かぶき町もまだ静かな早朝、万事屋銀ちゃんの階段を上る静かな足音がひとつ。
少女は肩から下げた鞄からがさりと紙束を取りだし、そっと万事屋の郵便受けへとそれを入れかけた時。
がらり、と玄関がゆっくり開いた。
「…おはようございます、坂田さん」
「今日も御苦労だなァ。ふああ、よくこんな朝早くから仕事できるなお前」
遠慮なくあくびをしながら少女のもつ紙束、今日の新聞を受け取る。
「坂田さんこそ、毎朝早いじゃないですか」
淡々とそう言って頭を下げる。
「おいおい、もう行くのかよ」
「はい。まだ、配る先がありますので」
一段ずつ階段を降りていく彼女、の背を見ながら銀時は近所迷惑にならない程度の声音で言う。
「お前、朝からその仏頂面はひでーぞ。もうちょっと愛想よく配りにこいよな」
「……努力します」
ほんの少しだけ振り返って言った彼女の顔は、やはり笑顔なんてものではなかった。
「だから、もうちょっと笑えっての。…ふああ…もう一回寝なおすか…」
そんなやりとりを、もう何度繰り返したのか。
雨の日も、晴れの日も、いつでも銀時は新聞を直接受け取っていた。
それが崩れた、ある日。
「………」
は万事屋の前で新聞を手に、玄関が開くのをほんの少し待っていた。
いつもなら測ったかのようなタイミングで現れる銀時が今日は出てこない。
まだ、配る先は残っている。ここで止まっているわけにはいかない。
郵便受けに入れた新聞が、小さくかさりと音を立てた。
翌日。はまた万事屋の階段をのぼり、玄関の前でぴたりと足を止めた。
がさりと鞄から新聞を出し、郵便受けへとそれを伸ばす。
「そっちじゃなくて、直接貰うわ」
朝の気だるさが抜けていない声が、玄関の扉越しに聞こえ、その壁が取り払われる。
「よっ。おはよーさん、。今日も早ェのな」
「…おはようございます」
ぽす、と新聞を手渡す。
「今日はまだ行かなくていいのか?」
相変わらず会話の途中にあくびをはさみながら銀時はに尋ねる。
「…昨日、何かあったんですか」
「は?」
の返答は銀時の質問の答えではなく、問いかけだった。
「あー、昨日な。ちょっと仕事があって、別のとこに泊まりに行っててよ。なに、心配でもしてくれたの?」
にやにやと笑いながら銀時はの顔を覗きこむ。
「いえ、少し……いつもと違うと調子が狂うだけです」
すっと銀時から視線をはずし、それだけ言っては万事屋の階段を降りて行った。
「調子が狂う、ねえ。…俺だって向こうで意味もねーのに早起きしちまったっつーの」
次の家へと新聞を届けに走るを眺めながら、銀時はぽつりと呟いた。
それから何日か、銀時はやはり毎朝から新聞を受け取っては二言三言会話をしていた。
「お前まじすげーよな。なんでそんな毎日早起き出来んの?」
「坂田さんだって、毎朝起きてるじゃないですか」
今日の新聞を受け取って銀時は玄関に凭れるようにして立つ。
「俺は二度寝してるけど、お前ぜってー寝てないだろ。大丈夫なのか?」
「大丈夫です。早めに寝てますから、睡眠時間はきちんととれてます」
淡々と言う彼女に、銀時は相変わらずだなと思いながらあくびをする。
「…あれから、考えたんです」
ぽつりとがそう切り出した。
「坂田さんに朝会えなかった日…少しだけ、調子が狂ったような気がした理由がわかったんです」
が言うのは、銀時が仕事で外泊していた時のこと。
ああ、と銀時は相槌を打っての言葉を待つ。
「私が毎朝早起きして頑張ろうと思うのは、きっと坂田さんのためです」
「俺の、ため?」
銀時は自分を指差して小さく首をかしげる。
「はい。…私、こうやって毎朝坂田さんと話せるのが、楽しいんだと思います」
そう言っては、初めて銀時の前で笑った。
次の配達先へ行かなくてはいけませんので、と言って階段を降りて行ったを目で追う。
「…まじかよ」
顔に熱が集まるのを感じながら、銀時はにやける口元に手を当てる。
「やっべ、なんかもう、今日は二度寝できそうにねーや」
朝の一言から始まるもの
(明日は、坂田さんじゃなくて、銀さんって呼んでくれって言ってみるか。)
あとがき
アンケートから頂いたネタを基に書いたお話です。ヒロインのために早起きしてた銀さん。
朝の新聞配達なんて私には絶対できない出会い方です。(ぁ
2011/11/12