見回りと言う名の仕事エスケープをしていると、いつの間にか空には星が瞬き出していた。
夜の闇に溶け込むような黒い隊服を着たまま、私と沖田隊長は海の近くを歩く。
「オイ、。おめーまたとっつあんが持ってきた縁談断ったらしいですねィ」
「あれ。なんで知ってるんですか」
沖田隊長の前を歩く私は少しだけ後ろを振り返る。
「近藤さんが言ってたんでさァ」
「もー。近藤さんも私の事はいいから自分のこと先に考えればいいのに」
かつん、と足元の石を蹴飛ばして呟く。
「あんまりぼやぼやしてっと本当に行き遅れやすぜ」
「その時はずっと真選組に寄生してやりますから」
くすくすと笑う声は私のもの。沖田隊長は何も言わず、ただ後ろを歩いているだけ。
「…嫌なんですよねー、私。大切な人ができるのが嫌なんですよ」
前を向いたまま、小さく呟いた言葉に沖田隊長は抑揚のない声で返事をする。
「へえ。珍しいですねえ。大切な人のために強くなるーっていうのが王道文句じゃないんですかィ」
確かに、守るべき人がいたらその人のために強くなろうと思えるだろう。
「それでも、怖いんですよ」
ぴたりと足を止める。
ほぼ同時に、沖田隊長の足音も止まる。
「ずっと傍で守っていくわけにはいきません。私が見てない所で何かあったら…そう思うと怖いんです」
100パーセントの保証なんてない。
もちろん、守れない可能性も100パーセントじゃない。
「大切な…本当に、心から大切な人が、ものが無くなってしまったら、私もきっと死んじゃいます」
生きてても、魂が死んじゃうんですよ。
そう言いながら、くるりと沖田隊長の方を振り返って微笑む。
「だから、嫌なんです。私は弱いから、大切な人ができるのが怖いんですよ」
冷たい風がふわりと髪を揺らす。
大切な人がいなくなってしまうのが、大切なものがなくなってしまうのが怖い。
だったら初めからそんなもの無ければいいのだ。
「…なら、その相手がに守られなくてもいいくらい強けりゃいいんじゃないですかぃ」
「それはまあ、そうですけど。現役真選組隊士ですよ、私」
そう簡単に私より強い人なんて見つからないですよ、と言って笑う。
「これでも、一番隊隊長と少しは張り合えるくらい強いんですからね」
「の強さは俺が一番分かってらァ。何回手合わせに付き合ってやったと思ってんでさァ」
刹那、キィィンッ、と刀同士がぶつかる音が響く。
「…よく、受け止めやしたねェ」
「受、け止めなかったら、死んでたんですけど。こういう不意打ちやめてくれませんか、ね」
ギリギリと刀を支える手が震える。
どれだけ力を込めてるんだ、この人は。
ふっと突然緩んだ沖田隊長の力に刀を支えていた手がバランスを崩す。
「あ、っ」
ぐっと刀を握り直す前に物凄い力で私の刀は沖田隊長の刀によって弾き飛ばされる。
どすっと鈍い音を立てて近くに置いてあった木箱に刺さった刀を呆然と見つめる。
「言っておきますけどねィ。こんなもんじゃありやせんぜ、俺の本気は」
カチン、と沖田隊長の刀が鞘に収まる。
「…何が、言いたいんですか」
刺さったままの刀を抜いて、鞘へと収める。
「より強い奴なら、目の前にいるじゃねーか」
ぽかんとして沖田隊長の目を見る。
揺らぐことのない目に、月明かりが反射してとても綺麗に見えた。
「俺はに守られなきゃならねーほど弱くありやせんぜ」
「………」
確かに沖田隊長は私よりも強い。
「勤め先も同じですからねえ。万が一、何かあってもすぐ駆けつけられまさァ」
お互いに、な。と言って沖田隊長は少し微笑む。
「どうですかィ。なかなかいい物件だと思うんですけどねィ」
すっと私に向かって手を差し出す。
「早く予約しねーと、こんないい物件すぐ売れていっちまいやすぜ」
ふっと笑っている沖田隊長の髪が風に揺れて月の光を反射する。
「…そう、ですね」
ゆっくりと手を伸ばすと沖田隊長の手に指先が当たった。
「予約くらいなら、しておいてもいいかもしれませんね」
まだ少し、怖いけれど。でもきっと大丈夫だと、この人なら大丈夫だと。
そんな気がして私はぎこちない笑顔で沖田隊長の手を取った。
契約成立
(この契約はそう簡単に解約できやせんぜ。もう、離してやりやせん。)
あとがき
強いけど弱いヒロインと、強いけど性格悪い沖田のお話。(ぁ
2012/04/08