「土方さん、お茶の用意ができました」

「ああ…そこ置いといてくれ」

はい、と返事をして作業机の邪魔にならない所にお茶を置いて土方さんの部屋を出る。

 

「いつもありがとな、

「…いえっ、少しでもお役に立てられればと」

少しだけ俯いてそう言い、土方さんの顔色を窺う。

 

 

「お前が淹れてくれる茶はすげえ美味いし、ほんと、感謝してる」

そして再びありがとうと言って笑ってくれる。

 

そんな土方さんに、私はいつの間にか惹かれていった。

 

 

 

 

 

 

 

そして毎日何かきっかけを探して土方さんと話をすること、早数ヶ月。

今も私と土方さんの距離感は変わっていない。

 

いや、変わってはいる。ただし。

 

 

 

「おっかしいですねィ。あのヤロー絶対に気があると思ったんですけど」

「本当なんですか、それ?最近じゃ何しても返事が「おう」一択なんですけど」

 

そう。今までは「ありがとう」とか「今日は茶葉変えたのか」とか話してくれたのだ。

それが最近は一言二言…いや、二言返ってこれば良い方だ。

 

 

「まったく、土方さんはマヨネーズ以外には奥手過ぎてイラつきまさァ」

沖田さんは言いながらごそごそと自分の隊服のポケットを漁り、カッターナイフを取り出す。

、ちょっとお茶出すついでにコレで背中刺してきてくれやせんか」

「却下です」

 

それではとんだバイオレンスラブになってしまうじゃないか。

私はもっと平和に平穏に、甘…すぎるのは照れくさいけれど、そういう普通の恋愛がしたいのだ。

 

 

 

「はあ、私の押しが足りないのかなあ…」

ぽそりと呟くと沖田さんはペン回しの要領でカッターナイフをくるくる回した。

「そりゃねーや。女にこんだけ苦労や心配かけさせてるようじゃ土方さんも駄目な男ですぜ」

ぱし、とカッターナイフを手に納めて再び隊服にしまい込む。

 

 

「ま、今後も頑張ってもがいてくだせえ」

「他人事だと思って…!」

「他人事ですしねェ。が振られようがどうなろうが、俺にゃ関係ありやせんからねー」

 

それじゃ、と言って手を振りながら去っていく沖田さんの背を睨む。

姿が見えなくなったところで私も仕事に戻る事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日が沈み、私の女中仕事が終わる。

お先に失礼します、とすれ違う隊士の人たちに言いながら屯所の出入り口へ向かう。

 

 

「あ」

「あ」

 

ほぼ同時に声が出た。

目の前にいる土方さんは、ぽかんとしていて、きっと私も同じような顔をしているのだろうと思った。

 

 

「えと、今から見回りですか?」

「あ…ああ。お前は、帰るとこ、か」

「は、はい」

心の準備をしていなかったせいで、急な遭遇に心臓が騒ぐ。

 

「そうか、俺は見回りがあるから送ってやれないが、気をつけて帰れよ」

「え、あ、えっと…」

すっと見回りのためのルートへ足を進める土方さんの背を見つめ、ぎゅっと手を握りしめる。

 

 

「いえっ、今日はその、こっちから帰ります!」

「いやでも、遠回りだろ?もう暗くなってきたし…」

「大丈夫です!私、夜道の為にちゃんと懐中電灯も持ってますし!」

 

だからもう少し、あなたの傍に。

 

 

 

「…わかった。何もないとは思うが、何かあったらすぐ逃げろよ」

「…!はいっ」

たたっと掛け足で土方さんの半歩後ろにつく。

私の歩く速さに合わせてくれる土方さんの優しさが、暖かい。

 

 

 

そのまま無言で見回りのための道を歩く。

何か話をしなければと頭の中で話題を探す。

世間話が良いのか、仕事の話が良いのか、何を話せば良いのだろうか。

 

 

 

「っは、はい!」

急に名前を呼ばれてびくりと心臓と体が飛び跳ねる。

 

「お前、ここ曲がらないと帰れないんじゃなかったか?」

「え、あ…」

そうですね、と返事をしながら過去の記憶を手繰り寄せる。

真選組屯所で働きだした頃にもこうして一緒に帰っていた。

 

その時も思ったのだ、もう少し、一緒にいたいと。

 

 

 

「……では、私はここで。…また明日」

そう言って手を振り、土方さんに背を向ける。

いいんだ、これで。

 

また明日も会えるのだから、それだけで。

 

 

 

 

!」

その声にぴたりと足を止め、ゆっくりと振り返る。

 

「あ、いや、その…だな」

土方さんは、がしがしと髪を掻きまわし、ごほんとひとつ咳払いをして私の目を見ずに呟く。

 

 

「悪いな、最近…あんまり話せなくて。なんつーか、何話したらいいかわかんなくなっちまってさ」

「え…」

何を話したらいいのか悩んでいたのは私の方だと思っていたのに、お互いにそう思っていたなんて。

 

 

「最近は何か言おうにも、妙に緊張しちまうっていうか…お前に嫌な思いさせちまったらどうしようかと思って」

行き場の無い手は頬を掻いたり首筋を掻いたり、せわしなく動き回っている。

 

 

「土方さん」

少し大きめの声で呼ぶと、やっと視線が絡み合った。

 

「私、どんな話でもいいです、お仕事のことでも、愚痴でも…土方さんのことでも、何でも聞きたいです」

もっとたくさん、あなたとお話したいんです。

 

もっと、あなたのことが知りたいんです。

 

 

 

「だから…また、明日からも、私と喋ってくれませんか」

ゆっくり流れる時間と心地よい緊張を感じながら、またあの日々のように。

 

 

 

「ああ、そう、だな。俺ももっと…お前のことが知りたい」

そう呟いたところで、お互いくすりと笑う。

 

 

 

「久しぶりに、一緒に帰れてよかったよ。引き止めて悪かったな」

「いえ、おかげでこうして話もできましたから…。すごく、嬉しかったです」

 

大丈夫、もう寂しくなんてない。明日を楽しみにすることができる。

一度だけ軽くお辞儀をして、顔を上げる。

 

 

「それじゃあ、土方さん」

 

 

 

また、明日









(ああ、また明日。…明日のお茶も楽しみにしてるからな、。)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

土方さんが相手だと、なぜかこう、しっとりした話になる不思議。

2013/03/09