私の家で飼っている猫がいなくなってしまって、万事屋さんに相談したのはつい最近のこと。

依頼に行った時は本当に大丈夫なのだろうかという不安な感じがしたけれど

驚くことにたった2日で「猫、見つかったぞ」という連絡が届いた。

 

急いで万事屋さんへ向かうと、その家主である銀時さんに私の猫がじゃれついていた。

こいつもいちご牛乳好きらしくて意気投合した、と謎の言葉を発した銀時さんの笑顔。

 

それが忘れられなくて、あの日から一週間。

もう一度声をかけようとしているのだが、なかなか実行できず、現在に至る。

 

 

「というわけで、どうしよう退くん」

「いや、これもうストーカーだからね。うちの局長と同じだからね」

そう言いながらもポストの後ろに張り付いて、数メートル先を歩く銀時さんから目を離さない。

退くんは私が前働いていたスーパーの常連さんで、いつの間にか仲良くなり時々こうして相談を持ちかけている。

 

 

「うぅ…でもいざとなると声かけられなくて」

「お久しぶりです、とかさ。なんか他愛のないこと言って話かければいいんじゃない?」

思いっきり後つけてるけど、偶然を装って声かければ?と退くんは言う。

 

「でも、声震えちゃいそうなんだもの」

「相手は万事屋の旦那なんだし…そんな緊張するほどの人じゃないと思うんだけど」

ぎゅっと退くんの背中にしがみつくようにして前を歩く銀時さんの姿を見つめる。

 

 

「むしろ忘れられてたらどうしよう…!向こうは大勢のお客さん見てるわけだし、私のことなんて覚えてないかも」

「いやそんなに客来てないと思うけど」

ぽそりぽそりと呟く私の言葉に、退くんは律儀に返事をくれる。

 

 

「…なんかもう、こうやって姿が見られるだけでいいや」

「駄目駄目!これ以上ストーカー増やされたら困るし、俺だって毎回は付き合えないよ!?」

そうは言いながらも、こうして一緒に銀時さんを追ってくれる退くんには感謝している。

 

 

「いっそまた依頼してみるとかは?」

くるりと振り返って私と視線を合わせて退くんは人差し指を立てる。

「またかよ、とか思われちゃうかもしれないじゃない」

「思わないだろ!それが仕事なんだから!」

 

そう言っているうちに見えなくなってしまった銀時さん。

じゃあまた明日だね、と言うと退くんは深いため息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

それから3日後。

最初の依頼が終わった日から私は仕事先をスーパーから和菓子屋に変えた。

そして今日からその仕事が始まる。

 

大通りからは少し離れた場所にある小さな和菓子屋でいらっしゃいませ、と声を出す。

ちなみにここを紹介してくれたのは退くん。ほんと、いつかお礼しなくちゃ。

 

まだ時間帯的にお客さんは少ないので、初めての私には都合がよかった。

お抹茶セットひとつです、と言いながら店の厨房に声をかけて店先に視線を戻す。

 

 

一瞬、息が止まった。

 

ずっと後ろ姿を追っていたあの人が、いる。

 

ばっとお店の奥、カウンターの下に潜り込む。

ばくばくと鳴る心臓は大人しくなってくれない。どうしよう。

いやでも、これはチャンスかもしれない。何事もなく、普通に話しかけられるチャンスかもしれない。

いらっしゃいませ、ご注文はお決まりですか。テンプレートのような台詞を言えばいいのだ。

 

 

ちらりとカウンターから銀時さんを見ると、こちらに背を向けてメニューを見ている様子だった。

すーはー、と深呼吸をする。どうか噛みませんように。どうか、忘れられていませんように。

 

 

ぱたん、とメニューを畳んだのを見届けてぎゅっと手を握りしめて足を踏み出す。

かたかたと小さく手が震えている気がするが、視線だけはじっと銀時さんの背から離さない。

 

 

「ご、注文は、お決まり、ですか」

随分と堅い声が出てしまったが、そんなこと気にも留めない様子で銀時さんは「あんみつセット」と言った。

注文を繰り返して確認をとり、かしこまりましたと言って銀時さんに背を向ける。

 

やっぱり、覚えて、ないよね。

 

 

 

「そういえばさ」

声の主、銀時さんが誰に話しかけているのか分からなかったけれど、私の足はぴたりと止まった。

 

 

「あのいちご牛乳猫、元気にしてるか?」

「……え…」

ゆっくりと振り返ると、銀時さんと目が合った。

 

 

「は、い…っ、おかげさまで元気に、してます」

「そりゃよかった」

そう言って笑った顔が、あの日と重なる。

 

 

「ってあれ?依頼に来た時はスーパーで働いてるって言ってなかったか?」

「あ、今日からここで働かせてもらうことにしたんです」

平常心、平常心、と心の中で唱えて上擦りそうな声をなんとか押さえる。

 

 

「へえ。俺ここによく来るからさ、知り合いのよしみでたまにでいいからオマケとかつけてくれると嬉しいんだけどなー」

「え、あ、まだ新人ですし…そういうのは難しいかもしれませんが、頑張りますっ!」

本当なら、あんみつのおまけに和菓子でも出したいくらいだ。

 

 

 

「おっ、良い返事。期待してるけど、無理はすんなよ、

 

 

「あ…は…はいっ!!頑張りますっ!!」

ばっと頭を下げて深くお辞儀してから厨房へと向かう。

 

 

あんみつセットです、と言った声が震えていた。

泣きそうになっている自分を落ちつけるために深呼吸を繰り返す。

 

これからは、あなたの背中ばかりじゃなくて正面に立っていられるように。

頑張らなくちゃ、と小さく呟いてお仕事に戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

もどかしい一歩、その先は







(「なあザキくん。いい加減あいつに俺に話しかけるよう言ってくれねえ?じれったくてしょうがねえの」「自分で言えええ!」)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

退は策士です。縁の下のハイパー力持ちです。そして両方から相談されるハイパー苦労人です。

書いてる側としても非常にもどかしいヒロインでした(笑)

2012/02/29