勢いよく、カンカンと靴音を立てて万事屋への階段を駆け上がる。

お邪魔しますも言わずにがらりと玄関を開けて靴を脱ぎ捨て、居間へと走る。

 

「定春ぅぅぅーーー!!!」

ぼふっ、とものすごい勢いで抱きついたにも関わらず定春は何食わぬ顔で尻尾を振っていた。

 

 

「…あのさ、いきなり家に入ってきて定春に抱きつくのやめてくれねぇ、?」

私の視界は定春の体で覆われていて何も見えないけど、背後からやる気のなさそうな銀さんの声が聞こえた。

そして足音がさっき私が走ってきた方へとずれていく。

 

 

「また玄関開け放ってきやがって…。つーか靴くらい揃えて脱いでこいよ」

銀さんの声を背中で聞きながら、定春の毛をぎゅっと掴む。

 

「…後でちゃんと揃えるから放っておいてくれればいいのに」

そう呟くと、玄関の戸が閉まる音がして、また足音が近づいてきた。

 

 

「お前がそういう風に万事屋へ来るってことは…またフられたのか」

「違う!!!フられたんじゃない、私がフってやったの!!!」

がばっと顔を上げて、後ろを振り向く。

思ったより近い位置にいた銀さんに少し驚きながらもその目をぎっとにらむ。

 

 

「へーへー。そんで傷心してっから銀さんに慰めてほしいーみたいな感じだろ」

「違いますー。あんな奴、知れば知るほど駄目な男だったのよ。もう、ほんと、別れられて清々してるわ!」

ふんっとふんぞり返るようにすると、後頭部が定春の体にぽすっと乗った。

 

 

「…あっそ」

一言だけ言い残して、銀さんはいつものイスに戻ってジャンプを開いた。

 

残された私は、定春に背を預けてずるずると座り込む。

 

 

本当は、フられたのは私だ。

どうしても好きな人に素直になれなくて、思っていることと反対のことを言ったりしたりしてしまう。

今日もそうだ。「お前本当に俺が好きなのかよ」って、好きじゃなきゃわざわざ休日に遊んだりしねーっつの。

 

もう今まで何度同じ事を繰り返したのやら。

いい加減私もちゃんと素直になれればいいのに、なかなか変わることなんてできない。

 

 

立てた膝に腕を乗せ、顔を埋める。

私がこうやって万事屋に駆け込むことも、もう何度もあった。

おかげで最近は定春も私のこと噛まなくなったし。ほんと、いい犬だよお前は。

 

 

 

「そんで、今日はいつまで居座るつもりですかちゃん」

「……泊まってく」

頭の上から聞こえた声に、顔を上げないまま返事をする。

ため息と「またかよ」なんて声が聞こえたけど、今家に帰ったら泣いてしまいそうだ。

私の愛情を分かってくれないあんなやつのために泣くなんて、絶対、嫌だ。

 

 

 

「ほんっとーに、慰めてやらなくていいんだな?」

「い、いらないってば!別に、私は何ともないし!」

「…じゃあ好きなだけ定春にしがみついてろよ」

そういい残して、銀さんの足音は少しずつ遠ざかっていき、がらりと戸が開く音がした。

 

 

静まり返った部屋で、ゆっくり顔を上げる。

居間には誰もおらず私の後ろにいる定春もいつの間にか寝てしまったようだ。

 

「…銀さん?」

名前を呼んでみても返事は無い。

うそ、今まで何やかんや言っても同じ部屋にはいてくれたのに。

 

 

「…っ、銀さんのばか…やっぱり私には定春しかいないんだっ」

定春を起こさないように、もう一度抱きついた瞬間。

 

 

「…お前、一人でも素直じゃねーのな」

 

 

その声にばっと振り返ると、しゃがみ込んだ銀さんと目が合った。

 

「なっ、ななな、何で…!?」

「喉渇いたからいちご牛乳飲んできたんですー」

その言葉にぽかんとしていると、銀さんはその場に胡坐をかいて座り込んだ。

 

 

「…何でお前、フられた時ばっかり来るんだよ。何で、フリーの時に来ねーんだよ」

「は…?え?」

フリーって、彼氏がいないとき?…そういえばあんまり来ないかも。

 

「こういうタイミングで言うのって、なんか卑怯くせーじゃん」

ばりばりと頭をかきながら視線を色んな方向へ動かしている銀さんをじっと見つめる。

やがて一度深呼吸をして、私の目を見返して口を開く。

 

 

「だからその…何でずっと前からこんないい男が目の前にいるのに他の鈍感男なんかについていくんだってことだよ」

 

「いい男…?ああ、定春はいい男だよね。犬だけど」

「そっちじゃねーよ目の前っつってんだろ!」

ばしんと顔を両手で包まれ、位置を固定される。

 

 

「俺なら、を…いや、にフられるような真似しねえ」

…ああ、知ってるんだ。私がフられた、ってこと。

 

 

「お前のすっげぇ素直じゃねーところも、寂しがりやなところも、受け止めてやる」

「…別に私、素直じゃなくないし。寂しがりやじゃないし」

いつから知ってたんだろう、銀さん。

いつから、こんなに私のこと知ってたんだろう。

 

 

「そんなこと言ってたってなァ、の顔みてりゃ分かるんだよ。銀さん敏感だから」

「あはは、うそだぁ…。銀さんが敏感だったら、世の中鈍感な人なんてほとんどいないよ」

震えそうな声をなんとか正して、ゆっくり言葉をつむぐ。

 

 

「…じゃあお前は、その数少ない鈍感だな」

ふっと笑って、銀さんは私の顔から手を離したかと思うと、そのまま私の腕を引っ張った。

銀さんの肩あたりにぼふっと顔が埋まる。

 

 

 

「いい加減俺にしとけよ。俺なら、ちゃんとお前の愛情分かってやるからよ…なあ、

 

私を抱きしめる腕は力強く、きっと銀さんの言葉は嘘じゃないんだろうと思った。

私は床についていた手を銀さんの背中に回して、ぎゅうと着物を掴んだ。

 

 

「…じゃあ、テストしてあげるよ。ちゃんと私のこと分かってくれるかどうか」

「……望むところだ」

銀さんは私の零れる寸前だった涙をそっと舐めとってニヤリと笑った。

 

 

 

 

愛情テスト、開始









(お前が駆け込んで来る度に俺がどんだけ苦しんだと思ってんだ。…もう俺もも苦しまなくていいようにしてやるよ。)

 

 

 

 

 

あとがき

ツンすぎてフられるヒロインと、毎回慰めたいのに何もできなくてイライラしてた銀さん夢。

そして定春は空気の読めるワンコです。(何

2010/09/26