久しぶりに非番の日がやってきた気がする、そんな休日。

これといってすることが思いつかなかった俺、山崎退はとりあえず屯所を出た。

 

屯所にいたら沖田隊長あたりに仕事押し付けられそうだし。

そう思いながら街中を歩き、一軒の家へと向かう。

 

 

予定も聞いてないし、アポもとってない。

いなければいなかったで、また何か考えればいいやと思いながら俺は辿りついた家のチャイムを押した。

 

ピンポーン、と少し掠れた音から数秒後にバタバタと足音が中から聞こえてきた。

「はーい、どちらさ…退!?」

「久しぶり、

1週間と少しぶりだねと言うと、俺の愛しい彼女は嬉しそうに笑って「おかえりなさい」と言った。

 

 

 

 

 

 

突然押しかけてしまったけれど、彼女は俺を家の中へ招いてくれた。

「散らかってるけど気にしないでね」

「なに、掃除してたの?」

「そうです!今日は思い切って掃除をしようの日に決めたのです!」

両手を腰に当ててどんと胸を張る。

日頃から掃除しなよ、と笑うとその程度の規模じゃないと怒られた。

 

 

 

「ちょっとね。思い出の整理をしようかと思って」

「思い出?え、なに、俺との思いで消去しようとしてたの?」

「違う違う。退との思い出じゃなくて、もっと前の…えーと、若かりし頃の、ね!」

少し言葉を濁したに不安のようなものを感じつつ、彼女の部屋へ入る。

そこは足の踏み場を探さなくてはならないくらい散らかっていた。

 

 

「うわあ…派手にやってるね」

「だから最初に言ったじゃない、散らかってるって」

がさがさと物を退けて座れる場所を確保してもらい、一緒に床に座り込む。

 

「若かりし頃の思い出って、なにこれ、プリクラ?」

「わっ、ちょっと!そういうのは見ちゃダメだってば!」

俺が拾い上げたプリクラ写真を取り返そうと手を伸ばすを避けながら写真を覗きこむ。

おそらくこれは、俺と会う前のものだろう。

隣に映っているのは女の子だ。

 

 

「あああやめて!昔のプリクラとか恥ずかしすぎて死ぬ!」

「そういうもの?」

「そういうものだから返して!」

顔を赤くしてせがむ彼女にそれを返してあげると俺に背を向けて写真とにらめっこを始めた。

 

「どうしようかなあ…。恥ずかしいけど、うう…よし、封印保存にしよう」

そう呟いてはそれを裏向きにして引き出しの一番下へとしまい込んだ。

…捨てられてないじゃないか。

 

 

 

 

それから発掘されたのは、女の子が好きそうな包装紙やお菓子の包み紙、新品の色ペンや筆。

俺が心配するようなものは発掘されなかった。

 

そう。そこまでは。

 

 

「…あ」

「また何か懐かしい物でも見つけたの?」

「んー、うん」

思い出の品を見つけるたびに手が止まる彼女に声をかけると、どこか今までと違う雰囲気の返事が返ってきた。

 

「すごく、すごーく懐かしい物。そっか、とってあったんだ」

ぽつりと呟く彼女の横顔は、どこか切なそうで、痛かった。

 

 

「なに、それ」

おそらく便箋であろうその束を指差すと、彼女は困ったように笑ってそれを両腕で抱いた。

「これはねー、昔むかしの青春の思い出です」

「……」

じっと彼女の持つそれを見つめていると、さすがに見せられないよと制された。

 

 

「もしかして、書き損じのラブレター?」

「え」

目を丸くして本気で驚いている彼女に、俺は心の中でビンゴ、と呟いた。

 

 

「すごいね、退。98点だよ」

「いやなにその微妙な点数。100じゃないの?」

「…正しくはね、渡せなかったラブレターだから」

言いながら彼女は便箋の一枚目をめくる。

 

 

「私が寺子屋にいた、子供のころに書いたもの。うわ、読み返しても恥ずかしいや」

「そんなの、書く相手いたんだ」

「女の子は知らぬ間に大人になるのです」

得意気に笑う彼女は、大人になりきっていないように見えたけど、それは黙っておいた。

 

 

「渡せなかったってことは、直接言ったの?」

「まさかぁ!言えるわけないよ。言う前に…あれ、どうしたんだっけ」

過去の記憶を呼び戻そうと、意識が浮ついた隙をついて彼女の持つ便箋を引き抜いた。

 

 

「あ!駄目!それだけは駄目!!!」

「うわっ」

最初とは比べ物にならない勢いと力で手元から便箋が奪還される。

 

 

一瞬だけ見えたそこには、今より少し崩れた文字があった。

今より幼く拙い文字の羅列、けれど、確かにそれは真っ直ぐな気持ちだったのだろう。

 

だいすきです、とひらがなで書かれたそれだけが目に焼きついた。

 

 

 

「みみみみ見た!?」

「見たけど、読めてないよ」

「うおああああなんてことだ…!忘れて、今すぐ忘れて!」

顔を真っ赤にする彼女と対称に、俺は眉間にしわを寄せての手を掴んだ。

 

「…俺、そんなの貰った事ないんだけど」

「それは…えっと、まあ、ご愁傷様です」

「いやそうじゃなくて!」

言いたかったことは伝わらなかったみたい。

 

 

「俺、にそういうの書いてもらった覚えも聞いた覚えも、ないんだけど」

顔が熱い。握った手も少し汗ばんできてしまった気がする。

 

 

「そりゃあ…言ったの、退からだもん。私からじゃないし、あるわけないでしょ」

「…………そっか」

納得してしまった。

 

 

「え?なに、欲しいの?お手紙欲しいの?」

逸らした顔を覗きこんでくるは不思議そうに言った。

「そりゃあ、欲しい、よ」

そいつだけずるいじゃないか、と見知らぬ男に少し恨めしい気持ちをぶつける。

 

「でも、渡すにしても送るにしても宛先は屯所だよ?いいの?」

「あ。そうじゃん駄目だ、絶対駄目だ!」

そんなものが届けば、沖田隊長や副長に何を言われることやら。

とくに隊長が怖い。あらゆる意味で怖い。

 

 

「退が書いてくれてもいいんだよ?あ、でも隠密だし…居場所がバレるのはまずいか…」

うーん、と唸って悩む彼女を横目で見て、視線を前へと戻す。

から、ってとこが重要なんだって」

「え、そこなの?」

そうだよ、と返す。彼女は鈍いんだか鋭いんだかわからない。

 

 

「…そっか。私から、か」

小さな呟きが聞こえ、続いて名前を呼ばれて振り返る。

 

 

「……っ」

 

その間、およそ3秒。

閉じられた目が、俺よりずっと長い睫毛が目の前にあった。

 

 

「…わ、私からできる、最大限のアピール、です。頻繁にはできないレアものだから、忘れちゃだめだよ!」

 

そう言っては俺に背を向けた。

呆然とその背中を見つめ、びりびりと紙が破れる音だけが頭に響いていた。

 

 

 

たとえ形に残らなくても、どんなに奥底にしまいこんでも、絶対に忘れられはしないだろう。

盛大に紙を破り散らす彼女の背中を見ながら俺はそっと口元をおさえた。

 

 

 

お片付け









(その背中を抱きしめても、いいだろうか。)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

平和な休日。

2013/11/16