春雨第七師団で働く私の仕事はあんまり定着しておらず、今日は武器庫の掃除だった。

正直あそこ入りたくもないんだけどなあ、とヘコむ気持ちを顔に出さないようにして武器庫へ向かっていた。

 

すると、目の前を綺麗な桃色のウエーブがかかった髪をした人が歩いていた。

ごしごしと目をこすってもう一度良く見る。

 

 

まさか、まさかこの第七師団に私以外の女の人がいたなんて!

しかもあれは人間っぽい!狼とか恐竜とかそういう天人じゃなくて、普通の人っぽい!

これは声をかけるしかないだろう。

よし。、いきます!

 

 

 

「あのっ、お、お姉さん!」

 

なんだかナンパみたいな声のかけ方になってしまった。

しょうがないよ、だってここで女の人見たことないんだもの。テンションくらい上がっちゃうよ。

ふわりと綺麗なウエーブのかかった髪を揺らし、その人は振り返る。

 

 

 

 

「は?何言ってんの、

その声は予想よりも低く、というか完全に知ってるひとのそれだった。

 

 

 

「最悪です神威団長!!!今日という今日は、もう…もうっ、最悪です!!」

なんてことだ。

ガッカリにも程がある。

やっとこの第七師団で女の人に出会えたと思ったのに!ガールズトークができると思ったのに!

 

 

「なんなんですか!私の希望を、期待を返してくださいいいい!」

「意味が分からないんだけど。仕事しすぎて頭おかしくなった?」

誰がその仕事を与えていると思ってるんですか。

 

 

「くっ…なんで神威団長、髪下ろしてるんですか!」

悔しいほどにふわふわした綺麗な髪を指差して言う。

 

「仕方ないだろ、ゴム切れちゃったんだから。あ、何か縛れるもの持ってない?」

「もう神威団長なんて輪ゴムでいいです。靴紐でもいいですよこんちくしょー」

「いつにも増して口が悪いね。誰に向かって言ってるの?」

ぞわりと背筋が冷えた。

くそう、今日はこんなとこで引き下がってあげないんですからね…!

 

 

「わ、私の希望と期待を奪った罪は重いんですからね!」

「だからその意味が分からないんだって。ちゃんと説明しないとを締め上げるよ」

バキッと指の関節を鳴らす神威団長から少し距離をとる。

 

 

「女の人に、会えたと思ったんです。ここに来てからずっと女の人と喋れてなかったから、嬉しかったんです」

「ふーん」

聞いておいて興味なさそうにしている神威団長を殴り飛ばしてやりたい気持ちをなんとか抑えた。

実際やらかしたら、100倍くらいにして返されそうだから絶対にやらない。

 

 

「男に囲まれてるのは嫌なの?そういうシチュエーションって女的には嬉しいんじゃないの?」

「二次元と現実は違いますからね!女孤立するのって結構怖いんですからね!とくにここでは!」

ここには私なんて軽くひねり殺せそうな男と天人ばっかりだ。

その筆頭は今私の目の前にいる人なんだけど。

 

 

「せっかく綺麗なおねーさんとお知り合いになれると思ったのに…!」

「しつこいなあ。それより、俺も早くこの髪なんとかしたいから何か縛れるもの持ってないの?」

ううっ、とポーズだけ泣いてみたけど神威団長はまったくもって気にしないまま髪ゴムを要求してきた。

 

「じゃあさっきまで書類を留めてたこの輪ゴムを…」

「ほんとに輪ゴムしかないわけ?」

神威団長は、ばしんと拳骨にした右手を左手の平に打ち付ける。

だめだ、輪ゴム渡したら最後私の命はない。

 

 

「ごめんなさい、私のやつを貸しますから。明日、ちゃんと返してくださいよ」

「はいはい」

適当な返事だなあ、と思いつつ腕にはめていた髪ゴムを外す。

 

「そういえば神威団長って、その髪自分で編んでるんですか?」

「ん?そうだけど」

後ろで三つ編みするのって結構大変なんだけど…神威団長って意外と器用なのかな。

第七師団で働くようになってからは着てないけど、前は着物の帯結ぶの大変だったなあ。

 

 

なんてことを考えているうちに神威団長の髪はいつも通りの三つ編みになっていた。

「え、早っ!」

「毎日やってればこれくらい何て事ないよ」

 

ぽかんとしていると、ふとさっき考えていたことが口から零れた。

「神威団長って…意外と器用なんですね…」

「意外ってどういうことかな」

にっこりと笑う神威団長からスッと視線を逸らす。

なんでいちいち、こうも迫力があるんだこの人は。

 

 

「でも、がそんなに女に飢えてるとはね」

「その言い方やめてくれませんか。私にそっちの趣味があるみたいじゃないですか」

女の人は好きだけど、そういう類の好きではない。

 

「まあ、呼んであげてもいいけど…」

顎に手を当てて、少し考える素振りをしながら神威団長は呟いた。

「え、ほ、ほんとですか!?」

「うん、まあ…」

そこで言葉を切り、私の目をじっと見て、言う。

 

 

「連れてこられるとしたら、天人の女だけど。地球人なんて弱すぎてここじゃ生きられないし」

「………」

 

ちらりと通りすがった宇宙人みたいな天人たちを見る。

ええと…それはもう、女の人というより…生物学上女なだけで、私がしたいことは叶わない気がする。

っていうか私、地球人ですけど。生きてますけど、ギリギリで。

 

 

「それでいいなら、考えてもいいよ」

「……いえ、私ももう少し頑張りますから、これ以上天人増やさないでください」

「そう?まあめんどくさいことに変わりないから諦めてくれた方が助かるけど」

そう言って憎たらしいほどに、にこにこと笑う神威団長。

 

 

「で。君はどこか行く途中だったんじゃないの?」

「あっ、しまった武器庫の掃除に行く途中でした…!」

急がないと今日中に掃除しきれないかもしれない。

 

 

「それじゃ、私は失礼します!ちゃんと明日そのゴム返してくださいね!」

「はいはい。掃除がんばってねー」

ひらひらと手を振る神威団長に一応お辞儀してその場を後にする。

 

ふと頭に浮かんだ髪を下ろした神威団長の後姿をかき消すように首を振った。

悔しいけど、綺麗だったな。

神威団長が女の人だったら……いや、それは困る。色々…困る。

 

 

なんてことを考えながら掃除をして、うっかり怪我をしたのを阿伏兎に知られて呆れられるのはもう少し後の話。

 

 

 

 

 

 

 

女子禁断症状









(「地球人の女、ね。死なないように見張っておくのは一人で十分だ。他の女なんて、俺はいらないよ」)

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

団長の髪ほどいたらすごいことになりそうだなーと思った結果。

ぶっちゃけ第七師団で比較的安全なの阿伏兎くらいだと思う。

2011/10/02