それは、とある新月の夜。
真選組の隠密であるは攘夷志士の集会所にて動向を探り、奇襲の合図を真選組に送る役目があった。
見事その役目を果たし、到着した真選組一番隊との戦闘は予定に狂いなく進もうとしていた。
「…あれ?」
ばたりばたりと倒れていく攘夷志士の人数を天井裏で数えながら、は首を捻った。
「山崎さんが教えてくれた人数と合わない…一人足りない」
数え間違うことなんて、あの人に限って無いと思いながらもう一度辺りを見回す。
「みーつけた!」
物陰に隠れる攘夷志士を見つけ、ふっと口角が上がる。
念のためにと持ってきた短刀を手に持ち、天井裏を移動する。
「どうしよう、一番近いとこにいる沖田さんに伝えるか…でもその隙に逃げられそうだし…」
今なら捕まえる事くらいできるかも、とは息を飲み、気配を消す。
音を立てないように天井に穴を開け、さん、に、いち、と心の中で数を数え、飛びかかった瞬間だった。
ぐるりと攘夷志士の男が振り返り、左手に持つ拳銃の銃口をへと向ける。
ドンッという発砲音で気付いた沖田はつい今し方斬り捨てた刀を、その勢いのまま音の方へと突き伸ばした。
「……なっ、!?」
血走った沖田の目がぐらりと揺れ、瞬間、二人分の血が当たりに飛んだ。
「いやー、銃の方は避けたんですけどね。っていうか慣れないことはするもんじゃないですね!」
へらへらと笑うに、土方は重いため息をついた。
攘夷志士奇襲の晩が明けて翌日、は真選組屯所の自室の布団で目が覚めた。
「ったく、偶然当たりどころが良かっただけでもしかしたら腕一本なくなってたかもしれねぇんだぞ」
「ですよねー。沖田さんって本当に強いんですね」
「そんな暢気なこと言ってる場合か」
の左腕に巻かれた包帯に目をやり、土方は苦々しい顔をして立ち上がる。
「とりあえず、それが治るまで安静にしてろ。いいな」
そう言い残して土方は静かに部屋を出た。
廊下を歩いていると、近藤がリンゴとナイフを皿に乗せて歩いてきた。
「おおトシ、どうだちゃんの様子は」
「いつもと変わりなさすぎて心配し辛ェ」
煙草を咥えようとして、その手を戻す。
「で、総悟はどこ行ったんだ?あいつも心配してるだろ」
「あのドS野郎が心配するたァ思えねーが…って噂をすればなんとやらだな」
くいと土方は顎で近藤の後ろを示す。
どすどすと大股で歩いてくるのは、今まさに噂をしていた沖田だった。
「総悟。お前もこれに懲りて、ちったあ反省しろよ」
近藤と土方の横を素通りしようとした沖田に向かって、土方は絶妙なタイミングで沖田の頭をはたいた。
べし、とそれが当たり、ほんの少しだけ沖田の身体がよろめく。
「…え」
当たった?
そう土方が疑問に思った瞬間、沖田はぐっと姿勢を落として土方の足元を蹴り飛ばした。
完全に油断していた土方は「どあっ」と声を上げてその場に尻もちをつく。
「うるせェ。あいつが鈍いのが悪いんでさァ」
その声がどことなく、いつもと違うように感じて近藤は笑いながら自分が持っていた皿を沖田へと差し出した。
「ほれ。ちゃんのとこへ持っていってやれ。どうせ行くんだろ?」
「……別に、行くつもりじゃありやせんでしたけど。通り道なんで持って行きまさァ」
すっと皿を受け取り、沖田はもう一発土方へと蹴りを入れて廊下を突き進んで行った。
「いってェ!なんなんだ、あいつは」
「あれでも一応、心配してるんだろうなぁ」
腰を擦りながら立ち上がった土方と相変わらず大股で進んでいく沖田を見て、近藤は優しく笑った。
静まり返ったの部屋の前で立ち止まり、沖田は戸に手を掛けようとしては躊躇っていた。
「……」
あの時沖田の目に映った光景が、ふとした瞬間にフラッシュバックする。
自分が向けた刀が、白い肌を裂いたこと。飛び散る赤色。そして、痛みに歪む顔。
「…くそ」
それは無意識に、ほんのかすかな声で零れ落ちた後悔だった。
部屋の外に何かの気配を感じていたは、戸を開けるべきか否かで悩んでいた。
しばらくすると、コンコンと戸横の柱が叩かれる音を合図にもそもそと布団から出た。
「はーい、どちらさま…ってあれ」
そこには誰もおらず、ただ、ぽつんと剥かれたいびつなりんごが置かれていた。
それから3日間ほど。
