と武市先輩を見ながら、なんか、平和だなあなんて思ってしまった。

 

 

 

 

知らぬ間に顔が笑っていたのか、隣に立つ晋助に頭を撫でられ、ぐいっと頭を引き寄せられる。

こつん、と晋助の肩に当たったところで視線を上げる。

 

 

「晋助も、心配してくれたの?」

「ハッ、ただの暇つぶしだ」

 

ですよね、と呟いたけど、私の頭を寄せる晋助の手は随分と温かく感じた。

小さく「ありがと」と零した声に返ってきたのは、やっぱり優しい声音の「暇だっただけだ」という言葉だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

撃ち抜かれたのは







(私の心も同じだったのかもしれない。…なんて、ね。)

 

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

某ドラマの高杉さんがかっこよすぎた所為で色々反映させてしまいました。銃も使えるっていう意外性がポイント。

武市先輩は本当は現場まで行くはずだったんですが、書ききれなかったのでお迎えに回りました。

2010/08/04