テレビの中では理想の世界が広がっている。
組織の為の取引を持ちかけられたヒロインが体を要求され、
そこに素晴らしいタイミングでヒーローもとい今話題のイケメン俳優が現れるというもの。
どのドラマでも似たようなシーンを見る気がする。
そしてそのたびに、私とまた子は呟くのだ。
「「ねーわ」」
溜息をセットにするのも忘れずに。
「はぁー。こんな風に颯爽と助けに来てくれたらそりゃ惚れるわ」
「っつーかこの女も女ッスよ。急所蹴りあげて眉間撃ち抜くくらいしろって感じッス」
「それはまた子じゃないとちょっとキツいかな」
「あー。確かにはできなさそーッスね」
テレビに向かって冷めた視線を送る私とまた子。
分かっている、これはただの羨望と嫉妬だ。
悔しい事に私もドラマみたいなシチュエーションに弱いのだ。
「大体、あんな状況に陥ること自体が難易度高いよね」
「ドラマッスからねー。あー、私も晋助様を颯爽と助けて、よくやったな、って言われたいッス!」
「あ、そっちなんだね」
それも難易度が高そうだ。
晋助がピンチに陥るような相手なんて、そんなにいないんじゃないかな。
たぶん。いまのところ。
「あーあ。なんかこう、ドラマみたいな刺激が欲しいなあ」
「じゃあいっちょ勝ち込みに行くッスか?丁度今日、怪しい取引が港であるらしいんスよ」
にやにやと悪い笑顔で言うまた子は、やけに生き生きしている。
武市さんにイノシシ女と言われているだけのことはあるというかなんというか。
「で、どうッスか!」
ずいっとまた子が身を乗り出す。
「駄目だ」
鶴の一声とでも言うのだろうか。
低い声に私もまた子も動きが止まる。
「しっ、晋助様!?」
「ちょっと晋助ー。女子部屋に勝手に入らないでよ」
「どどどどうぞお入りください、狭いとこッスけど!」
「また子ォォォォ!!」
散らかっているわけではないものの、なんとなく部屋に入られるのは恥ずかしい。
「そういや来島」
「はいッ!」
ピシッと背筋を伸ばして返事をする。
さっきまで私とごろーんと横になりながらテレビを見ていた姿が嘘のようだ。
「さっき武市がお前の銃を勝手に使ってたぞ」
「あンのロリコン野郎ォォォォオオオオ!!!!!」
叫ぶなりまた子は、ダァンッと床を蹴るようにして部屋を飛び出して行った。
スッとまた子を避けた晋助を私は見逃さなかった。
「で。お前は何やってんだ」
「ぐーたらしてました」
付きっぱなしになっていたテレビをぱちんと消す。
「ドラマなんぞに憧れて、自分から危ないことすんじゃねぇぞ」
「……えっ」
後ろ手に扉を閉めて、晋助は私の隣に座る。
「ちょっと待っていつから聞いてたの」
「と来島が同時に溜息をついたところからだ」
「最悪だ」
女子トークを聞かれてしまった。
なんだかとてつもなく恥ずかしい。
そう思っていると、投げ出していた足に重みを感じた。
「ちょっとちょっと晋助さーん。なにやってるんですか」
「あ?」
「あ、じゃないですよ。勝手にひとの足を枕にしないでください」
ふああ、とあくびを零す晋助は、なんだか少し幼く見えて可愛いと思ってしまった。
「いいんだよ。これがお前の仕事だ」
「どんな仕事よ」
私は枕だっていうのか。
「あと」
閉じかかっていた目を少し開いて、晋助は言葉を続ける。
「期待を裏切るようで悪ィがな、俺がを助けに行くなんて事態にゃならねぇよ」
「…」
「そうならねぇように仕組んでるんだ、勝手に動いてそんな事態に陥るんじゃねぇよ」
ふあ、とあくびを噛み殺しながら言う。
あれ。なんか結構すごいこと言ってない?
「もしかしてさ、ものすごく用意周到に私を護ってくれてる?」
「……んなこたァ言ってねえ」
「そうかなあ。言ってたも同然だったと思うんだけどなあ」
にやつく顔をそのままに、私は晋助の顔を覗き込む。
晋助はバツが悪そうにごろりと横を向いて私の視線から逃れた。
「うるせぇな。お前は大人しく俺の枕になってりゃいいんだよ」
視線こそ逸らしているものの、あまりにも堂々と言うものだから少し面喰った。
「…枕役だなんて、ドラマチックとは程遠い役ね」
「俺の専属枕なんだ。文句あるめぇ」
どこから出てくるの、その自信。
そう言い返した所で、私の太腿の上からは一定速度の呼吸音が聞こえてきた。
非ドラマチック配役
(私も晋助も、ヒーローやヒロインにはなれそうにないね。)
あとがき
平和な日常。
2016/08/06