ラジオから流れる曲をぼんやりと聞きながら、コンビニのレジに立つ。

入り口の戸が開くたびにいらっしゃいませ、と声を出すのが日々の仕事。

 

でも、今はそんな単調な仕事に少しだけ楽しみがあった。

 

 

あれは確か、先週の火曜日。真選組の隊服を着た男の人が店に来た。

同じバイト仲間の友達は、真選組って変わってる人が多くてどうも苦手だと言っていた。

私はその日まで真選組の人とは関わったことが無かったため、少し緊張しながらレジに立っていた。

 

 

あんぱんとペットボトルのお茶を持ってレジに来たその人の見た目は、友達が言うほど変わってはいなかった。

いやでも、ものすごく無愛想とか…そういう類の人かもしれない。

なんて思いながらレジの応対をして、会計を済ませる。

 

「お買い上げありがとうございました」

そう言って商品をレジ袋に入れて手渡す。

 

「ありがとうございます」

にこりと柔らかい笑みを浮かべ、商品の入った袋を手に少し会釈をしてその人は店の戸に手をかける。

 

 

「ま、またのご来店をお待ちしてます!」

思わずレジから身を乗り出してそう叫んでいた。

他に客がいなくてよかったと思ったのは、この時が初めてだったと思う。

 

 

 

 

 

それからというもの、あの人がまた来ないかどうか毎日気になってたまらなかった。

入り口の戸を眺める日が続き、先週の土曜日にまたその人は店にやってきた。

 

相変わらず隊服ってことは…土曜日も仕事なんだろうか。

大変なんだな、なんて思いながら私はそばにあったメモを取り、レジカウンターの下でペンを走らせる。

 

 

会計の時、あの日と同じようにあんぱんを買っていったその人のレジ袋にこっそりとそのメモを忍ばせた。

お仕事お疲れ様です。と一言だけ書いて。

 

おつりと商品を受け取る時、また優しい笑みを浮かべたその人が店を出て行った後、小さく安堵の息を吐いた。

「…やってからなんだけど…恥ずかしいことしちゃったなあ…」

でも、今日レジ担当しててよかった。

 

 

 

 

 

そして、一週間。

その人は今日もあんぱんとお茶を手にレジに並んでいた。

 

 

先週のメモのこともあり、少し緊張しながらおつりを渡す。

するとその人は私の手を軽く掴むようにおつりを受け取り、にこりと笑った。

 

「ありがとう、さん」

「えっ?」

 

 

急に名字を呼ばれて間抜けな声を上げてしまった。

ぽかんとしていると、その人は悪戯っぽい笑みを浮かべてそっと私の胸元の名札を指差す。

 

「じゃあ、また」

そう言って去って行ったその人の背中を呆然と見て、はっと我に返る。

その時自分の手からくしゃりと紙がよれる音が聞こえて視線を手元に移す。

 

 

さんも、お仕事お疲れ様です。山崎、と綺麗な字で書かれた紙の切れ端。

おつりを受け取った時に握らせられていたらしい。

 

でもこれ、下の方に提出用用紙って印刷してあるんだけど。大丈夫なのかな。

 

 

 

 

 

それからというもの、山崎さんはお店にくる度にメモを握らせていってくれた。

私も返事を準備してレジ袋にこっそりと入れて、そんな小さな文通が続いた。

 

あんぱん、お好きなんですか?

好きじゃないよ。でも、張り込みって言ったらあんぱんでしょ。

それはそうかもしれませんけど。あ、たまにはメーカー変えてみたらどうです?

そっか。それくらいなら、してもいいかも。

 

 

そんな他愛もない一言文通。

いつの間にか山崎さんは私を名前で呼ぶようになった。といっても紙の上だけど。

 

 

何度目かの文通を繰り返し、丁度あの火曜日から一カ月たった昨日。

私はメールアドレス、教えてもらえませんか?という内容のメモを折りたたんで袋に入れた。

 

 

 

今日も店に来た山崎さんに、どきどきしながらも普通の声のトーンで「いらっしゃいませ」と声を出す。

店内を周って、あんぱんとお茶をセットでレジに持ってきた山崎さんにいつもと同じようにおつりを渡す。

 

 

「ありがとう」

にこり、と笑った山崎さんの顔がいつぞやと同じで少し悪戯っぽいような印象を受けた。

山崎さんが店を出てから、手の中のメモを見る。

 

 

長方形になるように横向きに折り曲げられた紙をくるくると開いていく。

 

アドレスは、教えてあげない。

 

 

「……」

何の声も出ないまま、その文字を繰り返し目で追う。

どうしてだろう。なんで、こんな、ショックなんだろう。

 

心のどこかで、きっと大丈夫だと思っていたのだろうか。

紙を持つ手に力を込めると、くしゃりともう一枚重なっていたのであろう紙の存在に気付いた。

 

 

 

メールになっちゃったら、手を握る理由がなくなっちゃうから、ね。

 

 

 

ぽかんとしてから、そういえばこの手紙があるからいつも手を握って貰えてるんだ、ってことに気付いた。

私よりふたまわりくらい大きな暖かい手。

いつも割と無意識だったけど、急に恥ずかしくなって顔を上げる。

 

 

うん、大丈夫、今日も他にお客さんはまだ来てない。

ふー…と息を吐いてもう一度紙に目をうつすと、下の方が少しだけ折れ曲がっているのが見えた。

 

綺麗に伸ばしてみると、そこには鉛筆でうっすらと文字が書かれていた。

 

 

 

それを読んで、私はぎゅっとその紙を握る手に力を込めた。

ああもう。もっと分かりやすい所に書いてくれたらいいのに。

 

 

さーん。お疲れ、そろそろ交代…ってあれ?顔赤いけど、大丈夫?」

「えっ!?あ、だ、大丈夫です!」

バイトの交代の人に呼びかけられて、さっとメモを着物にしまって店の奥へ戻る。

 

 

 

…さて。

追いかけたら、追いつけるだろうか。それともまた今度、紙を袋に入れようか。

 

もう一度着物から山崎さんから受け取ったメモを取り出し、緩む顔を抑えぬまま返事を書くことにした。

早く返事がしたいから、また明日も来てくれるかな、なんて思いながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

紙の上での逢瀬









(―――でも、さんが俺を特別な意味の「好き」になってくれるなら、教えてあげてもいいかな。)

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

珍しく台詞が少ないお話になりました。退は礼儀正しそうっていうイメージ。

2011/12/29