出会いは唐突に訪れた。
田舎から、この都会かぶき町に引っ越してきて一週間が経った頃。
明日から憧れだった都会のオフィスレディ、ターミナルでの仕事が始まる。
不安と期待と楽しみの気持ちを胸に、夕方の買い物から帰って大通りから反れたところに借りたアパートへ向かう。
私の部屋は2階建てのアパートの1階。
ひとまず玄関前に自転車を停めて、買い物袋を手に玄関の扉に鍵を挿しこんだ。
「待てやコラアアアア!」
自分ではないだろうけれど、その声の威圧感にびくりと肩を震わせて声のする方を振り返った時。
逃げる男の人と、その人に飛びかかる男の人が視界に飛び込んできた。
ガッシャーン、と恐ろしい音を立てて砂埃が舞う。
「フフフフフ、捕まえたぜ引ったくり野郎!もとい、俺の給料!」
逃げていた男に圧し掛かって、およそ女性物であろう鞄を奪い取る。
圧し掛かられた男の人はすっかり伸びてしまっているようで、返事は無い。
「ん?」
ぽかんとしていると、圧し掛かっている側の男の人と目が合ってしまった。
いや、正確には合ってはいない。
私の目は、その男の人の下の下、私の自転車に向いていた。
「………まじか」
ぼそっと呟いた声は震えていて、先ほどまでの威圧感は消え失せていた。
とりあえず警察を呼び、引ったくり犯を引き渡した男の人。
私はその横で目撃者としての話を警察にしていた。
横目に見えたのは、警察と一緒に来た女の人に鞄を渡している男の人だった。
「あの、ほんっとーにすいませんでした!!ちょ、あの、今すぐに弁償っていうのはちょっと、その」
しどろもどろになりながら頭を下げる男の人に、顔を上げてくださいと返した。
「あーえっと、その、あっ、俺こういうモンなんで」
「よろず、や?」
渡された名刺に書かれた、万事屋という名前。
おそらく会社名なんだろうけど、私のいた田舎にはこんな会社は無かった。
「頼まれれば何でもやる、それが万事屋銀ちゃんです。あっ金は貸せねーけど」
受け取った名刺に書かれた名前、坂田銀時さんから取ったのであろう会社名と坂田さんの顔を交互に見る。
「自転車弁償できるまで、お詫びに何でもするからさ。ちょっと郵便出して来て、くらいのことでも構わねーよ」
にっと笑った坂田さんに少し困りつつ、何かあったらお電話しますと告げた。
今思えば、私がかぶき町に来て初めて知った名前は、この人だった。
それから翌日。
自転車が無くなってしまったため、少し早めにアパートを出てターミナルビルへ向かっていた最中に見知った顔を見つけた。
「あーくっそ眠ィ…ってあれ、昨日のねーちゃんじゃん」
「えっと、坂田、さん」
おはようさん、と軽い挨拶におはようございますと返事をして頭を下げる。
「何なに、出勤?スーツってことはどっかのオフィス?」
「あ、はい、ターミナルで…今日からお仕事なんです」
「マジでか。こっからまだ結構あるけど、徒歩………あっ」
そこまで言いかけて、坂田さんは顔を引きつらせた。
「あの、すみません、私急がないと」
「待った待った待った!こういう時だろ、万事屋さんの使いどころはさ!」
そう言って坂田さんは近くに停めてあった原付を親指で指し示した。
いくらなんでも知り合って間もない人にそんなこと頼めないと思ったけれど、坂田さんは強引に私の手を引いてヘルメットをかぶせた。
「仕事!何時から!?」
「は、8時半から、です!」
風にかき消されないように少しだけ大きめの声で私の前にいる坂田さんに向かって言う。
こんなにも男の人にくっついたのは初めてだと思いながらぎゅっと坂田さんに掴まる。
「んじゃー余裕だな。ああそーだ、ねーちゃんさ、名前なんてーの?」
「えっ」
「そういや聞くの忘れてたなーと思って!あと、俺の事は銀さんでいいから!坂田さんとかくすぐってえし」
会社で一体どう呼ばれているのだろう、と思いながら私は自分の名前を坂田さんに聞こえる程度の音量で言った。
「です、」
「、ね!りょーかい」
