歯磨きをしながら万事屋のテレビのチャンネルを回していく。

タイミングが悪かったのか、どこもコマーシャルだらけでつまんねぇなと思っていた時だった。

ジリリリ、と万事屋の電話が鳴り響いた。

 

オイオイ、やめろよ。もう夜の11時だぞオイ。

今から依頼とか言っても困るから。出掛けるとかごめんだから。

放っておけば諦めるだろうと踏んでいたのにも関わらず鳴りやまない電話にイラ立ち、仕方なく受話器を上げる。

「…ハイ、もしもし。万事屋ですけど」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えへへへ、なんか世界がくるくる回ってるー」

「くるくるなのはお前だろうが」

電話の主は、俺が行きつけの飲み屋の店主だった。

ツケならまた今度と言おうとしたが、内容はそんなものではなかった。

 

まさか、俺の彼女の名前が出るなんて、しかもそいつを回収してと言われるなんて予想外すぎる。

それを聞いた瞬間、俺は歯磨きを中断して寝巻の上に丹前を羽織って万事屋を飛び出した。

 

 

「銀ちゃんの頭もくるっくるー」

「捨てるぞ」

 

えへえへとか笑いながら俺の背中に負ぶさり、首に腕を巻きつける

それほど離れていないはずの万事屋までの道のりがやけに遠く感じる。

 

 

「なんでそんな風になるまで飲んだんだよ」

「うーん?そんなに飲んでないよー」

いつもより舌足らずな口調で語尾が伸びている。どう考えても酔ってるだろ。

でもまあ、何喋ってるか分からない所までいってないだけマシか。

 

 

「うむ…銀ちゃんお酒くさいよ」

「それ俺じゃねーから。俺今日は一滴も飲んでねぇよそんな金ねぇよ」

もぞもぞと俺の首元に顔を埋めているんだろう、の髪が当たってくすぐってぇ。

 

「つーか一人で飲んでたのか?だったら一声かけてくれりゃ…」

「一人じゃないよぅ。仕事場のひとたちと一緒に飲んでたんだよー」

「んぐっ、わか、ったから腕に力入れるな首絞まる!」

ぎゅううとの腕が首を絞めつけてくる。

くっ、細い腕してるくせにどっから出てきてんだこの力…!

 

 

 

いや待て。それより、仕事場っつったよな。

「お前それ、男もいた…よな」

「そりゃあいるよー。うーん…女の人とー男の人とー半々くらいだったかなぁ…」

誰がいたのか思い出そうと、はかくんかくんと頭を揺らす。

そんな揺らすな、バランス崩れるだろ。あとそんなに揺らして吐くんじゃねーぞ。

 

 

「男も、か…」

一度足を止めてぐっと顔を横に向ける。

とろん、と今にも寝そうな目をしたと目が合った。

 

「んー?どうしたの、銀ひゃん」

呂律が回らなくなってきたのか、ただ眠いだけなのか。

はぽやんとした顔で微笑む。

 

 

 

「お前、その顔…他の男にも見せたのかよ」

「ふぇ?」

低い声で小さく言って再び足を進める。

ちらりと横目で見たは、首を傾げて目をぱちぱち瞬かせていた。

…はぁ、こんな状態のに言っても分かんねぇよな。

 

 

と思ってたのに。

「あー!銀ひゃん!もしかしてーもしかしなくともーヤキモチー!?」

「ちょっ、バカおまっ、声でけーよ!!!」

しかも普段より勘が鋭いんだけどどういうこと!?銀さんびっくり!

 

「ふふ、んふふふ!銀ひゃんヤキモチかぁーふふふふ」

ニヤニヤという擬音が丁度よさそうな顔で笑う。マジで落とすぞお前。

 

 

 

「…私ねー、一緒に飲み会きてた男の人に送っていこうかーって言われてね」

歩みを進めていた足が、一瞬動かなくなった。

 

「でもね、私、銀ちゃんがいるから、いらないってちゃんと言ったんだよ。えらいでしょー」

相変わらずふにゃふにゃした声音で言うの顔は見えない。

偉い奴ならこんなになるまで飲まずにセーブすんだろ、と頭の中で呟く。

 

 

けど、こんだけ酔っておきながら俺のことを忘れなかった、その上誘いを断ったのか。

……。

 

 

 

 

「銀ちゃん。ぎーんちゃーん、寝ちゃったの?」

「寝てねーよ。寝ながら歩く特技はまだ習得してねぇよ」

「だってさっきから喋らないもん。私ひとりしか喋ってないもん」

心の中じゃだいぶ喋ってるっつの。

待てよ、今なにを声に出したらいいのか考えてんだよ。夜中なのに頭フル回転させてんだよ。

 

 

「喋ってないと…私が寝ちゃう…じゃん…」

「オイイイ!だんだん声小さくなってっぞ!オイコラ!もうすぐ着くから起きろ!」

ふにゃふにゃと酒じゃないもので呂律が回らなくなっていく

 

 

「着く…?どこに?」

「万事屋に決まってんだろ」

「えっやーだぁー私の家ちゃんとあるのに、銀ちゃんってばやーらーしーいー!」

「そういう事言う時だけ声デカくすんのやめろ!明日から俺が外歩けなくなるだろーが!」

ガンガンと荒い足音を立てて万事屋に続く階段を上っていく。

 

 

そして、万事屋の玄関を潜りピシャンと戸を閉めた。

「はぁぁあー……着いた…」

盛大なため息が出た。おかしいな、万事屋までこんな遠かったっけか。

「オイ、着いたぞ、ほらとりあえず着替えて…」

さっきまで騒いでいたはずなのに、何も喋らない。

 

 

?」

くっと顔を少し傾けてみると、小さな寝息が聞こえた。

「オイイイイ!さっきまで騒いでただろ!どういうことだ!起きろ!!」

揺すってみても起きない。

仕方なく玄関にを下ろし、草履を脱がせ横抱きにして居間へ運ぶ。

 

 

「最後の最後で気ィ抜いてんじゃねーよ、なぁ」

一先ずそっとソファに寝かせ、の髪を指で梳く。

そのままに覆いかぶさるようにして俺もソファに乗る。

ぎし、と重みを訴えるように音を立てたソファなんて気にもかけず、ぐっとの顎に手をかける。

 

 

 

「…あーやっぱやめだやめだ!ンなの男らしくねーよ」

がばっと体勢を起こしてがしがしと乱暴に頭を掻く。

すーはーと一度深呼吸して、再びの方へ顔を向ける。

 

紅潮した頬と、ほんの少し開いた口は普段では感じられない特別な色気を放っている。

このやろう。試してんのかコラ。

ぜってー乗らねぇからな。後で何言われるかわかんねーし、ぜってー、何も、……。

 

 

 

 

「けどさ、ここまで運んだ駄賃くらいは、貰ってもいいよな?」

 

 

 

 

リエゾン・レディ









(「……っん…」「…んんぅ……息苦しい!!」「ゴフッ!お…ま…今、膝が、鳩尾に……ッ」)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

耐えきれなかった銀さん。リエゾンはカクテルの名前です。

2012/06/23