お昼を過ぎて眠気がやってくる頃、ピンポーンと万事屋にチャイムの音が響いた。
はーい、と声を上げて玄関へ向かう。
「どちらさまで…あ、さん!」
「こんばんは新八くん!今日って万事屋は空いてる?」
「ええ、いつも通り神楽ちゃんも銀さんもごろごろしていますよ」
いつも通りって言いたくないですけどね。働けよ。
「じゃあ丁度良かった」
ぼそっと呟くように言ってさんは、上がってもいい?と言ったので僕は大きく頷いた。
「わああー!アル!いらっしゃいネ!」
「おっととと…神楽ちゃんは今日も元気だねえ」
がばっとさんに抱きついた神楽ちゃん。
そしてすん、と鼻を鳴らす。
「なんか…」
「糖分の香りがする」
神楽ちゃんの言葉を遮って口をはさんだのは、寝起きなのか目がいつもの数倍死んでいる銀さんだった。
「銀ちゃんって犬みたいだね」
「卑しいアル」
「おめーも同じこと言おうとしてただろ」
ふあ、とあくびをしながら銀さんはさんに近付く。
さんは少し困ったように笑って、銀ちゃんはすごいね、と言った。
「実は…ホールケーキを買ってきちゃいました」
「神様だァァァァ!!!!!」
「マジ神様アルゥゥゥゥ!!!!!」
さんがケーキという単語を口にするとほぼ同時に、ふたりは膝をついてさんを崇め出した。
「なにこの二人」
「すみませんほんと」
ここ数日仕事がなくて、お金もなくて、二人共糖分が足りていなかったんだろう。
それにしてもこれはドン引くわ!!
「でも実はね、今日は私も似たようなものなんだ」
困ったように笑いながらさんは大きな紙袋を居間の机に置いた。
「あのね、ちょっと仕事が立てこんでここ最近日付変わってから帰る生活をしててね」
僕らと違ってさんは普通にお仕事をしているので、僕らとは生活リズムが違う。
万事屋メンバーは基本、ぐうたらしすぎだと思う。
「それでちょっとストレスが溜まって、イラッときて、その、ばーんと買い物がしたくてね」
だんだん言い訳みたいになってきたんだけど大丈夫だろうか。
さんの話を聞いているのかそうじゃないのか、二人はがさごそと紙袋から箱を取り出して蓋を開ける。
「そこのお店で買える、いちばん大きくて高いホールケーキを衝動買いしちゃいました」
「ちょ、久々にこんなでかいケーキ見たぞ!やべえ美味そ……」
銀さんの興奮した声が少しずつ落ちて行く。
といっても別にガッカリだのそういう類の感じではなくて、しいていえば、呆然、だ。
「ちゃん。なにこの、ぎんときくん8さいおたんじょうびおめでとう、って」
「銀ちゃん8歳だったアルか。お酒飲んじゃ駄目な歳だったアルか。この不良息子ォォォ!」
「ちげーよ!!!!」
僕が持ってきたフォークで闘いを始める二人。
危ないだろ、と叫んで止める。8歳で間違ってねーよお前ら!
「あ、あははは。あの、ほんと、ごめん」
対するさんの声は少ししぼんでいる。
「実はね、本当はホールケーキやけ食いする予定だったんだよ。
でもお店のお姉さんに、一人で食べると思われていなくて、誕生日の方のお名前入れますよって言われてさ」
なるほど確かに。
一人で食べるにはちょっと大きい。
「で、ふと思い出したのよ。あ、銀ちゃんそろそろ誕生日だよなーって」
「それで?」
「ちょっとお名前借りちゃいましたすいまっせん!!!!!」
頭を抱えて恥ずかしそうに謝るさん。
「名前使うのはいいけどよ、なにこの8さい、って」
「それも悩んだのよ!ほんとの年齢言うのもなあーって思って、当たり障りない8歳くらいがいいかなーって」
もうお姉さんとやりとりしてる最中は冷や汗だらけよ!と言ってさんは顔を伏せる。
「ほんとはね、二人に気付かれる前に台所お借りして、チョコプレートだけ避けようと思ってたの」
でも二人共反応早いんだもん、と言うさんの顔はもう真っ赤だ。
「…私の名前ならいつだって使っていいアルよ」
ぽん、と男前というかカッコイイ顔でさんの肩をたたく神楽ちゃん。
いやケーキ食べたいだけだよね。おこぼれ貰おうとしてるだけだよね。
「か、神楽ちゃん…!カッコイイ…!」
あ、さんもだいぶマヒしてる。
「ちょいちょいちょい!別に怒ってるわけじゃねーから!」
銀さんは言いながら、べりっとさんと神楽ちゃんを引きはがして間に入った。
「色々不意打ちっつーか予想外で面喰っただけだっつの。つーかチョコ避けるな、俺が食う」
「何言ってるネ!4等分して4分の3は私が貰うアル!」
「等分した意味がまるでないでしょそれ」
思わずツッコミをいれる。
「まあまあ、チョコの謎は解けたし食おうぜ。ほら新八、4等分して4分の2は俺な」
「だから等分の意味を考えろっつーの」
しかも今週ぐーたらしてた銀さんより、頑張ってたさんにあげろよ。と僕はこっそり思う。
「あ、でも、結果的に丁度銀ちゃんの誕生日も兼ねて…ちょっと多めに食べていいよ」
「は神様で天使か」
「ズルいアル!銀ちゃん、そのケーキ上半分でいいから私に譲れヨ」
「お前は悪魔か。上半分てフルーツとクリームごっそり持っていかれてんだろ」
「あの、ほんと、すみません。こんな奴らで」
ケーキをきっちり4等分に切り分けながら僕はこっそりさんに謝る。
お茶を淹れながらさんは首を振って笑った。
「ううん。なんかいいね、あの二人見てるとストレスが吹き飛ぶよ」
「そう、ですかね…」
毎日見ているせいか、どっちかといえばストレス溜まるんだけどなあ。
「」
ちょうどケーキを切り分けてお皿に取り分けたところで銀さんが声をかける。
「一週間頑張ったお祝いに乾杯といこうじゃねーか」
「銀ちゃんは何も頑張ってないけどな」
「茶々入れんじゃねーよ神楽」
ぐりぐりとフォークの柄で神楽ちゃんの頬を攻撃しつつ銀さんはコップを掲げる。
「お疲れ、」
「ありがとう、銀ちゃん。それから…」
ついでにハッピーバースデイ
(「プレゼントは添い寝でよろしく」「最低ネ」「ほんとですよ」「あーケーキ美味しい!」「マジでついでだこれ」)
あとがき
そういえば誕生日ですね。
2016/10/10