冬が過ぎ、春へと移り変わろうとしている。
まだ肌寒い朝に身を震わせ、制服の袖を少し引っ張った。
はあ、と手に息を吐いては袖を引っ張り、少しでも冷たい風に当たらないように努めた。
そんな学校への道のり。
後ろから足音が聞こえてきた。
「っは、あれ、?」
その人は走ってきて息が切れているのか、途切れ途切れに名前を呼ぶ。
誰かと思って隣に並んだその人を少し見上げると、よく見知った顔だった。
「あ、さっちゃん」
「…その呼び方、そろそろやめない?」
はあ、と息を落ち着かせながら言うのは近所に住む退くんことさっちゃん。
所謂、幼馴染というものにあたる人だ。
「でも、もう定着しちゃったから。今更呼び方変えるのも変な感じだし」
「なんていうか恥ずかしいんだよ、それ」
彼はそう言って首元を掻きながら隣に並び、私と同じ速度で歩く。
「急いでたんじゃないの?」
「あーうん、まあね。部活の朝練があったんだけど…もう遅刻だからいいや」
「いいの?怖いんでしょ、副部長さん」
そう言うと彼は顔を引きつらせて、慣れてるからいい、と言った。
絶対痩せ我慢だと思う。
私とさっちゃんは、学校が違う。
途中までの道のりは同じだけど、もうすぐ別々の道へ歩みを進めなければならない。
まあ近所だし、会おうと思えばすぐ会えるのだけど。
「ね、今度さっちゃんの学校行ってみたいな」
「やめときなよ。ロクな奴いないから」
「ええー」
むう、と少し怒ったように声を出してみたけれどさっぱり効き目はない様子。
「っと、ここまでだね」
気付けばもう分かれ道へと到着していた。
朝じゃなかったらよかったのに。
そう思って、自分で自分に首を傾げそうになった。
「じゃあ、部活頑張ってね。怒られても泣いちゃだめだよ」
「泣かないって!俺をなんだと思ってるの」
肩にかけた鞄を持ち直して、今度は彼が少し怒ったふうに言う。
「ああ、そうだ。ちょっと待って」
「うん?」
今度こそ首を傾げると、さっちゃんはポケットから何かを取り出して私の手にそれを押しつけた。
「え、これ」
手に握らされたのは丁度良い温度に温まったカイロだった。
「寒いんでしょ。そんなに袖引っ張って制服伸びたらどうするんだよ」
「せ、制服はいいけど!さっちゃん寒いんじゃ…」
「俺は走ってきたから大丈夫。むしろ暑いくらいだから気にしなくていいの」
そう言って手で顔を扇いでみせる。
「ほらほら、の方が学校遠いんだから。早く行かないと遅刻するよ」
そう言って肩に手を置かれ、くるりと体を反転させられる。
「ひゃ、あ、えっと、ありがとう!」
「うんうん。どういたしまして。それじゃ、今日も一日頑張ってね」
最後にとん、と背中を押される。
ぱっと振り返ったそこに、もう彼はいなくて。
腕時計を見て再び走り出す彼の背中を見ながら、手に握らされたカイロをぎゅっと両手で包みこんだ。
「いつの間にこんなことできるようになっちゃったの、さっちゃん」
温かいのはカイロだけのはずなのに、顔まで温かくなってきた。
今日はもう、袖を引っ張る必要はなさそうだ。
受け取ったカイロを握り、緩みそうになる顔をおさえながら学校への道を再び歩き出した。
白馬よ赤く駆け抜けて
(幼馴染のさっちゃんは、いつの間にか男の子の退くんになっていました。)
あとがき
ヒロインは女子高とか違うとこに通ってる設定。きっと彼女の方が偏差値高い。笑
※末筆になりますが、このお話は「&Clyde」管理人のクマちゃんに許可を得て書いております。
2015/04/04