今、俺の目の前にはふわふわしたいかにもお嬢様…いや、お姫様な笑顔を浮かべた女がいる。
本日の万事屋への依頼人だ。
そんなお姫様、こいつの名前は――。
「社会、見学?」
「はい。ずっと部屋で勉強勉強の毎日にも疲れてしまいまして」
まいった。
なんで今日に限って、新八も神楽もお妙と一緒に旅行中なんだよコノヤロー。
「一週間、両親に頼み込んで二日間、城下へ出歩くことを許してもらえたのです」
「あーそう、そらよかったな」
「ですがいざ町に出てみると右も左もわからなくて。そういう時は万事屋さんへ行けばよいと教えていただいたのです」
誰だ、そんなめんどくせーこと言った奴。
「かぶき町はお姫様にとっちゃ生き辛いところだぞ。帰ったほうがいいんじゃ」
「嫌ですっ!!」
驚いた。
思わず言おうとしていた言葉が止まっちまうくらい、驚いた。
「あ…ご、ごめんなさい。二日間だけ、ですから…どうか、城下のご案内をお願いいたします、銀時さん」
そう言ってお姫様、は頭を下げた。
それから丸一日、城下町を案内というか、流されるままに歩き回った。
本当に何もかもが初めて見るものだったらしく、は行く先々で目をきらきらと輝かせていた。
そして日も暮れた頃。ひとつの問題が浮かび上がった。
「…泊まっていきたい、っておま、正気か!?」
「駄目でしょうか?今日はたくさんの新しいものが見られました、その感動をまだ覚ましたくないのです」
いやいやいや。
温室育ちにもほどがあるだろうが。
「あー、うん。あのな、、泊まるって言ってもここは旅館じゃねーんだから、ほら、色々困るだろ」
「大丈夫です銀時さん、私お布団くらい敷けますよ」
そうじゃねええええ!そういうこと言ってるんじゃねえよ!
引きつりそうになる顔をなんとか標準に保ちつつ、何を言っても聞かなさそうなをとりあえず風呂に連れていった。
俺の着物を寝巻き代わりに使うように言って、風呂の扉の前に置いておいた。
思ったよりもが風呂から出てくるのは早く、「お先に失礼しました」と言って和室へ行ったを目で追う。
あいつ、城下町散策よりもっと他の社会勉強したほうがいいんじゃねーのかと思いながら俺も風呂へ向かった。
「…で、何、これ」
「お布団を敷いておいたのですが…何か間違っていましたでしょうか?」
「間違ってるって言えば間違ってるけど、ある意味合ってるっていうか…」
半乾きの髪をかきながら、もごもごと口ごもるとは首を小さく傾げた。
首傾げたいのはこっちだァァァ!
なんで布団二枚並べて敷いてんだァァァ!ラブホじゃねーんだぞここは!!
「ごめんなさい、敷き方が間違っていたなら直しますから、教えてください」
「いや、敷き方は合ってるけど…」
場所だろ、問題は。
しかしどうやって説明をしようか、と悩んでいるとは申し訳なさそうな顔のまま、ぽつりと口を開いた。
「本当に…私は、何も知らないのですね」
「………」
何も知らないわけじゃない。きっと、俺が知らないことをこいつは知ってて、俺が知ってることを知らないんだ。
「ですが、知らないことをこんなにも知りたいと思ったのは初めてです」
ぱっと顔を上げて、ふわりと笑う。
「また明日も、よろしくお願いいたします、銀時さん」
「お…おう」
窓から差し込む月明かりに当たったは、本当に、お姫様に見えた。
ぱちん、と電気を消して布団に入る。
しばらくして隣からは小さな寝息が聞こえてきた頃に、やっと俺にも睡魔が襲い掛かってきた。
薄く開いていた目を閉じる。
うん、よし、これならいつもと変わらねえ。
「………?」
なんか、腕に布団じゃないものの感触がある。
閉じていた目をゆっくり開けると、の手が遠慮がちに俺の腕に添えられていた。
何してんの、この子。食われたいわけ?
