真選組の隊士にも非番の日はある。
偶然にも私と沖田隊長のそれが重なった今日は、とてもいい天気だった。
「くっそ眠ィ」
いい天気すぎたのがいけなかったのか、私が彼の部屋に行って一番最初に聞いた言葉がそれだった。
「何言ってるんですか、もう10時ですよ。もう少しでお昼寝タイムになっちゃいますよ」
「二度寝からの昼寝なんて最高じゃねーですか」
「なんかそれ銀さんがダブって見える」
「げぇっ」
のそりと布団から出てきた沖田隊長はぼさぼさの髪を手櫛で整えていく。
枕のあとがついた部分だけぴょんと跳ねる髪が可愛いなと、こっそり思った。
「で、は何しに来たんですかィ」
跳ねた髪は諦めたのか、そのままにして布団の上で胡坐をかく。
私はそっと沖田隊長の部屋の扉を後ろ手で閉めて、凭れかかるように立つ。
「ええと、その、せっかくのお休みですし、で、デートでもどうかなと思いまして」
言いながら顔が熱くなるのがわかった。
日頃は誰にもこの関係が悟られないように、隊長と部下として振る舞い、誤魔化している。
それはもう、甘さの欠片もない生活だ。
この前も「土方さん抹殺案が思いついたんで、で試してみていいですかィ」とか言われた。
ぶっつけ本番でいきましょう、と押し切ったが止めるべきだったと翌日の土方さんの悲鳴で後悔したのは昨日のこと。
たまには、少しくらい、恋人らしい時間を過ごしてみたいのである。
「なんかもう今日は出掛ける気分じゃないんで」
あくび交じりの声に、飛びかけていた意識が戻ってきた。
「…え、ちょ、ええええ。せっかく一緒の日にお休みなんですよ?有休じゃなくて、普通に、非番なんですよ!?」
一緒に有休をとったらそれこそ怪しいが、こんなチャンスはめったにない。
口実もなにもいらない、絶好の日和なのに。
「どうしても今日行きたいってとこでもあるんですかィ?」
「そりゃあ…まあ、別に今日に限りはしませんけど…」
記念日でもなければ何でもない日だが、タイミング的には最高なのだ。
もやもやしていると、沖田隊長に名前を呼ばれ、視線を合わせる。
「とりあえず座りなせェ。んなとこに立ってたら廊下通った奴が気付きやすぜ」
「え、あっ」
そう言えばそうだと思って、沖田隊長がぽんぽんと叩いた場所へ移動しようとして踏みとどまった。
「す、すいません、そこ」
「早くしろィ」
「いやいやいや。それはちょっと」
ここ以外認めない、と言い切った沖田隊長が叩いたのは、自分の足。
胡坐をかいて座る、自分のひざ部分をぽんぽんと叩く。
「やめた方がいいですって。足折れますよ」
あと恥ずかしさで私が倒れそう。
「が座った程度で折れるわけねーだろ。田舎侍なめんじゃねーやィ」
「田舎娘もなめてもらっちゃ困ります」
沖田隊長は座ったまま、私は立ったままお互いを睨む。
体勢的には私の方が有利なはずなのに、一歩も譲る気が無い沖田隊長の眼力に負けそうだ。
「へ、変な事しないでくださいよ」
「変な事、ねぇ。が思う変な事と俺が思う変な事が一緒とは限りやせんから」
にやにやと笑顔で見上げてくる沖田隊長の視線がくすぐったい。
内緒のお付き合いというやつのせいか、昨今珍しいと言われるくらいプラトニックなお付き合いしかしていない。
友人である神楽ちゃんや銀さんにはたまにそういう話もするのだが、やはり珍しいと言われる。
「俺なら仕事中でも手ェ出すね、バレねーように」「死ねヨ天パ」と言っていた二人をふと思い出した。
「いい加減座らねーと、足元回し蹴りしやすぜ」
「わっ、わかりました座ります!」
おずおずと足を進め、沖田隊長の前に膝をつく。
そこから、動けない。
どうすればいいんだっけ、人の足の上なんて座ったことがない。
いや昔は父親の足の上に座っていたのかもしれないが、それとこれとは大違いである。
「」
ぐるぐる考えを巡らせていると、痺れを切らしたのか沖田隊長に手を引っ張られ、強制的に身体を反転させられた。
「おらよっ」
「ひゃっ」
くるっと回って沖田隊長に背を向けるかたちになった後、もう一度手を引かれ、すとん、とそこへ身体が沈んだ。
「はあ、長ぇ。たかがこんだけに時間とらせすぎでさァ」
「ご…ごめんなさい」
ぎゅううと私を抱きしめるように腕を回され、私の前で手を組む。
次いで肩に重みが加わり、視界の端に綺麗な栗色の髪が見えた。
ぴたりと背中にくっつく感覚に思わず身体が強張る。
「ああああの、お、重くないですか!?」
「重くねーよ」
喋るたびに首に息がかかり、小刻みな震えが背中に伝わってくる。
…震え?
「ちょ、何笑ってんですか」
「ふっ、くく…いや、いくらなんでも身体強張りすぎだろィ。おかしいったらねぇや」
堪え切れなくなったのか、声を出して笑う沖田隊長に若干の悔しさを覚えた。
なんだこの人こんなに余裕なんだろうか。
「しょうがないじゃないですか、こんなの、慣れてないですし」
「慣れてたら、いつ誰とどこでこういうことしたのか拷問タイムが始まるとこでしたねィ」
「慣れてなくてよかった」
沖田隊長のこういう台詞は冗談じゃない。本気だから恐ろしい。
「で。座り心地はどうでさァ」
「…い、良いです」
「そりゃよかった。悪いっつったらこのままバックドロップしかけるとこだったんで」
沖田隊長は私の肩に額を摺り寄せながら恐ろしい事を言ってくる。
「今日はこのまま、ゆっくりしやしょう。俺の部屋は誰も来やせんから」
進んで死にたがる人はいませんからね、と口に出そうになったのを寸前で止めた。
「デートの方がよかったですかィ?」
きゅ、と私を閉じ込める腕が締まる。
「…今日のところは、これで許してあげます」
「そりゃどーも」
その声がやけに耳元で聞こえたなと思った直後、小さなリップ音と共に首筋に柔らかいものが触れた。
「っお、沖田隊長っ!」
「何でィ」
「へ、変な事しないでって…」
言ったのに、と続ける前に今度は耳に同じ感覚が伝わり、声が出なくなる。
「さっき、が思う変な事っていうの教えてもらえやせんでしたから。俺的には全然変じゃないんで」
けろりと言ってくる沖田隊長は、絶対笑っているんだろう。
「嫌なら嫌って言いなせェ。その代わり、二度としてやらねーけど」
「う…」
嫌かと聞かれると、困る。
きっとこれは、恥ずかしいだけであって嫌なわけではない。
けれど嫌じゃないなんて言ったらきっとこれはエスカレートする。
「い、意地悪ですねほんと…!」
「今更ですねェ」
くくっと笑って、ほら早く返事しなせェ、とせかされる。
きっと、言うまでここから退くことはできないのだろう。
デートの代わりに
(でも、この意地悪を嫌だと思っていない私自身が一番厄介だと思う。)
あとがき
最初はもっと命令系ギャグになる予定だったんですが、以外にも甘めになりました。
2014/11/03