わざわざ名字を2回言ったのに、坂田さんは私をいとも簡単に名前で呼んできた。
都会って、すごい。
初日は朝からハプニングが起こってしまったけれど、仕事自体は普通に終わった。
先輩も同僚も、今のところは優しい人ばかりで安心しながら定時まで指導を受けていた。
そして帰りの時間になり、お疲れさまでしたとビルを出た所で私の足はぴたりと止まった。
「さ、坂田…さん」
「よっ。初日お疲れさん」
停めた原付に跨ったままで笑うその人をぽかんと見つめていると、坂田さんは少し視線を逸らした。
「なんでいるの、って顔だなー。ほら、送りと迎えはセットだろ?だからさ」
ぽんぽんと自分の座席の後ろを叩く。
「そ、そんな、大丈夫です。帰りは時間の制限もないですし」
「遠慮いらねーって。遠慮されると俺の罪悪感は消えねーし、仕事は無いし、いやまじで仕事ねーんだよ」
尻すぼみになっていく声に思わず小さく笑った。
「万事屋さんって、お仕事いっぱいありそうなのに」
「そうでもねーよ?なんにも無い日の方が多い…って切ねぇからやめよーぜこの話!」
ご、ごめんなさい、と肩を揺らすとそれが坂田さんに伝わったみたいで少し笑われた。
「ねーちゃんさ、ここら辺の人じゃねーだろ。引っ越してきた、とか?」
「わ…わかるんですか?」
「おう。すげーどもってるし、なんか慣れてない感じがすんだよな」
うう、としか言い返す言葉が出てこなかった。
確かに知り合いも友人もいない。
自分でも、よく思い切ったものだと改めて思った。
「なんならさ、今度かぶき町案内してやるぜ?土日とかどうよ」
「…いいんですか?その、お休みなんじゃ」
「万事屋は不定休だから心配いらねーよ」
ねーちゃんこそ貴重な休みは休みたい?と聞かれ、少し悩んでから見えていないことを忘れて首を横に振った。
今週の土日に、という約束が出来た頃にアパートへと到着した。
「ありがとうございました、色々すみません」
「いーっていーって」
ヘルメットを坂田さんに返すと、そのまま自分の頭へ被せてベルトを固定する。
「それより、ここらは我が強い奴が多いから、そんな控え目じゃ苦労するぜ?」
悪い男や女に引っ掛かるぞ、と言った坂田さんに、女に引っ掛かるってどういうことですかと笑って返した。
「ああ、そーだ。明日はどーするよ?送迎、頼んでみちゃう?俺に仕事くれちゃう?」
にやにやと笑う坂田さんに少し迷いながら、頼んでもいいですか、と口を開く。
「よっしゃ!まいどあり!」
「明日からはちゃんと依頼料、お支払いしますね」
「何言ってんの、これは俺からのサービスだからいいって。待ってろよ、明日こそ仕事見つけて自転車弁償すっから」
そういえばそうだ、自転車が戻るまでの送迎なんだった、と思い出す。
まだつい昨日のことなのに、頭からすっぽりと抜け落ちていた。
「なーにしょんぼりしてんの。アレか、送迎終わるのが寂しいのか?」
「いっ、いえ、そういうわけじゃ」
慌ててそう返すと、坂田さんは原付から降りて私の前に立った。
「ほら、そういうとこ。気をつけろよ、悪い男に目ェつけられちまうかもしれねーぞ?」
「さ、坂田さんは…悪い人には見えませんから」
「わかんねーよ?男なんてみんな狼だからな、優しい羊の皮被った狼かも…ってんなこと言ってたら仕事頼んでもらえねーか」
失敗失敗、とふわふわしていそうな髪を掻く。
「別にいつでも依頼してくれていいんだからな。期限なんてねーよ、年中無休だ」
「…ありがとう、ございます」
その言葉にほっとして、笑ってお礼を言う。
「そんじゃ、また明日な。おやすみ、」
そう言って坂田さんは、ぽんと私の頭に触れた。
ほんの一瞬、1秒にも満たないくらいの一瞬だった。
私の口から、おやすみなさい、と出たのは坂田さんの姿が見えなくなってからだった。
落ちる音に耳を塞ぐ
(なんてことだ、都会って、都会の人って、すごい。)
あとがき
もうちょっと続きます。
2014/03/16