まあ銀さんはそういうことしませんけどね!そんな脆い理性、じゃ、ねーん、だから、な!
とは言ってもずっとこのままでは俺が落ち着かない。いや別に変な気になるとかじゃねーから。
誰に言い訳してるのか分からないが、とりあえずに背を向けるようにして横になる。
するとぴたりと背中に人の温もりが張り付いたのが分かった。
…だぁぁぁかぁぁぁらぁぁああああ!!!
どうしろっつーんだ、俺にどうしろっつーんだこいつは!!!
首だけ後ろへ向けるように回してみるが、よほどぴったりくっついているのかの顔は見えない。
駄目だ、俺やっぱ居間行こう。そうだよ、最初からそうすりゃよかったんだよ。
そっと布団を抜け出そうとすると、小さな声が耳に届いた。
「……あった…かい…」
「……」
心の中で盛大にため息を吐いて、俺は布団に戻って再び目を閉じた。
ジリリリリと鳴る目覚まし時計を俺が叩き壊した音で、も目が覚めたようだった。
「ん…あ、おはようございます、銀時さん」
「うん。おはよう」
ゆっくりと起き上がったに続いて俺も起き上がる。
「あれ、銀時さん、隈できてませんか?」
「………」
誰のせいだと、思ってんだ。
「隈じゃねーから。気にしなくていいから、それより今日はどうすんだよ」
「ええと…どうしましょうか」
てきぱきと布団を畳んで俺の前に座って、昨日みたいに首を傾げる。
「じゃあ、目覚まし時計買うの付き合え。それも社会勉強だろ」
そう言うとは嬉しそうに「はいっ」と返事を返した。
昨日と同じく、城下町を歩き回って日も沈みかけてきた頃。
俺らはの家っつーかむしろビルじゃねえのこれ、って建物の前に来ていた。
「二日間、本当にありがとうございました。とても、とても楽しかったです!」
「そりゃよかった」
そう言うとの後ろからいかにも護衛、みたいな奴が早く家へ戻るようにを促した。
「あの、銀時さん」
くい、と俺の着物を引っ張っては俯きかけていた顔をぐっと上げて、笑った。それも、泣きそうな顔で。
「この二日間のこと、絶対、忘れません。…銀時さんのことも、忘れません」
「…ああ」
俺だって、こんな世間知らずなやつを忘れられるわけがねえ。
けど、それを言うには場所も身分も何もかもが相応しくなさすぎた。
「……は、どうしたい?」
「え?」
ゆらゆら揺れるの目を見ながら、俺は言葉を続ける。
「…お前はたった二日で、社会勉強終えていいのか?」
ぽかんとしているを見ながら、俺も自分に驚いていた。
「……、です」
ぎゅ、と俺の着物を握る手に力がこもる。
「いや、です…もっと色んなことを知りたい、町のことも、銀時さんのことも…っ!」
「姫様っ!?なりません、早くお戻りに…」
そう言って伸ばされた護衛の野郎の手がの腕を掴む前に、俺がの腕を引く。
そのまま担ぎ上げるようにして、その場から後退する。
「言ったな!延長料はしっかり貰うぞ、!」
「…ぎ、んときさん…っ!はいっ、わかり、ましたっ…!」
笑って何度も頷きながら、俺の首に腕を回す。
しっかり掴まってろと耳打ちして、の家の奴らから逃げるようにかぶき町を走り抜けた。
見上げた先のの笑顔は、今までで一番きれいで、見惚れるほどだった。
はこの町を、俺を知りたいと言うけれど。
悔しいけど、俺だって同じなんだよ。
もっと教えて
(「とりあえずはもう少し保健体育的なものを学ぶべきだろうな」「え、私一応それも学びましたよ?」「………」)
あとがき
アンケートから頂いたネタで勢いに任せて書いたお話です。久々におっとりヒロインが書けて楽しかったです!
銀さんの心の葛藤を楽しんで頂けたらいいなあと思っております。
「延長料」であって、「延長料金」ではないあたりがちょっとしたポイントだったり。
2011/08/11