柱を叩く音に反応して戸を開けるも、部屋の前に人はおらず、ただ果物や菓子や包帯や、そういったものだけが置かれていた。
「土方さん、この辺りってキツネ出ますっけ」
「何言ってんだお前は」
「いやぜったこれキツネさんですよ!ごんぎつね的な感じですよ!」
「寝過ぎて頭おかしくなったか」
目を輝かせると反対に、土方は呆れた目をしていた。
「そういや、あれから総悟には会ったか?」
そう土方が尋ねると、は先ほどと打って変わって困ったように笑った。
「それが、会えてないんですよ。ひとこと謝りたいんですけどね」
「謝る?」
「はい。その…邪魔しちゃってごめんなさい、って。あの時、私は動かなかった方がよかったんじゃないかって」
奇襲の日のことは沖田から聞いていた土方は、少し視線を逸らして眉間にしわを寄せた。
「あー…聞く限り事故みてーなもんだからな。まあ、気になるんなら自分で行って謝ってこい」
「そう、ですね。よし、思い立ったが吉日!今から行ってきます!」
よろりとふらつきながらも立ち上がったを支え、土方は一人で大丈夫かと尋ねた。
大丈夫です、と返して歩く事数分。は沖田の部屋の前に到着した。
「沖田さん、私です、です。入りますよー」
からりと戸を開けて中へ入ると、丁度刀の手入れをしていた沖田と目が合った。
「…なにフラフラ出歩いてんでさァ」
「その、沖田さんが来てくれるのを待ってたんですけど、なかなか会えないので来ちゃいました」
沖田は視線だけに向け、手入れを中断させて刀をしまう。
「この前はごめんなさ」
「怪我は、もういいんですかィ」
「え?あ、もう随分よくなりましたよ。とはいえ傷が開くと厄介なので現場復帰はまだですが」
部屋の入り口近くに座ったの腕に目をやり、そうですかィ、と気の無い返事を返す。
「なんだか沖田さん、おとなしいですね」
「はァ?」
心底、といった感じに声が出た沖田には少しうろたえた。
「いやその、いつもなら軟弱だなとか鈍くさいとか言ってきたり、傷口抉ろうとしたりするじゃないですか」
土方ほどではないが、も沖田被害者のひとりだ。経験上、こんなに何もしない沖田には違和感しか感じない。
「それが御望みってんなら抉ってやろうじゃねーか」
そう言っての前へ歩を進め、左腕に手を伸ばそうとしたところで、ぴたりと動きが止まった。
「……」
「沖田さん?」
少し身構えていたは、動かない沖田の顔を覗き込む。
「変なんでィ」
すとん、と落ちるようにの前に座りこんだ沖田の目は、どこか宙を見ていた。
「土方さんとかには今まで通りなのに、には、叩いたり、プロレス技キメたり、罠しかけたりできないんでさァ」
「それ私としてはすごく有り難いのでそのままでいいんですけど」
こんな沖田は初めて見るせいか、もどう反応したらいいかわからず、ゆっくりと言葉を選ぶ。
「ええと、沖田さん、もし、違っていたらとてつもなく恥ずかしいんですけど」
言いながら、少し躊躇いがちには沖田の手を取る。
「私は、ちゃんと、生きてますよ」
「……お前ェ」
「私、ちゃんと治りますから。沖田さんに殺されたりしませんから」
そう言うと沖田の瞼が少しだけひくりと動いた。
「この前はごめんなさい。私、調べることしかできないのに無茶したから、沖田さんの邪魔になっちゃいました」
「……」
「駄目ですね、やっぱり現場のプロである沖田さんに任せるべきでした」
知らせておけばよかった。動かなければよかった。違う手段をとればよかった。
「…そうでさァ」
「沖田さ、ひゃっ」
力の抜けていた沖田の手が一転し、ぐっと手を引かれは沖田へと倒れ込んだ。
「は鈍くせェし、どこか抜けてるし、実戦は専門外なんでさァ。だから大人しく待ってりゃいいんでィ」
ぎゅっと抱きしめるように背中に回った手と、掴まれた手が沖田の体温で温まっていく。
「俺に、殺されんな」
「…はい、がんばります」
きっと、がんばらなくても大丈夫なんだろうと思いながら、はそっと目を閉じた。
きつねのお見舞い
(「完全復帰おめでとうございまさァ。お祝いに俺が刀の稽古つけてやらァ」「大丈夫かと思ったけど大丈夫じゃなかった!」)
あとがき
自分が傷つけてしまったことに無意識に後悔する沖田さん。
2015/02/08