ここは江戸にある病院の個室。

窓から入り込む風が私の髪を揺らしていく。窓から見える木が揺れる音をかき消すように、病室の戸が開いた。

 

「よォ。思ったより元気そうじゃねーか」

「あれ…銀さん、どうしてここに?」

真っ白の戸を開けて入ってきた人、銀さんは片手に持つ見慣れた和菓子屋の袋を見せ付けるように少し前に出す。

 

 

の仕事先で聞いてきた。看板娘がいねーってのは気になるだろ、常連としてさ」

銀さんはうちの和菓子屋の常連さん。

ときどき顔を出しては私に話しかけてくれて、和菓子を食べて帰る。

うちの店が和風パフェ、なんてものを考え出したのはきっとこの人のせいだ。

 

 

「まさか入院してるとは思ってなかったけどな」

「じゃあ何だと思ってたんですか?」

「まあ、ほら…アレだろ。も年頃だし」

結婚、とか。

窓の外へ視線を移して銀さんはさっきよりも小さな声で言った。

 

 

「それこそ、ありえませんよ。大体、付き合ってる人だっていないんですもん」

「え。うっそ、マジかよ。ぜってー店の客にお前狙ってきてる奴いるぞ」

銀さんはガタガタと折りたたみ式のイスを引っ張り出して、ベッドの横に置いて腰掛ける。

そのまま和菓子屋の袋を開けて、中のものを取り出す。

 

 

「あー…食べ物とか、制限されてたりするか?」

「いいえ、大丈夫ですよ」

そう言うと銀さんは私の手に、うちのお店自慢のどら焼きを乗せた。

 

「じーさんが言ってたぞ。うちの和菓子は医者の薬より効くって。そりゃねーだろって言っておいたけどな」

「ふふ、そうですね。もし本当なら、銀さんは絶対病気しない体になりそうですもんね」

「あ。確かに」

豪快にどら焼きに噛み付く銀さんと、少しずつ頬張る私。

そういえば、一緒に食べるのは初めてかもしれない。

 

 

「なあ、

「はい?」

ぺろりとどら焼きを食べ終えた銀さんは指についた粉を舐め取る。

 

「お前さ、好きな奴とかいんの?」

うーん、と声を零しながら頭の中で知ってる人の顔を巡らせる。

 

「好き…ですか。私、あまり男の人の友達はいなくて…」

「じゃあその友達の中の一番は?」

なんでそんなことを聞くのだろうかと思いながら、どら焼きの最後のひとかけらを飲み込み、銀さんの顔を見る。

 

「…一番、たくさん喋ったのは銀さんですね」

「そりゃまた光栄なこって」

袋から取り出した三食団子を食べながら少し驚いたように言って笑った。

 

 

「…だったらさ、俺の女にならねぇ?」

 

ひゅ、と息を吸い込んだまま、呼吸が止まるかと思った。

真剣な銀さんの目に、少しだけ困ったような顔の私が映る。

「あ…あの、私…」

「嫌か、嫌じゃねーか。それで答えて」

布団の上で握り締めた手が、銀さんの手に包まれる。

 

 

「嫌じゃない…です。でも、私」

「んじゃ今日からは俺の女な。よし、今からちょっと和菓子屋戻って客に思いっきり自慢してくるわ」

そう言ってイスを片付け始めた銀さんの着物の袖を掴む。

 

「ちょ、ちょっと待ってください、あの…」

「なあ

私に続きを言わせないように銀さんは絶妙なタイミングで言葉を切ってくる。

「明日デートしようぜ。どこ行きたい?」

「………」

 

 

もしかして、知っているのだろうか。

私があと数日しか、生きられないことを。

 

 

「…外に…出たい、です。空が見たくて」

「空?こっからでも見えるだろ」

「いえ、もっと広い空が見たいんです。ここじゃ、真っ白の天井ばかりですから」

天井を指差して言うと銀さんは少し考えるようにして、ぽんと手を打った。

 

「わかった。超いいとこ探して明日迎えに来るから、待ってろよ」

はい、と返事をすると銀さんは静かに戸を開けて、手を振って帰っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日、銀さんは近場ですげーいいとこ見つけた、と笑いながら病室へ入ってきた。

本当は外出禁止なのだけれど、ちょっとくらいバレねーって、と言いながら私の手を引いて病院を抜け出した。

 

連れてこられたのは、病院のすぐ裏。

 

 

「わあ…すごい、綺麗な草原…」

「だろ。表から見るとフツーにかぶき町だけど、ちょっと裏に回るとド田舎になるみてーだな」

手の加えられていない自然の草原、そして綺麗な青空。

 

 

「すごい、すごいです!銀さん、ありがとうございます」

「どういたしまして。やっぱはそうやって笑ってんのが似合うな」

ぱちぱちと目を瞬かせて少し俯く。

今日の銀さんはどうしたんだろう、そんなことを言われると、顔が熱くなる。

 

 

「…

銀さんが私の名前を呼んだとき、少し強い風が吹いて草がざあっと音を立てた。

すう、と息を吸って銀さんは私の目をじっと見る。

 

 

「俺、坂田銀時は」

風の音に負けない、凛とした声が響く。

 

「健やかなときも病めるときも、どんなときも側でを守り、支え、愛することを誓います」

 

見開いた目頭が、熱い。

ぎゅっと手を握り締めて呼吸する。

 

 

「あなたは、健やかなときも病めるときも、えーと、どんなときも銀さんを助け、未来永劫愛することを誓いますか」

 

途中で言葉が詰まっていたのも銀さんらしいなと思って少しだけ笑顔になる。

「…早く、返事しろよ」

銀さんも色々限界なのか、頬が赤い。

 

 

「…はい、私、は、これから先、どんなときも、ずっと、あなたを、愛します…っ」

ぽろりと一粒零れ落ちた涙が頬を伝っていく。

それは地面に落ちる前に、ぎゅっと抱きしめられた銀さんの着物に染み込んでいった。

 

 

「言ったな?絶対だぞ。ここからお前のほうが先にいなくなっても、浮気禁止だからな」

「銀さんこそ、私がいなくなったからって、再婚したら私もむこうで次の旦那見つけちゃいますからね」

「未来永劫愛するっつっただろうがコノヤロー」

しばらく触れていなかった人の温もりに、涙腺が緩む。

ああ、こんなにも、銀さんは温かかったんだ。心も体も、全部。

 

 

 

「泣くにはまだ早いぞ。ほら、最後のアレが残ってんだろ」

「あれ…?」

 

 

俺としてはこっちがメインイベントなんだよ、と言ってそっと重なる私と銀さんの唇。

同時に私の左手の薬指に見えたのは、草で編んだ指輪だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

72時間の花嫁









(「ばーか、お前は一生俺の嫁なんだよ。…いつか、追いかけて捕まえてやるからな。待ってろよ」)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

めずらしくタイトルが先に決まったお話。そして相変わらず金欠な万事屋。

銀さんの台詞が恥ずかしすぎて手が拒否しすぎてタイプミスしまくった思い出のお話です。(ぁ

2011/10/29