ちゅんちゅん、と涼しげな鳥の鳴き声で私は目を覚ます。
もう朝か…今日も楽しい一日になるといいな!なんてちょっと小説やドラマのようなモノローグを心の中で入れてみる。
「ー!!いつまで寝てんだァ!」
雰囲気をぶち壊すようにして土方さんの声が聞こえてきた。
なんてことをしてくれるんだ、私の清々しい朝を暑苦しくしおって。
そう。ここは真選組屯所。
ロマンチックともドラマチックともかけ離れた場所で、私は仕事をしている。
といっても隊士ではなくて、女中…いや、雑用といったところだろう。
「はいはい、今行きます……あれ」
ずき、と喉に痛みが走った気がした。
…うーん、風邪気味なのかな。念のため薬だけ飲んでおこうかな。
土方さんたちがいる、修錬道場へタオルを運んでから朝食を食べて医務室へ向かった。
「あれ、ちゃん?どうしたの」
医務室にいたのはなぜか担当の先生ではなく、退くんだった。
「ちょっと喉が痛くて。完全に風邪引いちゃう前に対処しようと思って薬貰いにきたの」
話している時も、唾を飲み込むと少しビリッとする。
「わ、そりゃ大変だ。えっと待ってね、確かここに風邪薬が…。ん、はいこれ」
「ありがとー」
その場に座り、持ってきたペットボトルの水を口に含んでごくんと粒状の薬をのみ込む。
残りの薬を棚にしまう退くんの背中を見ていると外から足音が聞こえてきた。
「なんでィ、お前らこんなとこでサボってんじゃないですぜ」
「お前もさっきサボってただろうが」
どうやらさっきの足音は沖田さんと土方さんのものだったようだ。
「あれ、ザキ、おめーそれ…」
沖田さんが退くんの手元を指差して言う。
「これですか?風邪薬ですよ。ちゃんが風邪気味らしいので、今出してあげたんですけど…」
あれ、何かまずかったですか、と不安気に聞く退くん。それ以上に不安なのは私だ。
「それ、この前麻薬取引犯から押収した惚れ薬でさァ」
一瞬部屋の空気が固まった。
「はァァァ!?総悟、今お前何つった!?」
土方さんはガッと沖田さんに掴みかかってがくがくと肩を揺らす。
「その前になんでそんな危ないもの医務室に置いたんですか!沖田さんのばか!」
「だって俺の部屋にそんな得体のしれないモン置いておきたくなかったんで」
「だからって一番危ない医務室に置く沖田さんの神経を疑う!!!」
がくんがくんと揺さぶられている沖田さんと視線が全然合わない、けどとりあえず話はできるようだ。
「…待て。それ、飲んだつったよな?、それ飲んだんだよな?」
私に背を向けたままぽそりと呟いた土方さん。
ちょ、そんな変な空気醸し出さないでくださいよ怖いですよ。
「の…飲み、ましたけど、別になんともないですよ」
「お前それ飲んでから、誰かと目ェ合わせたか?」
目?
ばっちり誰かとは合ってない、ということを伝えると土方さんで遮られて見えない沖田さんの声が聞こえた。
「それ飲んでから人と目を合わせるとソイツに惚れるっていう代物なんでさァ」
若干楽しそうに沖田さんが言った直後、私の視界は真っ白になった。
「…ご、ごめん。とりあえずの対処法っていうか…うん、ほんとごめん!」
「え?あ、これ手ぬぐい?」
後ろから聞こえてきたのは退くんの声だった。
そっか、誰かと目が合わない限り大丈夫ならこうして視界を塞いでおけばいいということか。
「でもいつまでこうしてればいいんですか…?」
「薬の効き目がいつまでか、まだ調べてねェんだ。だから、…お前しばらくそのままでいろ」
「しばらくって!私これじゃ仕事になりませんよ!これ有給じゃないですよねこんなことで有給使いたくないです!」
土方さんの声が聞こえてきたけど、どっちにいるのかサッパリわからないまま返事を返す。
「ていうか、絵面的には最悪ですねィ。まあ俺は全然構いやせんけど」
やけに近いところで声がしたかと思うと、頬をぐいっと左右に引っ張られた。
「そもそも沖田さんが変な所に薬置いたからこういうことになるんですよ!ばか!沖田さんのばか!」
「今ので3回目でさァ。のくせに調子乗ってんじゃねーやい」
ぎりぎりと目の当たりに巻きつけられた手ぬぐいを更に締め上げていく沖田さん。
ちょ、痛い痛い!眉間の辺りがギリギリしてきた!痛いとこ増える!!
