空から照りつける日差しは、真選組屯所の庭に反射して暑い空気を漂わせている。

気休め程度に吊るした廊下の風鈴が小さく鳴った。

 

 

「暑い…暑いです近藤さん…」

「確かに暑いが、屯所でそんな恰好はマズいんじゃないかちゃん」

畳に寝転んで天井を見上げながら扇風機からの風に目を閉じる。

 

 

「その言い方だと、まるで私が全裸みたいじゃないですか。近藤さんじゃあるまいし」

「今日は全裸じゃないぞ!」

「今日はとか言ってる時点でおかしいですよ」

ぱたぱたと団扇が動く音が隣から聞こえる。

近藤局長は扇風機にプラスして団扇でも扇いでいるようだ。

 

 

ちなみに。そんな恰好とは言われているが、上着を脱いでブラウス一枚。

それに私の自前の黒い膝より少し上の丈のスカートを合わせているだけだ。

いたって普通の恰好である。

 

 

「大体、このくそ暑い夏にこんな真っ黒い制服着なきゃいけないなんておかしいですよ」

男女共に黒の上着に黒のズボン。

上も下も真っ黒だなんて、どんだけ日光吸収したいんだ。

 

 

「だがやっぱり男所帯でその格好はなァ」

「だからこその近藤さんの部屋なんですよ。近藤さんはお妙ちゃん一直線だから、そういう心配いらないですよね」

まあ私より街中歩いてるイマドキの女の子の方が露出は高いわけだし。

大丈夫だとは思うけど、一応、ね!

 

「まあな!俺はお妙さんのためならどんなに暑い中でも駆けつけてみせる!」

「はいはい。暑いから燃え上がらないでください」

 

 

「だが、それなら自分の部屋にいたらいいんじゃないのか?」

「フフ…今、服どころか腹の中まで真っ黒な奴に扇風機奪われてるので、部屋も灼熱なんです」

あいつか…と予想がついたようで、近藤さんは苦笑いをこぼした。

 

 

「それに部屋だと…」

そう言いかけると、トントンと足音が床から伝わって聞こえてきた。

 

 

 

「やばっ!この足音は…!」

体を起こす前に、戸が開きっぱなしの近藤さんの部屋に影ができる。

 

 

 

 

 

「近藤さん、この間の報告書……って何やってんだ!」

「あー出た出た、肺の中まで真っ黒男」

「聞こえてんぞコラ」

さっきまで静かだった足音がドンドンと低い音を立てて近づいてくる。

 

 

「つーかお前、なんつー恰好してんだ!」

「だから、その言い方だと私が全裸みたいじゃないですか失礼ですね」

さっきまで天井しか見えなかった視界に土方さんの顔が入り込む。

 

「まあ落ち着けトシ。ちゃんもこう暑くちゃ仕事にならんだろう」

「そうだそうだー!見た目的にも暑いんですから、いっそ夏は白い隊服に変えましょうよー」

まあ、ここの人たちが白隊服似合うと思えないけどね!

 

 

 

「大体なんで近藤さんのとこにいるんだ」

「一番安全かつ涼しいし、邪魔にならないと思ったんで」

近藤さんが仕事してたら遠慮しようかと思ったが、思いっきり扇風機の前でごろごろしてたもん。

 

 

「安全て…近藤さん褌一丁だぞ」

「別に今は天井と土方さんの顔しか視界に入ってないからいいんですー」

というか、近藤さんの褌一丁くらいもはや珍しくもなんともない。

…あれ、私、一般人としての感覚マヒしてきたな…。

 

 

 

「だからって、こんなとこに、いるんじゃねえっ!」

頭の上に移動した土方さんにガッと両手首を掴まれる。

 

「え、ちょ、なんか嫌な予感…!」

「近藤さん、報告書そこに置いとくんで。あとコイツ邪魔にならねーように回収してくわ」

「ま、待って土方さん!嫌な予感がする!ちょ、ま、まっ…」

 

 

