時代は攘夷戦争の真っ只中。

白夜叉だの何だのと言われ、知らぬ間に天人からも人間からも恐れられる存在となった俺は、今。

 

ただの迷子だった。

 

 

布陣の位置を示した手書きの地図通りに歩いてたはずなのにたどり着けないのは俺の所為じゃない。絶対。

あのもじゃもじゃのせいだ。絶対そうだ、俺、悪くない。

 

腕や足の傷の痛みも麻痺してきた頃、ぽつんと建つ一軒の小屋を見つけた。

…まだ、神様にまでは嫌われてなかったか。

 

 

 

ギギギ、と建て付けが悪そうな音を立てて開いた戸。

埃っぽいことを覚悟していたものの、中は意外と綺麗だった。

戸と同じく歪んだ箪笥に布団、そして…えらく白い女。

 

「え、ちょっうおおおお!?」

ザッと思わず一歩退る。

俺のそんな反応を見て、目をぱちぱちと瞬かせている女は、俺の顔から視線を腕へずらす。

 

 

「怪我、してるの…?」

ちょっと待って、と言った声は俺が日ごろ聞いてる声よりも遥かに小さかった。

 

 

 

 

 

 

箪笥から塗り薬や包帯を引っ張り出してきたこいつはすぐに俺の怪我の手当てを始めた。

どうせ帰る道も分からないことだと思って、おとなしくその場に座り腕を出した。

 

「なあ。お前、誰の手当てしてんのか分かってんのか?」

「えっと…ええっと…あ、お侍、さん?」

今絶対こいつ俺の刀見た。

おかしいな、白夜叉って既に有名になってると思ってたんだが…やっぱ一般人には届いてねーか。

 

 

「まあ間違ってはねーけど。…天人も人間も、殺した男だぞ。怖くねーのかよ」

分からない、とでも言うように首を傾げる。

…そーか。そういうのとは無縁の生活を送ってたのか。

 

日も暮れてきたし、これからどうするかと窓の外を見て、ふと思う。

何で誰も帰ってこねーんだ?

 

 

「お前、ここに一人で住んでるのか?」

「うん。わたし、病気らしいの。人にうつっちゃうことは無い、ってお医者様は言ってたけど…念のために、って」

厄介払い、されたか。

 

「もともと体が弱くて…周りに迷惑かけちゃうよりは、ここの方がいいと思ったの」

その言葉で納得がいく。

こいつが妙に白い肌をしていること、そして声も近くにいないと聞こえないくらい小さいこと。

 

 

 

放っておいたら消えてしまいそうな儚さだが、俺にもやることがあるし行かなきゃならねー場所もある。

まあ死ぬような病気ではないようだし、俺にできることも無いだろう。

手当ての礼だけ言って、小屋を出ようとしたが、くいっと袖を引っ張られた。

 

 

「歩いちゃ、だめ。足の怪我…もっとひどくなっちゃうよ」

「大丈夫大丈夫。侍はこんなくらいの怪我、平気だから」

そう言っても離れない手。

まあ、まったくと言っていいほど力なんて篭ってねーから振り払えないこともないが、それをするには恩がありすぎる。

 

 

「ここ、使っていいよ」

 

 

 

 

 

結局振り切ることはできず、そのままこの病弱少女、の家っつーか小屋に居座ることになった。

どうやらずっと医者としか口を利く機会がなかったらしく、俺に色々な話をしてくれと言ってきた。

俺ができるような話は血生臭いものばかりだったから、逆にのことを聞いた。

 

 

一週間に一度くらいの頻度で医者は様子を見に来るらしい。

それまでは自分で朝昼晩と煎じた薬湯と医者に貰った薬を飲んでいるとのこと。

見た目どおり食も細く、そんなんじゃ病気治らねーぞと言いながら寝食を共にすること3日。

 

 

 

 

 

「薬草を、採りに行く?」

「うん。だから、少し待っててほしいの」

よたよたと歩きながらは戸を開ける。

 

「いやいやいや。お前ちょっと待てよ、そんなよろよろして外出たら危ないだろ」

「大丈夫だよ、いつもやってることだから」

何でもないかのように笑って俺の足を見てから視線を合わせて、動いちゃだめ、と相変わらず小さな声で言った。

俺の足はそこまで酷い状態じゃねーっつの、と言ってもからすれば大怪我に値するものらしい。

 

 

「ったく…このあたりだって危ないんだからな。何かあったら叫べよ」

「うん。じゃあ、行ってくるね。んー…10分くらいで戻って来れると思うから」

 

ギギイ、と音を立てて戸が閉まる。

急に静まり返った部屋に、小さな時計の秒針の音だけが妙に響いていた。

 

 

