真選組隊士の朝は早い。
しかし、それ以上に早いのはうちの女中であるの朝だ。
「おはようございます、土方さん!」
「はよ」
顔を洗いに行こうと廊下を歩いていると、向かい側からが歩いてきた。
「土方さんはすごいですね。毎朝ちゃんと自分で起きてきますから」
「普通だろうが」
「普通のことを普通にできるっていうのも、すごいことですよ」
沖田さんなんて起こしに行っても起きてくれませんから、とは笑う。
そいつと比べるなと言いたい気持ちを押さえて、溜息にもならない吐息で返した。
「…ところでお前、さっきまで朝飯作ってただろ」
「えっ。なんでわかったんですか」
とんとん、と自分の胸元を叩いてみせると、はゆっくり視線を下ろした。
「あ」
そう声を零して、着物の襟もとについたネギの欠片をつまみあげ、恥ずかしそうに顔を赤くする。
「どうやったらそんなとこに飛ぶんだよ」
「あはは…ちょっと、勢いよく切り過ぎたのかも。うう、忘れてください!」
そう言っては顔を赤くしたまま走り去って行った。
その姿が見えなくなってから、俺は小さく吹き出すように笑った。
それから朝礼、朝食を済ませて執務のため部屋へと向かっている途中で俺は足を止める。
庭で洗濯物を干すそいつにそっと近付き、ぽんっと肩を叩いてやった。
「ひゃっ!!」
飛びあがらんばかりの勢いで肩を揺らしたは、目を丸くしてこちらを振り向く。
「そこまでビビることねぇだろ」
「び、び、びっくりしますよ!なんで気配消してくるんですか!」
言いながら2歩ほど後ずさり、俺を睨むように見てくる。
その顔より、握りしめられたシャツの方が気になる。それ俺のじゃねーか。
「ここで働くんなら、気配くらい感じ取れるようになっとけよ」
「無茶言わないでくださいよ…」
しょぼん、という効果音が似合う顔で手に持ったシャツのしわを伸ばす。
「もう、私の邪魔してないでお仕事してくださいよ!」
いつも俺が総悟に言っているようなことを言われて、少し複雑な気持ちになった。
まあだが確かに、と思い直して立ち去ろうとした時だった。
がハンガーに留めようとしていた洗濯バサミが、ばちんっと良い音を立てて真上に飛び上がった。
「………」
「ぶっ、く…くくっ、おま、器用な奴だな」
「ば…バカにしてますよね!今のそれ絶対バカにしてますよね!!」
無残に落ちた洗濯バサミを拾おうとがしゃがむ前に、そいつを拾い上げる。
細かい砂をフッと吹き飛ばし、またシャツを握りしめているに差し出した。
「うう、ありがとうございます」
ばちん、と今度はちゃんとハンガーに留まった洗濯バサミを見届ける。
「いつもは」
物干し竿にかけたシャツのしわを伸ばしながら、は小さな声で言った。
「いつもは、こんなこと、しないんですからね。偶然です、たまたまですからね」
「そういうことにしといてやるよ」
「そういうことなんです!」
恥ずかしいのかなんなのか、の顔は赤いままだ。
前に、近藤さんにのことが好きなのか、と妙にニヤニヤしながら聞かれたことがある。
その時ははっきり違う、と答えた。
改めて思うが、やっぱり、好きではない。
好きというより、愛おしい、という方がしっくりくる。
この鬼の副長ともあろう俺がそんなことを思う日が来るとはな。
そう思って笑ったのだが、は知るわけもなくひたすら「またバカにしてる!」と今度はハンガーを握りしめた。
「バカにしてねーよ」
「じゃあなんでニヤニヤしてるんですか!沖田さんみたいですよ、その顔!」
「心外だ」
あいつと同じにされるなんてたまったもんじゃねぇ。
「もうだめです、今日の私はだめですから、近寄らないでください…」
「そうはいかねーだろ。ドジってんの2回見たからな、あと1回は見られそうだ」
「なんですかその2度ある事は3度あるみたいな感じ」
勘弁してくださいとしょげるに、また、顔が綻ぶ。
目が離せないというか、守ってやりたいというか、どうしようもないというか。
側にいてやりたいというか。
きっとこれは、好きなんてモンじゃないんだろう。
いとおしい
(叶うなら、こいつを助けるのがいつも俺であることを願う。)
あとがき
珍しくデレ土方さんになりました。
2015/07/05