眠い目をこすりながら鍛練場へ行くと、今日も瞳孔全開の土方さんが仁王立ちしてらっしゃった。

「ちゃんと起きてきたな」

「当たり前ですよ…私はどこぞの隊長殿と違ってちゃんと仕事しますから」

 

明日から張り込みの仕事だったはず。そういえば、パートナーがいるとか言ってたけど誰なんだろう。

なんて思っていたら丁度良いタイミングで土方さんがその名を告げてくれた。

 

「明日の張り込み、ザキと行ってきてくれ」

「……チェンジで!!!」

 

 

 

 

張り込み同居生活

 

 

 

 

 

 

屯所と似たり寄ったりなくらいのアパートで退くんと張り込みという名の共同生活が始まって早7日。

進展があったといっても、それはターゲットではなく私が山崎さん呼びから退、

退くんが私をさんではなくと呼ぶようになったくらいである。あと敬語が吹き飛んだ。

 

 

「ただいまー」

「おかえりー」

コンビニから帰った私はどさりと袋を床に置く。

どうやら退は外に目を向けたまま返事をしたようだ。

 

 

「はい、今日のお昼のあんパン」

「ん、ありがと」

外を見たまま手だけこっちへ伸ばす。何様だお前。あ、いちおう階級的には上司か。

 

「ねえ、明日は退が行ってきてよ!絶対私あのコンビニの人に顔覚えられてるもん恥ずかしいもん」

ちらりと大量にあんパンが入ったコンビニの袋をがさごそと漁る。

そして自分の分のパンを取り出し、袋を開ける。

 

 

「いやもう俺だって顔覚えられて…ああああああ!!!!!」

突然大声を出すものだからビクッと肩が震えた。ついでに隣からウルセーって聞こえてきた。

 

「ちょ、何食べてんのそれ!」

「え?ジャムパンだけど」

退は万事屋さんの好きそうなピンク色の可愛いパッケージのいちごジャムパンの袋を指した。

 

「張り込みって言ったらあんパンだろ!」

「知るかァァ!私は退と違ってあんパン生活なんてやってらんないのよ!一応妥協してパンにしたんだよ褒めろ!」

座っている私に対して立ち上がって上から言われるのが悔しかったので私も立ち上がった。

しかし立ち上がってもちょっと距離が縮まっただけで結局は見下ろされてる。

 

 

「ほんとはおにぎりがよかったのに!日本人なんだから一日一食くらいは米食べたいわよ!」

「ハァアア!?認めねーよ?張り込み中に米なんか食べたら任務失敗するわ!」

「ちょ、米馬鹿にすんじゃないわよ!」

ぎりぎりと睨み合いをする私たちを押さえたのは、二人のお腹の音だった。

 

 

「……とりあえず、座ろうか」

「うん、お腹減った」

といっても退はコンビニ袋を引きずるように持って行き、また窓の方を向いて座った。

一人で部屋の真ん中にいるのも落ちつかないので、とりあえず隣に座り込んでみた。

 

 

「で。どうなの?ターゲットの方」

「まだ動きはナシ」

そっか、と落胆のため息を吐く前に残りのジャムパンを口へ放り込んだ。

張り込みの仕事は沖田さんに虐められることもなければ土方さんに怒られることもない平和な仕事。

だけど、こうやって何もない部屋で生活するのも結構疲れる。

 

 

「あぁあー…もう一週間だよ。いい加減動けよターゲット…」

任務の詳細を示した紙の裏に手書きで作ったカレンダーについたバツ印を目で追っていく。

 

「まだ一週間だろ。これくらいで音を上げてちゃ最後まで持たないよ」

「うん、持たない。確実に持たない、米食べたい」

ぶっちゃけ米じゃなくてもいい。パン以外のものが食べたい。

 

 

「ちょ、!それ!」

「メロンパンに何の文句があるんだ。それともこっちのコーヒー牛乳か」

まあ文句を言われたところで食べるのは止めないけどな!

 

「パンだけじゃなく牛乳まで…!」

ズゴゴゴと酷い音を立てて飲みきった牛乳パックをゴミ用の袋に突っ込む。

「うるさいなー。だから妥協したじゃん。お茶にしようか悩んだけど、うしろに牛乳がひっついてるのにしたじゃん」

がぶりとメロンパンに噛みつく。

何か言いたそうな眼をしていた退は、ふいっと外に視線を戻した。

 

 

 

 

「……」

「……」

それから続く沈黙。聞こえるのは、外から聞こえてくる人々の雑踏と猫と鳥の鳴き声。

 

 

「…何か喋っててよ」

「うるさいって言ったじゃん」

それは文句を言うなってことであり、喋るなという意味じゃないと心の中で呟いた。

 

 

「しりとりでもやる?」

「もう4日間くらいしりとりやり尽くして単語が思いつかない」

私の提案をスッパリ切り落とした退。でも、その言葉も一理ある。

 

 

「……」

することが無いのでじーっと退の横顔を見つめていると、ちらりと視線だけがこちらを向いた。

「気が、散るんだけど」

「だって暇なんだもん」

「外見ろよ!」

御尤もといえばそうなのだが、退が既にビームでも出そうなくらい外を見張ってくれてるので私の出番は無い気がする。

 

 

「大体、俺見てたってつまんないだろ」

「そんなことは………まあ…うん…」

「否定しないのかよ」

先ほどまでの勢いとは違い、随分低いテンションのツッコミだった。

 

 

 

ほぼ同時に残ったパンを口へ放り込むと再び沈黙が訪れる。

若干、あんパンを咀嚼しながら呻き声のようなものを上げた退が少し心配になった。

 

 

「ねえ、明日から違うの買ってこようか?コンビニのお兄さんに変な眼で見られることもなくなって私も万々歳だからさ」

「駄目だ…このジンクスを破るわけにはいかないんだ…!」

お前は何と戦っているんだとツッコミたいが、それよりもコーヒー牛乳が美味しい。

 

「そりゃあジンクス破るのも勇気いると思うけど、心配してんだよ、これでも」

栄養失調とかになって倒れられたら困る。続きの張り込みを一人でやるなんて気が狂いそうだ。

 

 

「…それなら」

 

首の後ろを回り、頭の側等部を押さえるようにして体を引かれ、半ば倒れるようにして、退に、ぶつかる。

 

 

「…甘っ」

ずるりと力が抜けた体は退の肩に凭れかかるように崩れ落ちる。

頭の上から聞こえた声はやけに冷静だった。

口の中に広がる、食べていないはずのあんパンの味も十分甘い。

 

 

 

「でもこれなら一応、ジンクス破ったことにはならないし。もジャムパンとか食べられるし、万々歳だろ」

そう言った退の声は、先ほどとは違って少しだけ震えていた。

なんだ、さっきのは冷静装ってただけか。ふーん。そっか。それなら私だって……。

 

 

 

 

 

 

装えるわけがない









(なんなのお前むかつく、と言ってやりたくても私の声は絶対に震えてしまう。ああもう、暑い。)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

そもそも男女ペアで張り込みに行かせた土方さんがおかしい。

2012/05/19