授業も終わり、昼間は賑やかな銀魂高校内も随分と静かになっていた。
閉じまりを行う先生たちに軽く挨拶をして、あたしはひたすら下を向いて歩いていた。
前方なんてほとんど見ていなかったのだから仕方がないのだが、どんっと何かに思い切りぶつかった。
「…そんな腰曲げて何やってんだ、ババァ」
「あ、ごめんなさ…って誰がババァだ!!」
がばっと顔を上げると、床しか映っていなかった目に真っ白な服が映った。
「うわ、高杉さん!」
我が校の保健医であり、あたしの家のお隣さんの高杉さんが、それはそれは不機嫌そうな顔で目の前にいた。
思わず2,3歩後ずさって顔を引きつらせる。
「あー、えっと閉じまり御苦労さまです!じゃああたしは忙しいのでこれで…」
すすっとその場を通り過ぎようとしたが、高杉さんはあたしの首に腕の内側を打ち付けるようにして行く手を阻んだ。
ちょっと待って一般人にラリアットは酷い。
「ぐえっ、げっほげほ、な、何するんですか!」
「質問には答えて行け。何やってんだ」
咽込むあたしに目もくれず、近くの窓を閉めながらそう言い捨てた。
「い、家の鍵を落としまして…多分学校で落としたと思うんですよ。それを探してました」
気付いたのは学校を出て少ししてからなのだが、たぶん落としたのは学校だろうと思って戻ってきた。
首元を擦りながら呼吸を整えてそう言うと、高杉さんは少し考えるように顎に手を当てた。
「ちなみにその鍵…」
ぽつりと呟くように言いながら高杉さんは白衣のポケットに右手を突っ込み、何かをつまみ上げる。
「こういう感じのやつか」
一緒に繋がっているキーホルダーの金具とぶつかって、ちゃりんと高い音を立てる。
「うわあああそれ!それですよ!!よ、よかった見つかった…あたしの鍵!」
思わず両手を合わせて叫んでしまった。ほっとして深い息を吐く。
「見回り中に拾ったんだが…そうか、家の鍵を落とした間抜けはだったか」
くっ…間抜けだと…!でも今は鍵が見つかったことへの喜びの方が大きいので気にしないでおこう。
「そうです、あたしの鍵なんです。拾ってくださってありがとうございました」
すっと鍵に手を伸ばすと、高杉さんはひょいっとその鍵をあたしの手が届かない所へ持ち上げる。
「何してるんですか、返してくださいよ。正真正銘あたしのですから」
「んなこた分かってらァ。なんとなく見覚えもあったしな」
ゆらゆらと鍵を持つ手を左右に揺らす。
「返してほしけりゃ、この廊下の閉じまり俺の代わりにやってこい」
「………わかりましたよ」
内心ため息を吐いて、さっさと窓の閉じまりを始める。
高杉さんが今日はやけに素直だな、と言っていたが華麗にスルーして窓に鍵をかける作業を進めた。
それ高杉さんの仕事じゃないですかと反論したところで結局押し負けることは目に見えている。
そう、あたしだって学習するのだ。決して手懐けられてるわけではない。学習したのだ。
カチャン、と廊下の一番奥の窓を閉めて、ちゃんと窓が閉まったか確認した後に高杉さんの元へ戻る。
「閉じまり完了です!はい鍵!」
両手の掌を高杉さんに向けて差し出すと、高杉さんは少しだけ笑ってその手に鍵を乗せてくれた。
「ご苦労だったな」
ぶつかった時と正反対と言えるほど優しい声音で、高杉さんの左手は私の耳元の髪をふわふわと撫でる。
撫でられている事がなんだか落ち着かなくて、少し顔を俯かせた。
「ん?どうした?」
「ど、どうしたって、高杉さんの方がどうしたんですか、優しい高杉さんとか気持ち悪いですよ」
なんとなく顔を上げるのが恥ずかしくて目線だけ上へ向ける。
「が珍しく素直に動いたから、俺もたまには優しくしてやろうかと思ってな」
「い、いえ。閉じまりくらいなんて事ないですから」
手の中にある鍵を弄りながら呟くと、空いた右手が制服の上を滑るように腰に回ってきた。
「馬鹿。ご褒美も素直に貰っておけ」
「いやもう鍵貰いました、から、あのっ」
髪を撫でていた手は私の顎にかかり、くっと高杉さんの方へ顔を動かされる。
「上目遣いもイイモンだが、顔ごと上向かねぇと…やりづれェだろ」
じっとあたしを見つめる隻眼から目が逸らせない。そしてコツ、とお互いの額がぶつかる。
高杉さんのさらさらの髪が目の前に下がり、その近さに思わずぎゅっと目を瞑った。
「…バーカ。いきなりそんな豪華な褒美をやるわけねぇだろ」
耳元で囁くような声と同時に高杉さんの吐息が耳をくすぐり、驚いて目を開く。
ひゃ、と小さく甲高い声があたしの口から零れると、高杉さんがククッと笑った気がした。
「まあにはこれでも十分豪華だったみてーだがな」
だから、耳元で喋らないでくださいと言葉を発したいのに口が上手く動かない。
それより今口を開いたらさっきみたいな声が出そうで、開くに開けない。
あたしが何も言わないせいか高杉さんはそのまま耳朶をぺろりと一舐めし、耳のすぐ下に唇を落とす。
少し湿り気を帯びた耳朶に高杉さんの髪が擦れ、くすぐったくて顔を揺らした。
すっと顔を離して高杉さんは至極楽しそうに口元を笑みの形に歪めた。
「な、なに、するんですか…っ!こ、こんなとこ誰かに見られたらっ」
「誰かに見られるような危険がある場所でするわけねぇだろ」
動揺で声が震える私と正反対に、きっぱりはっきり言い放たれる。
「またご褒美が欲しけりゃ、上手に俺を誘ってみろよ」
ククッと低い声で笑いながら、高杉さんは帰るぞと言って階段に向かって歩きだす。
誘ったつもりなど毛頭ない。
風の入らない廊下でそう思いながら、赤くなった顔を手で扇いで冷ます。
握ったままだった鍵は、もう落とすものかと思いながらしっかり鞄の中にしまい込み、揺れる白衣を追った。
鍵穴の先
(反抗しても素直になっても、何を選んでも結局行きつく先は同じじゃないの!)
あとがき
「3Z保健医高杉で甘」というリクエストを頂きました!シチュエーション補足もありがとうございました!
書き終わって気付いたら保健要素がまったくないんですけどね。大丈夫なんですかねこれ。
でも当サイト的には結構甘く…なってるはず!最後らへんに糖分詰め込んでみました。
追加シチュエーションまで、素敵なリクエストありがとうございました!
藍様、188661キリ番おめでとうございました、そしてありがとうございました!!
2012/06/04
(掲載なさるときはあとがき消してOKですよ!)