夜遅くにピンポーン、と家のチャイムが鳴った。

私は読んでいた雑誌から目を離し、ふと壁にかかったカレンダーを見た。

「…あぁ、今日って…」

 

ふう、とため息をついて玄関へと向かう。

ガチャリと鍵を開けると、そこには真っ黒のマントを羽織ったひとが立っていた。

 

 

「マヨネーズ出さなきゃ家破壊すっぞ」

「ほんっと毎年思うんですけど、それ絶対台詞間違ってますよ」

はあと再びため息をついて私の目の前に立つひと…いえ、吸血鬼の十四郎さんを家に入れる。

 

 

 

 

この街にはとある言い伝えがあった。

10月31日の夜、夜道を一人で歩いていると吸血鬼に血を吸われ、二度と朝日を拝むことは無い。

その言い伝えを信じ、人々は夜道を歩くことは無かった。

私はそんなの迷信だろうと思い、夜中に急に食べたくなったチョコレートをお店へ買いに行ったあの日。

 

 

「いやー、最近はカロリーオフのお菓子も増えて嬉しいわー」

電灯の下をルンルンしながら歩いていた時だった。

目の前に突然現れた、真っ黒なマントを羽織った不思議なひと。

 

思わず一歩後ずさる。

そんな、あのお話は、迷信のはず。

 

「そこのお嬢さん…」

「っ…!」

手に持ったお菓子の袋をぎゅっと抱き寄せ、逃げようと思った瞬間だった。

 

「糖分が足んねーんだけど、それ分けてくれねぇ?」

「……は、あ?」

 

 

それが、私の人生最初の吸血鬼との出会いだった。

 

 

 

今現在、家のソファでお茶を飲んでいる十四郎さんはその翌年の10月31日に出会った。

まったく同じような展開で、「マヨネーズが足りないんだよ」と言われたのが最初だ。

 

「なんで毎年この日にしか来ないんですか」

「昔から今日はタダでマヨネーズが貰える日だって言い伝えがあんだよ」

「何なんですか、この人間と吸血鬼の間の言い伝えの差」

呆れながらもストックで買いためておいたマヨネーズを差し出すと、十四郎さんは嬉しそうにほほ笑んだ。

 

 

「毎年悪いな、

「…もう、慣れっこですよ」

本当は、一年に一度見られるこの笑顔を楽しみにしているのだけど。

 

「じゃあ慣れついでに、俺に糖分プリーズちゃんっ!」

「……」

「…銀時さん、玄関から入ってくるのはいいんですけど、その前にチャイム鳴らしてください」

私が最初に出会った吸血鬼、銀時さんはへらへらと笑いながら戸棚を物色し始めた。

 

 

「ちょっ、勝手に漁らないでくださいよ!」

「おっあるじゃーん!えーとチョコにクッキーに…いやあ、毎年悪いィなー」

なんて言いながら、絶対悪いなんて思っていないんだろう。

この人も毎年嬉しそうにお菓子を物色して持って帰るのだ。

 

 

「オイ、天パ吸血鬼、に迷惑かけんじゃねーよ」

「うるせーよ。つーかそれを言うならお前もだからね」

フワフワの天然パーマの髪をばりばりと掻きながらダルそうに言い、十四郎さんの向かい側のソファに座った。

 

「本当は他所からも貰えるはずなんだが…他の家は妙に頑丈に鍵がかかっていてな」

「そうそう。何なんだよ、毎年この日は菓子貰い放題なんじゃねーのかよ」

そりゃあ、私たちの方じゃこの日は家から出ないように言われているんだから、鍵もしっかりかけるだろう。

 

 

「まあ、俺にかかりゃそんな鍵ちょろいモンですけどねィ」

 

ふわりと部屋に舞い込んだ風。

そして聞こえた声の方を見ると、窓から入ってきたのであろうもう一人の吸血鬼、総悟さんが窓辺に立っていた。

 

 

「っつーことは、今年もやってきたんだ」

「ええ。血ィ吸って、躾けもして…。くくっ、あの跪いて懇願する顔ときたら…いやあ、いい日ですねィ今日は」

「ほんと一番性質悪いけど一番吸血鬼っぽいですよね、総悟さん」

ぴっと唇の端についた血を指で拭き取り、総悟さんは銀時さんの隣に座った。

 

 

「ほんと君のドS具合にはびっくりだよ銀さん」

「まだまだ序の口ですぜ。本当ならもっと虐め倒してやりてーくらいでさァ」

総悟さんはにやにやと思いだし笑いをしながら私にお茶を要求する。

 

「総悟、テメー吸血鬼としての誇りだけは忘れんじゃねぇぞ」

「マヨネーズ要求してるあんたに言われたくないですねィ」

その切り返しにぶっと吹き出した銀時さんと目が合い、私も笑ってしまった。

 

 

「ったく…ほんとは何年経っても虐め甲斐がありやせんねェ」

「まあ、総悟さんの虐め対象から外れてるからこそ、こうやってお茶できるんですけどね」

ことんとテーブルにお茶を並べて、私は十四郎さんの隣に座った。

 

 

「そういや、なんでお前の血は吸わねーんだよ。結構美味そうなのになァ」

そう言って私を見て、ぺろりと自分の唇を舐める銀時さんから思わず目を逸らした。

 

「こいつ、俺に初めて会った時に『三年目にしてやっと普通の吸血鬼がきた!』って言ったんでさァ」

ああ…確かにそんなこと言ったかもしれない。

なにせ、二年連続で変な要求しかされなかったものだから、なんだか普通の吸血鬼がいて嬉しかったのだ。

 

 

「さすがの俺も驚きやした。大抵の奴ァ逃げたり泣いたり…とにかくイイ反応してくれるんですけどねィ」

「ご期待に添えず申し訳ないですねー」

とはいえ、きっと最初に会ったのが銀時さん、そして十四郎さんじゃなかったら私も逃げていただろう。

ある意味この二人のおかげでこうして総悟さんとも話せるようになったのだ。

 

 

 

 

「あ、そういえば昨日貰ったお菓子があるので…食べていきませんか?」

ポンと手を打って言うと、銀時さんの目が輝いた。

 

「マジで!?食べてく食べてく!」

「お前少しは遠慮しろよ」

「おめーもな」

 

ハッと鼻で笑った総悟さんに向かって殴りかかる十四郎さん。

それを止めることなく、私に期待のまなざしを向けてくる銀時さん。

 

困ったものだ、なんて思いながら私は昨日買っておいたお菓子を取りに台所へと歩いて行った。

 

 

 

 

 

毎年恒例の吸血鬼会合









(「なあ、たまには悪戯していったら駄目か?」

「駄目です」

の血も興味深いんですけどねィ」

「ちょ、寄らないでください!」

「おい総悟、に手ェ出すんじゃねぇよ」

「と…十四郎さん…!」

「「え、何この展開」」)

 

 

 

 

 

あとがき

即席ハロウィン話でした!なんじゃこりゃ!

仮装じゃないじゃん、本物じゃん、ということに気付きながらも勢いで書いてました。(ぁ

2010/10/31