「何、やってんだろな、俺」

あいつらは今、何をしてるんだろうか。まあ心配はしてねーだろうけど。

綺麗に包帯が巻かれた手を見つめる。

 

俺は、こんな風に優しくされるような資格はとっくの昔に無くなったはずだ。

そう思うのに、ここから離れなきゃならないのに。

 

 

小さくため息を吐いて壊れかけている時計を見ても、まだたった3分しか経ってなかった。

…早く、帰ってこねーかな。

目を閉じるとあいつの消えそうな笑顔と、俺の名前をどこか恥ずかし気に呼ぶ声が頭に浮かんだ。

 

……そういえば。

「叫べって言ったけど、でかい声出ねーよな。あいつ」

 

 

 

 

 

刀を腰に差して小屋を出る。

10分で戻るっつってたし、そう遠くへは行ってないはずだ。

 

辺りを見回しながら歩いていると、人より明らかにでかい図体の生き物が見えた。

くそ、こんなとこにも天人、が……。

 

「な…っ!?」

でかい図体にしか目がいかなかったが、その目の前。

絶対にそこにだけはいて欲しくないと思ってた奴が、そこに座り込んでいた。

 

 

ッ!!!」

足の怪我なんか頭になかった。

 

走りながら刀を抜き、その勢いでに天人の手がかかる寸前に斬り捨てる。

俺のものじゃない赤色が、辺りに飛び散った。

 

 

 

「ぎんちゃん…?」

背中の方で聞こえた掠れた声で、はっと我に返る。

ギリッと歯を軋めて、刀についた血を振り払って鞘に収める。

 

 

「分かっただろ。俺はお前とはまったく違う生き方をしてんだ」

こんなもん目の前で見て、怖くないわけがねえ。

 

「だから、もう俺に構うな」

静まり返ったその場に俺の声だけが響く。

聞いてんのかこいつは、と思いながら視線を少しずつがいるであろう方向へと向けていく。

 

 

 

「…どうして?」

たった一言だった。それも、まさかの疑問の声。

「どうしてって、おま、今の見ただろ!?俺が怖くねーのかよ!」

そう言うとはぎゅっと胸元を握り締めるようにして、ふわりと笑った。

 

「んーと…わたしが死ぬのも、誰かが死ぬのも怖いけど…ぎんちゃんのことは、怖くないよ」

「………」

「助けてくれた、ぎんちゃんの、こと…怖いわけ、ない、よ」

 

恐れられるしかなかった、それなのに、こいつは俺を怖くないと言う。

嘘でも強がりでも何でもないんだろう。

 

 

「だから、そんな、辛い顔、しない、で?」

「……っ…」

消えそうな声なのに、すっと俺の中へと響いてくる。

なんでこいつは、俺よりもずっとずっと弱いくせに……ってちょっと待て。

 

 

「なんでお前、そんな途切れ途切れの声しか…出て、ねーんだよ…?」

しゃがみ込んでと視線を合わせる。

その顔はいつも以上に白く、息も浅く早い。

 

「ひ、さしぶりに、走ったら、苦し、くて…」

でも大丈夫、と言うがそんなもの当てにならない。

 

 

「そういうことは早く言えよ!くそ、さっさと戻って横になってろ!」

叫ぶように言ってに伸ばしかけた手をぴたりと止める。

だめだ、俺の手じゃ、こいつには触れられない。触れちゃ、いけない。

 

 

なんだよ、怖がってんのは俺の方じゃねーか。

 

 

 

宙で止まったままの俺の手に、少し冷たい手が控えめに触れる。

びくりと無意識に手が震え、手を引っ込めようとする寸前。

 

「だいじょうぶ、だから…すぐ、治るから」

 

 

行かないで。

その声を聞いたとき、初めてが泣きそうな顔をしているのを見た。

 

触れても、いいのだろうか。

俺みたいに天人も人間も殺した感触を知っている奴が、こんな綺麗なやつに触れていいのだろうか。

 

 

、俺が、そばにいてもいいのか?…俺で、いいのか?」

 

じっとの目を見て、震えそうになる声をなんとか凛とさせて尋ねる。

肩を揺らして息を整えながら、はきょとんとした後、やっぱり綺麗に笑って言った。

 

 

「ぎんちゃんが、いいな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

優しいあなた









(「そういやその薬草、何に効くんだ?」

「んーと…この辺がね、痛くなくなるの。こころが落ち着くんだって。ぎんちゃんにこれでお茶淹れてあげるね」)

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

アンケートから頂いたネタで勢いに任せて書いたお話です。病弱っていいですよね!←

まだ若いのであんまり周りがちゃんと見えてない銀時さん。ヒロインとは違った意味でちょっと病んでます。

2011/09/03