3枚の書類とボールペンを持ったまま春雨の戦艦を歩く。

相変わらずすれ違う天人たちは怖いけど、当たり障りない様に会釈しながら団長の部屋へ向かう。

 

「お、どうしたよ嬢ちゃん」

「阿伏兎!出張から戻ってきたの?おかえりなさい」

「あーただいま。やっぱいいねェ、女の子におかえりって言って貰うのは」

肩に担いでいた傘をトンと床について阿伏兎は笑みを零す。

 

 

「阿伏兎が帰ってきたってことは、神威団長も帰ってきてるんだよね」

「神威に何か用なのか?」

うん、と頷いて手に持った書類を持ち上げて少し揺らす。

 

「備品の発注書、数が明らかにおかしくて。一度確認とっておかなきゃなーって思ったの」

「はあ、仕事熱心だなァ」

がしがしと髪を掻いて視線を泳がせた阿伏兎は、ハッと何かに気付いたように私に視線を戻した。

 

 

「…待った、今報告しねーとだめなの?ソレ」

「え?いえ、まあ…別に今日じゃなくてもいいと思いますけど、忘れないうちにと思って」

あまり日が経つと他の書類に埋もれてしまうかもしれない。

そんなことになるくらいなら、発見した今日の内に聞いておこうと思ったのだ。

 

「今日じゃなくていいなら、今は神威の部屋に行くな。嬢ちゃん……死にたくねえだろ」

「はい」

返事を返すのに、なんの迷いもなかった。

 

 

 

 

 

阿伏兎と別れて来た道を引き返す。

何があるのかは分からないけど、ここでの死亡フラグは冗談では済まないのだ。

 

 

執務室へ戻るために廊下を歩いていると、どこかで嗅いだ事のある匂いが鼻をくすぐった。

けして良い香りとは言えない、この匂いってなんだっけと思考を巡らせる。

その時、廊下の先から見知った人の姿がこちらに近づいてきた。

 

あのピンク色は神威団長じゃないだろうか。

ただ、なんだか、いつもよりやけに赤い。

 

 

 

「やあ

「……こ、こんにちは」

ツンと鼻につく匂い。

ああ、そっか。嗅いだ事あるに決まってる、これは、この匂いは…血、だ。

 

手に持った傘から羽織ったコートまでいたるところに赤いものが染みついている。

その赤色が鮮やかということは、まだ時間が経っていないのだろう。

 

 

…えっと。

今日って13日の金曜日だっけ。

なんか目の前に殺人鬼が見えるんですけど。

 

 

「どうしたの?顔色、あんまりよくないみたいだけど」

「ええまあ…さっきまでは良かったと思うんですけどね」

「駄目だなあ、地球人は弱いんだから。ちゃんと自分で体調くらい管理しなよ」

「……はい」

 

お前のせいだよ!!!

…と言えたらどんなにスッキリするだろう。

反論したいのに怖くてできない自分にモヤモヤしたものを抱きながら、視界に赤色をいれないように目線を落とす。

 

 

これだけピンピンしているということは、この血はほぼすべて誰かのものなんだろう。

ああ、それにしても眩暈がするほどの鉄の匂い。

 

 

「えと、私は部屋に戻りますので」

「ねえ、それ何持ってるの?」

もう私を引きとめないでください、と思いながら仕方なく書類を神威団長に差し出す。

正直後で出直したい。神威団長がお風呂入った後くらいに出直したい。

 

 

「…び、備品の発注量がおかしくて、確認してもらおうかと」

「んー…なんだっけこれ。こんなの頼んだっけ」

神威はひょいと私から奪った書類に目を通しながら首を傾げる。

 

 

「あ、わかった。俺これ書いた時すっごい腹減ってたんだ。あはは、ぼけてたんだな」

「そうですか、じゃあ、書きなおしておいてください。後で取りに行きますから」

「いいよ、すぐ書くから。部屋ついておいで」

「………」

 

帰りたいんだよ!ばかやろう!!

なんで今日に限ってそんなにしつこいの!

 

 

 

「何その嫌そうな顔」

「いっ、嫌そうな顔なんてしてません、これがデフォルトです」

ぐっと顔に力をいれてにこりと笑う。笑えているだろうか。

 

「ふうん。まあいいけど。ほら行くよ」

ああ、この拒否できない感じ。

だんだん嗅覚もマヒしてきたようで、血の匂いがよくわからなくなってきた。

 

 

「…はい」

大人しく、私は上司の言うことに従った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

廊下を神威団長の背を見ながら歩いて行く。

幸い背中にはあまり血も無く、平和な視界が広がっていた。

 

 

「さて、到着」

「すんません、どこに到着してるんですか」

扉にかかったプレートは私の名前が書かれている。

ここ、私の部屋なんですけど。

 

 

「誰が俺の部屋に行くって言ったのさ」

「私の部屋に行くとも聞いてません。せめて執務室でお願いします」

こんな真っ赤の人を部屋にいれるなんてとんでもない。

すばやく神威団長の横へ回り、ドアノブにかけようとしていた手を掴んで止めた。

 

「疲れる会合から戻って来たってのに、執務室なんて行ったらまた疲れちゃうだろ」

「じゃあ神威団長の部屋でいいじゃないですか。明日取りに行きますから」

とにかく今はお帰り願いたい。

そして早く手を離したい、洗いたい。

神威団長の手が嫌という訳ではなく、その、こびりついた赤いものが、嫌なのだ。

 

 

「はあ、我儘だなあ」

「どっちがですか!部屋に戻ってお風呂入って修正するだけでいいんですよ!」

本当なら執務室まで持ってきてほしいが、取りに行くと言ってるのに何が不満なのだろう。

 

「風呂、ね。そういうことか」

ぱっと手を振り払われ、思わず下がり気味だった顔を上げる。

そこでやっと、今日初めて神威団長の目を見た。

 

 

「帰ってきてからと全然目が合わないから何かと思ったよ」

「か、むい、だんちょ」

私の顎を鷲掴み、無理やり視線を合わせさせられる。

若干、首に指が食い込んで苦しいのだけれど、この人は気付いてくれているだろうか。

 

「ははっ、やっとこっち向いたね」

「く、るし」

ばしばしと首元の手を叩くと、ぱっと手を開いて首が解放された。

 

 

崩れ落ちるように座り込んで咳き込む。

「あり?そんなに強く締めたつもりはないんだけど」

「締めるつもりはあったんですね!?」

偶然の出来事じゃなかったのか。故意か。

 

 

「全然こっち見ないから、イラッときちゃって」

神威団長はにこりと笑って片手で私の頬をひっぱった。

「や、それはその、すみません」

今度は更に手加減してくれているのか、あまり痛くはなかった。

 

 

 

「よし、じゃあこうしよう」

そう言って神威団長はぱちんと指を鳴らす。

 

「早くがこういう状況に慣れるように、任務から帰ったら毎回君の部屋へ行ってあげるよ」

「超ありがた迷惑です!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

年中無休殺人鬼









(慣れたくないですから!13日以外も13日も見たくないですから!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

それは優しさとは言わない、嫌がらせと言うんですよ団長。

2013/08/18