私の声も虚しく、土方さんは遠慮なく、私の両手首を掴んだまま引きずって歩きだした。

 

 

 

「いだだだだ!背中!背中擦れる!畳が痛い!!!」

「うるっせーな暑いんだから叫ぶな」

「いや原因作ってるの土方さんですからね!!いたっ、ちょ、そこ段差段差段差!!!」

ずるずると引っ張られて近藤さんの部屋から引きずられていく。

 

 

部屋を出る前の段差に腰がぶつかり、「あぐっ!」と鈍い声が出た。

遠くで頑張れという、近藤さんの声が聞こえた。

 

 

 

「ねえ土方さん!分かりましたから、歩きますから!引きずるの勘弁してください」

のことだからな。歩くっつってまた逃げるだろ」

ぎくっ。

 

「まさか!そんなわけないですよー!」

「嘘くせーんだよ言い方が」

「部下のことくらい信じてください…ってカーブは緩やかにお願いします!柱が!柱が腰にめり込む!!」

 

 

少しだけ首を傾けて見た空は、私を笑うように青く晴れ渡っていた。

 

 

「大体そんな薄着でふらふらしてんじゃねえ」

「言うほど薄着じゃないですって。かぶき町の女の子なんてもっとすごいですよ」

太腿まで丸出しの着物のことを思えば、膝上数センチの私のスカートなんてかわいいもんだ。

 

 

は真選組だろ。警察だろ。それがだらしない恰好してたら示しがつかねーんだよ」

「だらしないって言ったって、暑いんですもん。かぶき町じゃ真選組は見た目も暑いって噂ですよ」

夏に見たくない人たちナンバーワンになるのも時間の問題じゃないのだろうか。

 

 

「退くんは可愛いって言ってくれたし…別にいいじゃんかー」

ぽつりと、本当に小さく呟いた声。

 

「…あ?」

それに対して、随分低い声が返ってきた。

 

 

「え、何ですか。ていうか私どこまで引きずられていくんですか」

「待て、今何て言った?」

再び視界に廊下の天井と土方さんの顔が映る。

 

「だから、どこまで引きずられて…」

「その前だ」

額に汗が滲んでいる土方さんの迫力に、なぜか緊張感が生まれる。

 

 

「さ…退くんが、可愛いって言ってくれましたよ。もっさい隊服だけどスカートだと可愛くなるねーって」

それ、ですかね?と控えめに言うと土方さんの眉間にしわが寄った。

 

「ザキは…今は外回りの任務か」

ぽつりと呟くと、急カーブを描くように一つの部屋へと引っ張り込まれる。

その際に今度は足をぶつけて「いっづ…!」と鈍い声を出すことになった。

 

 

 

「ひ、土方、さん…!痛いです…!」

「ならそこで涼んでろ。俺は今からちょっと出かけてくる」

「は、はあ?」

ぱっと離された手首は汗ばんでいて、少しだけ赤くなっていた。

 

 

「とりあえず、俺が帰ってくるまでそこから出るな」

「サボってていいってことですか」

「そこの書類整理しとけ」

うわあ、ちゃっかりしてる。

 

 

部屋から出るな、と念を押して去っていった土方さん。

ゆっくり体を起して、言われた書類に目を向けて気付く。

 

「ここ…土方さんの部屋じゃん」

…近藤さんの部屋にいるのもここにいるのも、大して差は無くね?

 

「まあ、いっか」

 

 

とりあえず備え付けられていた扇風機を回して、仕方なく書類整理をすることにした。

私の視界は、灰皿と散らばった報告書と空模様の団扇。

…土方さんが帰ってくるまでにこの団扇に落書きしてやろう、なんて思いながら書類に手をかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

視界に映るは







(「トシの奴、ありゃきっとヤキモチだな…。ははは、男に対しても女に対しても苦労が絶えんなアイツは」)

 

 

 

 

あとがき

夏っぽいお話というか、私が暑さに耐えられなかったときに書いたお話。

近藤さんはみんなのお父さんです。

2011/07/10