「やめてあげてくださいよ、沖田隊長!その、俺が間違えて渡しちゃったのもいけないんですし」
「そうですねィ。ザキが全面的に悪いってことで」
すごいやこの人。絶対顔色ひとつ変えずに言ってるよ。見えなくても分かるよ。
「馬鹿野郎。お前後で始末書な」
そんな沖田さんに土方さんの言葉が刺さった。うん、100枚くらい書かせてやってください。
「それよりどうするんですか、ちゃんこのままだと仕事もままならないじゃないですか」
「そ、そうですよ!ていうか今現在もどういう状況なのか分からないんですけど皆さん立ってるんですか?」
これ私だけ座ってたら、目隠しされてリンチされてる女子の図ですよ。ちょう怖い。
「そうですねィ、ザキ以外はを見下してまさあ」
「見下してんのは総悟だけだろ」
べち、と打撃音がした。多分沖田さんに土方さんからの制裁が下ったのだろう。もっとやれ。
「えっと…とりあえずちゃんは俺が部屋まで送ります」
ぽん、と肩に退くんであろう人の手が乗る。
「あー。そうだな、俺は近藤さんとその薬の効果について調べてくる」
「じゃあ俺は部屋で大人しく昼寝に励むことにしまさァ」
「お前は始末書な」
がしりと沖田さんの襟首を掴んで医務室を出て行った二人。
見えなくても大体分かるあたり私もここに馴染んだなあ。
残された私たちの間には一瞬沈黙が流れた。
「え、えっと、立てる?」
「うん、立つことはできると思う……あ、わっ」
すっと立ち上がったは良いものの、平衡感覚が弱まっているのかふらっと体が揺れた。
「おっと…。やっぱりこのままじゃまずいよね」
後ろに倒れそうになった私を受け止めるようにして支えてくれた退くん。
背中に感じる温もりと、耳のすぐ後ろから声がして肩がびくりと震えた。
「…ちゃん、ごめん」
ぎゅっと後ろから回った退くんの腕の力が強くなる。
振り向こうにも私の肩あたりにいるのであろう退くんにぶつかったらどうしようという考えが抜けず、身動きが取れない。
ていうか絵面的にもだいぶマズい。
「俺、ちゃんが他の人に惚れるとこなんて、見たくないんだ」
「え…?」
「ごめん、こんな、俺の勝手で君の心を左右するなんて駄目だって分かってる、けど…」
くるりと体を回される。おそらく今私は退君と向き合っているんだろう。
全然見えないから予想だけど。
「俺じゃ、嫌?」
それが何を指しているのかいくらなんでも分かる。
嫌だなんて、思ってない。けれど、それを肯定するということはつまり、そういう意味になるわけで。
なんでこんな意味分からない状況で、気持ちを告白しなくてはならないんだ。
「否定しないなら、嫌じゃないって思っちゃうよ」
しゅる、と手ぬぐいが外れる。
思わずぎゅっと目を瞑ると、頬に退くんの手が添えられた。
「…さ、退くんは…本当にいいの?その、私が…ほ、惚れちゃっても」
やっとのことで紡いだ言葉は疑問だった。
「……。うん、いいよ。むしろ嬉しいくらいだから」
その声音は言葉の通り、優しい音をしていた。
そっか。退くんは、本気なんだ。
だったら私も本気で、答えなければいけない。
すっと息を吸って、吐く。
「わかった。私も…退くんなら、いいよ」
ううん、退くんじゃなければ…嫌、だ。
「…目、開けるね」
息をのむ音が聞こえて緊張しているのは私だけじゃないって分かった。
大丈夫。怖くない、怖くない。だって私の前にいるのは退くんなんだから。
しばらく塞がれていた視界に、外の光が差し込んで目がしぱしぱする。
「…え?で?」
「で?とか言わないでよ…。って何か変化ないの?」
「別になんとも」
じっと退くんの目をみつめても、なんともない。
「もしかしてさ、これ、偽物っていうか嘘っぱちだったんじゃないの?」
素朴な疑問を投げかけてみると、退くんは目を瞬かせてすっと視線を逸らした。
「………さっ、さっきの忘れてェェェェーー!!!!!」
「おわっ、ちょ、退くーん!?」
バーンと襖を破らんかの勢いで医務室を飛び出して行った彼を追うなんてできず、私は茫然とその場に立ちすくんでいた。
「あ。喉痛いの治ってる」
ラブポーションハプニング
(「ま、あんなのどうせただのビタミン剤でしょうけどねィ」「…おまっ、それもっと早く言ってやれェェェ!!!」)
あとがき
惚れ薬騒動退オチ夢というリクエストでした!
オチ、と言われるとやっぱり逆ハー的な感じかなと思って書かせて頂きました。
でもオチと言ったら甘さも必要だろうと思いまして、ベタな感じに収まりました。
沖田さんは多分、医務室に置いておいた方が面白いことになるだろうと思って置いた気がします。確信犯沖田。
191919キリ番おめでとうございました!
2012/07/02
(掲載なさるときはあとがき消してOKですよー!)